社畜根性 二宮ロードレース |
「お、来た。名前くん!こっちだぜ!」 呼ばれた名前に周囲を見回した名前はこちらに手を振る新開の姿を確認して駆け寄った。 周りの選手と同じくサイクルジャージに身を包んでいる新開は少し雰囲気が違うように感じられる。 見慣れない姿に凝視していると新開が気まずそうに頬をかく。 「えっと、そんな見られるとちょっと恥ずかしいな」 「あっ、ごめん、制服姿しか見たことなかったから」 「最初に会った時は私服だっただろ?ってか尽八くんはどうしたんだ?一緒じゃないのか」 「あー…東堂は……」 東堂はいない。 前日の夜。急用ができて行けなくなった。と東堂に泣きつかれたことを思い出した名前はから笑いを漏らした。 なんでも実家の旅館の手伝いに駆り出されたらしい。 だがそれに関して名前は特に気にしていなかった、仕方のないことだ。 東堂としてはやはり行きたかったのだろう。いつものキレるトークはどこへ行ったのか、泣きついてきた東堂の話す文章は支離滅裂だったことを覚えている。 しかし人通りの多い廊下でいきなり抱きついてくるのはやめて欲しかった。 風呂上がり、リラックスしきっているところに突然抱きつかれ、その上泣かれたこちらの身になって欲しい。 「修羅場?」「いじめ?」「ホモ?」等囁かれ、軽蔑まじりの目で見られたのだ。正直何のバツゲームかと思った。モーニングコールもしっかりされた。 それを聞いた新開は「それは災難だったな」と笑っているのだが名前にとっては笑い事ではなかった。月曜学校に行くのだって憂鬱になっている。 ふと、もう一人の出場者がいないことに気がついた名前はキョロキョロとあの鮮やかな金髪を探す。 名前が福富を探していると察した新開は「あぁ」と声をあげた。 「寿一なら、今は荒北くんと話してるよ」 「荒北靖友さんも出るんだ」 「なんでフルネームなんだ。……ん?おめさん荒北くんのこと知ってるのか?」 「一応、部屋一緒だからね。けど滅多に話さないよ」 「へぇ。でもなんでフルネーム?」 「…………さすがにルームメイトの名前忘れるのは失礼かな、と」 「そっか、おめさん名前覚えるの苦手だもんな」 小さく頷いた名前に新開は腰に手を当て、片方の手の人差し指を差し向けた。 「俺の名前は覚えてくれたかい?」 「新開くんでしょ。覚えたよ」 「下の名前だよ」 「…………ごめん」 目をそらした名前に新開は朗らかに笑う。 新開達とは先週、たまたま食堂で会ったときから昼は一緒に取っている。 一緒に喋っていて相手の名前を一切出さないということはできないので、名前は新開の顔と名前をしっかり覚えていた。 しかし福富も東堂も、新開を名字で呼んでいる。 名前は初対面のとき一度名乗られて以来、新開の下の名は一回も聞いていないのだ。無論覚えていない。 実を言えば東堂の下の名も覚えていなかったのだが、新開が下の名で呼んでいるので覚えた。 「いいよいいよ。隼人って言うんだ。覚えてくれたら嬉しいな」 「隼人、隼人な。わかった」 「書くか声にしないと忘れちまうんだっけ?」 「うん。あ、でも誰かが呼んでても覚えるよ」 「じゃあ俺のこと名前で呼んでくれよ。皆名字で呼ぶんだ」 「俺はいいけど、新開くんはいいの?」 「もちろん。仲良くなったみたいでいいだろ?」 もう絶対忘れねぇよ。と声にならない声をあげる。 なんだこの人、いい人すぎる。 人見知りである名前はいまだ新開や福富で素を出せない、というか猫を被っているのだが、東堂のように一気に、ではなく少しづつ距離を詰めてくる新開に名前は感動していた。 本来は新開が普通であり、東堂の距離の詰め方がおかしいだけなのだが、名前の感覚はすっかり麻痺してしまっている。 それと同時に福富の名前を一発で覚えられたことに関して「ほんとにインパクトすごかったんだな」と自分のことながら感心した。 新開が「あ」と声をあげて手を振る。名前が同じ方向へ目をやると、先ほど探した金髪が映った。 「寿一、話は終わったのか?」 「あぁ。来たのか、名字」 「うん。約束したし。どこらへんで見ればいい?」 「あっちがスタート地点で、かつゴール地点だ。このレースは周回だからな。そこで見るのがいいと思う」 福富が指差す方へ顔を向ける。 確かに人が集まっている。人ごみが好きではない名前はあの中に入って見学するのかと思うと気が滅入ったが、それでも二人の走る姿が見れるのだ。 今も選手が走っているが、相当速い。こんな速度で、自分の知り合いがこの道の上を走るのかと思うと不思議な気持ちになる。 時間を確認した福富は「行くぞ」と新開に声をかける。 それに返事をした新開は、福富の後を追うように足を進めながら名前に振り返った。 「んじゃ、行ってくる。見ててくれよ」 「うん、楽しみにしてる」 同じように手を振り返すと、新開はそのまま福富と共に歩き始める。 開始時間を見てまだ少し時間があることを確認した名前は飲み物を買うため自販機へ向かった。 |