社畜根性
忘れるな
大会を見た名前の感想は「やべぇ」だった。

今回の大会はやはり部活の一環だったらしい。
送迎のバスに乗った福富達と別れ、電車で寮へと向かう帰り道。
窓の外を見ながら電車に揺られている名前は今日、目にした光景を思い出していた。
車体と身体が風を切る音。選手たちが零していく汗。凄まじい風圧。一瞬で視界から消える、その速さ。
乗っているのは本当に自転車なのかと疑いたくなった。

名前は新開が「すごいから」と言っていたのを思い出して誰に言うでもなく、一人頷く。
確かにすごかった。レース自体もそうだが、福富と新開もだ。
レースに圧倒されて順位はろくに見れていなかった名前だが、大会後、福富たちと話したときに5位と6位と言っていたのを聞いた。
全体の人数は把握していないが結構な人数がいたはずだ。
その中で1桁と言うのはやはりとてつもなく速いのだろう。
そういえば東堂が「箱学の自転車競技部は強豪だ」と言っていたし、二人も「この順位は当たり前」と言わんばかりの顔をしていた。
随分すごい人たちと知り合いになったな。と笑みを浮かべた名前はこれが夢だと思い出してその笑みを消す。

楽しくて時々忘れそうになるが、これは夢なのだ。
名前自身は有名人と知り合いたいだとか、そういう願望はなかったはずだが、夢になるということは心の底で思っていたのかもしれない。
それにしたってなんで自転車なのかは疑問が残るが、高校時代のママチャリ通学のせいということにして名前は考えるのをやめた。
考えたところで無駄だ。
覚めれば忘れてしまうのだ。深く考えるだけ意味がないだろう。
今だって、もう次の瞬間には夢から覚めてすべて消え去ってしまうかもしれないのに。
到着駅を告げるアナウンスが名前の耳に届く。
開いた扉から駅へ出た名前は自らの寮へ戻るために足を進めた。