社畜根性
解釈違い
「東堂お前マジで絶対許さない」
「いやぁ、申し訳ないとは思っているんだが、ほんとに助かったぞ!」

真っ白なシーツの上、うつ伏せで寝転ぶ名前は痛みに顔をしかめながらを目の前の壁を睨む。
荷物運びに接客、掃除に洗濯とこの四日間、これ以上ないんじゃないかと思うほど体を酷使した。
おかげで名前の体は横を向くのさえ困難なほどだ。
腰に跨りながら名前の背中をマッサージしている東堂も同じぐらいの仕事量だったはずだが、ピンピンしているのは慣れているからなのか、名前の体力がないからなのかは定かではない。
いや、たぶん俺の体力がないだけだな。
東堂は運動部で、名前は無所属だ。体力に差が出るのはわかりきってはいたことだが、こうも顕著だと少しばかり悔しかった。

「助かったじゃねーよ。何がお泊り会だよ。手伝いさせたかっただけじゃねーか」
「んなっ!?だからすまんと言ってるだろ!?俺だってこんな騙すようなことはしたくなかったんだが、母と姉に凄ま…頼まれたら、俺は断る術を持ち合わせていないんだ」

背中から聞こえる声に「あー…」と声を出す。
名前がこの東堂庵に到着した際、東堂の母と姉に出迎えられたのだが、その時の喜びようと言ったらすごかった。
地獄に蜘蛛の糸でも垂らされたのではかと言わんばかりの喜びようだったのだ。
その姿に名前は疑問を抱いたのだが、実際名前は蜘蛛の糸だったらしい。
お盆で客が増え、とんでもなく忙しいこの旅館にとってたった一人だろうと人手が増えることは喜ばしいことだった。
あの喜びようでは東堂に頼んだ時はさぞかし必死だったのだろう。
少しだけ同情した名前だが、それとこれとは話が違う。

「普通に頼めばよかっただろ」
「名前は断るだろ」
「東堂は俺がそんな人間だと思ってんの?」
「断らないのか?」
「断るけど」

「やっぱり断るんじゃないか!」と東堂は背中をマッサージしていた手に思い切り体重をかける。
突然の重さに「ぐぇ」とうめき声をあげた名前はズキズキと痛む腕をなんとか動かして東堂の足を叩いた。

「バカ!いてぇよ!体重考えろ!」
「んなぁ!?重くはないな!」
「軽いけど!俺筋肉痛だから!ちょっとの刺激が命取りなの!」
「む、そうだな。スマン。しかし、名前は本当に体力も筋力もないな」
「運動が好きじゃない。部活にも入ってない一般男児はこんなもんだって」

自分と同じような種類の友達しかいなかったため、一概にそうとは言えないかも知れないが、少なくとも皆が皆東堂のようだとは思わない。
男子高校生が皆東堂のようだったなら、今頃日本はオリンピックで各種目上位を独占しているだろう。
だから、別に俺が特別非力でひ弱なわけじゃないし。
なけなしのプライドからか、誰に言うでもなく言い訳をする。
いまいち納得がいかない様子の東堂だったが、言い争っても答えは出ないと悟ったのか「そんなものか」と答えると止まっていた手を動かし始めた。
ゆっくりと圧をかけられて、そのまま背中の中心から肩の方へ移動する。
絶妙な力加減は気持ちよくもあり、少しばかり痛い。
痛気持い。を初めて実感した名前は、間延びした声を出しながら目を閉じる。

「あ、そうだ名前。明日、少し遠くへ買い物にでも行かないか?」
「バカなの?」

東堂の言葉に、意味を考える間もなく反射的に名前の口から言葉が漏れた。

「おま、最近口が悪いぞ!」
「いや、それはごめんだけど…。いや、やっぱバカなの?俺筋肉痛で死んでるんだけど」
「大丈夫だぞ!俺のマッサージは効くと評判なのだ!明日には痛みも引いて体も軽くなっていること間違いナシだな!」
「わぁ、自信満々。んー、じゃあ明日本当に痛く無くなってたら行く」

高らかに話す東堂に、名前は目を開けることもなく、感情の一切乗らない声でそれに返す。
東堂の言葉をまったくもって信じていない名前は遠回しに「行かない」と言ったつもりだったが、東堂はその言葉を真っ直ぐ受け取ってしまったらしい。
と言うより自分のマッサージの効果を確信している東堂にとって、名前が言った「体が痛いから行かない」という選択肢は最初から用意されていなかった。
盛大に食い違う解釈に気がつかないまま、名前は明日はいつまで寝ていようかと考え、東堂は買うもののリストとそれまでの道のりから逆算した起床時間を考える。
もはや自分の思考で手一杯で、お互いの声など耳に入っても脳が受け取り拒否をする。
筋肉が解れて来たのか、いつの間にか痛気持良いではなく、ただの気持良いマッサージになっていたのだが、この四日間の疲労から睡魔に襲われつつある名前はそれに気がつかない。
このまま寝たら東堂困るかな。でも東堂ならなんとかしてくれるか。
ブツブツと独り言を話す東堂の声をBGMに、名前の意識は奥深くへと沈んでいった。