社畜根性
迷子
東堂の家の手伝いも無事終わり(筋肉痛は完治してしまいばっちり買い物にも付き合わされた)、「このまま泊まっていればいいだろう!」と必死に引き止める東堂を振り切って帰ってきた名前は、街灯の一切ない、舗装もされていない道の端で、空を見上げた。

「これはちょっとやばいかもなぁ…」

空には満天の星が瞬き、夜風が頬を撫でて、蝉や蛙の鳴き声が耳をくすぐる。
シチュエーションだけ見ればロマンチックなことこの上ないが、名前はそんな現状に浸っていられる状況ではなかった。

怒涛のお盆が終わり、寮に戻ってきた名前は今までと変わらず一日ベッドの上でゴロゴロしては、日課になっているアニメの鑑賞に時間を費やしていた。
東堂からの連絡は絶え間ないものの、着信音さえ切ってしまえば大した邪魔にはならないし、ルームメイトである荒北は居たり居なかったりしているが、どちらにせよこちらに関わってくることはないのでいないも同然だ。
そんな毎日を送っていたある日、合間のCMをぼぉっと見ていた名前は、映し出された文字と言葉に寝転んでいた身を勢いよく起こした。
流れているのは明日開催されるイベントの告知だ。
だがそれは前に、名前がどうしても行きたくて、でもどうしても都合が合わずに行けなかったイベントだった。
開催地はそんなに離れているわけではない。
電車を二本ほど乗り継げば行ける距離だ。

……これはチャンスじゃないだろうか。

意気揚々と財布の中身を確認してよし、と頷いた名前は携帯を手にして乗り換える電車と、その時刻を調べる。
行き帰りの時間とイベントの開催時間を合わせると、少し帰りが遅くなるかもしれない。
夏休みとはいえ、問題があってはいけないので形だけでも先生は点呼に来る。
でもそんなに厳しいものではなく、姿が確認出来なくても、寮の中にいることがわかっていればいいのだ。
例えば、いくら外で遊んでいようと、ルームメイトや友達が「トイレにいます」やら「談話室にいます」やら言えば、それだけでいい。
さすがに点呼の時間までには帰って来れると思うが、万が一の為にも書置きを残しておいたほうがいいだろう。
荒北が協力してくれる確信はなかったが、あくまで万が一だ。
携帯に乗り換える電車とその時刻をメモしてベッドに上に放り投げると、机の引き出しからノートを取り出して端を破く。
点呼前には戻ると思うけど、もし帰ってなかったら口裏を合わせておいて。とメモに書き残した名前は、それを机の上に置いた。
これを、明日出かける前に荒北の机に置いておけば気が付くだろう。という考えだ。
それからすぐベッドに入って朝を迎えた名前は、しっかり準備をして荒北の机にメモも置いてきた。
準備は完璧で、あとは思う存分楽しんで帰ってくるだけだった。


「けどさぁ、誰が携帯の電池が壊れると思うかなぁ……さすがに想定外だ……」

画面が真っ暗なままの携帯を見つめる。
土地勘があるわけでもない、そもそもまったく見知らぬ土地に来ていた名前は、携帯の地図を頼りに歩いていた。
方向音痴なわけではないので、地図を見ればたどり着ける。
けれどその地図が見れなくなってしまっては、どうしようもない。
ここがどこだかわからない。帰り道もわからない。歩きすぎてもう歩きたくない。
最後はただの甘えだが、とにかく帰る手段がない。
交番やら街の人に聞けばいい。とはもっともな意見だが、生粋の人見知りである名前に、見知らぬ人に話しかけるという行為はとんでもなくハードルが高いもので、何度かチャレンジしたもののすべて失敗に終わっている。
申し訳ないが東堂に助けを頼もうかと思い、公衆電話を求めて歩いていれば気が付けば民家も見かけないような自然の中にいた。
救いといえば、夏の暑さのおかげで凍死することはないだろう。の一点だけだ。
夢の中なので、死ぬことはないと思うが。
腕時計なんて持たない名前は、携帯で時刻を確認していたので携帯が壊れた今、いまがいったい何時なのかがわからなかった。
だが空が暗くなってからそれなりに経っている為、そこそこいい時間だろう。おそらく。
いくら考えたところで今はどうしようもないのだ。明日起きて、それからまた考えたらいいか。
諦めの域に達したのか、楽観的に思考を放棄した名前は上着を脱いで地面に広げると、その上に寝転んで目蓋を閉じた。