社畜根性
こんにちわ学校
肩を掴まれ揺さぶられたことで落ちかけていた意識がつなぎとめられた。
依然として瞼は重力に逆らえずに光を遮ろうとするが、意識は先程よりしっかりとしている。
瞬きだと言ったろうにと自身へ腹を立てていると名前は耳に入る声に異様な違和感を感じた。
死地の真っ只中にいるにしてはやけに明るい声。どこからか笑い声も聞こえてくる。
それに反して鳴り響いていたキーボードを叩く音は一切聞こえない。
うっすら開く瞳で見れば深夜3時であるはずの職場はやけに太陽光がまぶしい。
なんだこれは。と違和感を通り越して不快感が襲っていた。
夢でも見ているのかと目をこすると隣から男にしては高い声が聞こえた。

「入学初日から居眠りとは、だらしないにもほどがあるぞ」

名前は声の元を辿り、右側へ首を回す。
今だ視界は不鮮明だが、体格からして男であろうことがわかった。
そしてその男の背後に映る景色は、あの薄暗いオフィスとは似てもにつかないような明るさで、真っ白な壁に椅子と机が並べてあり、そこには何人もの男女が規則性もなく座っている。
名前は寝不足の為回らない頭を必死に回転させているのだが、男から見た名前は先ほどまで寝ていたから寝ぼけてるんだな。と事実と真逆にしか見えなかった。
情報処理が追いつかない名前を尻目に男は状況を理解させる為に更に言葉を重ねる。

「もうすぐ担任が来てHRが始まる。話す内容は今後の予定と、注意事項や学校についてだろう。それに自己紹介もすることになるだろうから入学早々恥をかかぬよう自分を魅力的にアピールする自己紹介も考えろ」
「...入学...、自己紹介.....?」
「まだ寝ぼけてるのか?きちんと目を開け。こんな美形が目の前にいるのに寝ぼけてるなんてもったいないぞ」

男は優しく名前の頬を叩くと机の近くまで顔を近づけた。
突然近づいた肌色に驚き何回か瞬きをすると視界がクリアになっていき、不鮮明だった世界に輪郭が現れる。
男はやっと開いた瞳を見つめたまま動かなかったのだが、数秒後、名前が「うおっ」と言う言葉と共に顔を退けると最初のように席に座った。

「やっと覚醒か。クラスメイト君。遅いなぁ。低血圧なのか?規則正しい生活に、運動なんかをすると改善されるらしいぞ。君は何か運動はしているのかね」
「え、いや、全然」

突然投げかけられた質問に反射的に応えた。
名前としては覚醒した頭に浮かぶ「この男誰だ」とか、「ここはどこだ」とか、「なんでここにいるんだ」とか、逆に質問したいことが沢山あったのだが、男はそんな名前の考えに気づくはずもなく話を進める。

「じゃあしたほうがいいな。興味のあるスポーツなんかないのか?スポーツでなくともジョギングや筋トレとかでもいい。ちなみに俺はロードレースをやっているんだがもし興味があれば一緒にやろうではないか。結構楽しいぞ」
「そ、うですね、でも時間ないんで」

次から次へと出る言葉に圧倒される。
名前は一言二言しか話さないのにも関わらずその小さい言葉を拾っては十にも二十にも話を広げていくものだから会話は途切れない。
傍から見れば友達に見えるのかも知れないがこの二人、紛うことなく初対面である。
しかも名前の横の席に座るこの男は顔がいい。
ただでさえ人見知りするというのにこの男はいわゆる美形だとか、イケメンだとか言われる類の顔つきで、男へ向けられる女子の視線が流れ弾的に名前に突き刺さって余計に質問を切り出せない。

話し続ける男と、向けられる視線にいい加減我慢が出来なくなったところでガラガラと扉を開く音が名前の耳へ届く。
それから若い男であろう担任の声が教室へ響いて向けられていた視線が逸れる。
男も黙り、前を向いたところで名前は小さくため息を吐いた。

ここが未だにどこだかは分からない。
けれど寝不足で思考停止している名前には、幸か不幸か疑問さえ浮かべどこの不可思議な状況にパニックにはならなかった。
投げ出された疑問に妙に冷静な頭は「ここは夢だ」と結論づけ、すべてを受け入れることにして思考することを放棄した。