社畜根性
日曜、ショッピングモールにて
「あれ?尽八くん?」

近所のショッピングモールへ買い物に来ていた東堂と名前は呼び止められた名前に振り返る。
紙袋を片手に持った同年代であろう美丈夫は東堂の顔を見てわかりやすく笑顔を浮かべると軽やかに駆け寄ってきた。

「やっぱり尽八くんだ。奇遇だな」
「新開か、お前も買い物か?随分買ったんだな」
「買い物っていうか、最近ここに上手いカレー屋さんができたって聞いたから食いにきたんだ。この紙袋はクレーンゲームで取ったお菓子だよ」
「菓子!?そんなに!?すごいな…太るぞ」
「食った分ちゃんと動くから心配ないぜ」

楽しそうに東堂と談笑する新開を名前はじっと見る。
同じクラスではない。人の顔と名前を覚えるのが苦手な名前だが、同じクラスで、イメケンとくればさすがに名前は覚えていなくとも顔に見覚えくらいはあるはずだ。
しかしいくら記憶を探ったところで名前の視界に彼が入った覚えはない。
おそらく東堂の部活仲間かなにかだろう。東堂とは違った部類のイケメンだ。
東堂は女子がキャーキャー言う類のイケメンで、新開は女子がうっとりする類のイケメン。
とにかくイケメン二人の身近にいる名前は心底居心地が悪かった。
これが女子なら嬉しいのだろうが、名前は男だ。イケメンに囲まれても一切嬉しくない。
それどころか造形自体はいたって普通の名前がイケメンと共にいることですれ違う人の視線が突き刺さる。
それに加え東堂と新開が二人で話しているので名前は手持ち無沙汰だった。なんだこの二重苦は。正直この場から逃げ出したい。
こっそりトイレにでも抜け出そう。
名前はゆっくりと東堂と新開から距離を置くべく一歩後ろに下がる。
くるりと反転してトイレへ向かおうとした瞬間、左腕を突然掴まれた名前は変な声をあげそうになった。

「何処へ行くのだ」
「…トイレ?」
「なぜ疑問形なのだ…。待ってろ」

呆れたような顔をして名前にそう言った東堂は、名前の左腕をしっかり掴んだまま新開へ向き直る。
え、何、東堂ついてくるの?
頭の中に沸いた疑問は口から出ない。
困惑する名前をよそに笑う新開はそのまま別れようとする東堂を引き止めた。

「尽八くん、せっかくだし一緒に遊ぼうぜ。彼とも友達になりたいし」
「む?別にかまわんが…名字、トイレに行くのだろう?」
「……もう、なんか、大丈夫かもしれない」

だからなんでトイレについてくる前提なんだ。
いまだ掴まれている己の左腕を見て名前は眉を下げた。
新開は「それじゃ」と呟くと名前の方を見て爽やかに笑う。

「俺は新開隼人。おめさんの話は尽八くんからよく聞いてるよ。よろしくな」
「あ、うん。俺は名字名前。よろし…よろ…」

自己紹介と共に差し出された手を握り返そうとするも、名前の左腕は東堂の左手によって掴まれている為体が反転できない。
東堂の視線は名前に向いている。しかし、一人もぞもぞと動く名前を東堂が離す気配はない。
「東堂」と名前が名前を呼ぶと東堂は「何してんだこいつ」と言わんばかりに怪訝そうな顔をしながら小さく「なんだ」と呟いた。

「腕、離して。前向けねぇ」
「あぁ、すまんね。すっかり忘れていた」
「掴んでるの忘れるってどういう脳みそしてんだよ」

離された左腕をブラブラと数回揺らした名前は新開へ向き合った。
差し出されたままの手を握って「よろしく」と新開の顔を見ると、満面の笑みを浮かべる顔が見えた。
肩を小さく震わせ笑いだす新開を名前と東堂はキョトンと見つめる。

「いやぁ、話は聞いてたんだけど、やっぱ面白いなぁ、おめさん」
「おい東堂新開くんに俺のことなんて話してんだよ」
「いや、変なことは言ってないぞ…。というかなぜ今新開が笑っているのかもわからん」
「面白いよ、ちょっとした漫才見てる気分」

「そうだ」と声をあげた新開は笑うのをやめて紙袋からなにかを取り出すと名前の前へと突き出す。
咄嗟に名前が手を出すと、新開の手から落とされたそれは名前の手に確かな重さを伝えた。

「やるよ、友達記念ってね」
「…猫のストラップ?」

渡されたものを目線近くまで持ち上げる。
黒い布で出来たそれはどうやらデフォルメされた猫のようで、首に赤いリボンが巻かれていた。
覗き込むように顔を寄せた東堂はそれを見ると新開へ目を向ける。

「新開、お前猫好きなのか?」
「ん?動物はみんな好きだぜ。これ、ゲーセンで取ったんだけど、俺今ストラップ付ける気ないから。名前くんにやるよ」
「付ける気ないならなんで取ったんだ…」
「んー、気まぐれ?別に苦労して取ったものじゃないから受け取ってくれよ。名前くん」

ニコニコと笑顔を浮かべる新開に名前はお礼を言う。
もらったそれを肩掛けのバッグへ仕舞うとなぜかムッと新開を睨みつけた東堂が新開へと勢いよく指をさした。

「新開!なぜお前が名字のことを名前で呼ぶのだ!」
「ダメなのか?」
「ダメに決まっているだろう!」

「俺だって名前で呼んでないのに!」と地団駄を踏む。
「うわぁ」と思わず引いた名前は一歩後ずさった。イケメンは地団駄を踏んでもイケメンだが、地団駄を踏むその姿は痛々しいことこの上ない。
できれば知り合いだと思われたくない名前だが、東堂は仮にも今一番仲のいい友達だ。
友達のこんな姿は見ていたくない。
新開も同じなのだろう。困り顔で助けを求める視線をうけて、名前は口を開いた。

「いや、東堂も呼べばいいじゃん、名前で」
「いいのか!?」
「俺今までダメなんて一言も言ってないぞ」
「そうだが、名字はこう、あまり距離をつめられるのは嫌いなのかと思ってな」

東堂なりの配慮だったらしい。
しかし東堂のその配慮は早々に無になっている。
入学一週間で電話番号を交換され、学校にいるときはずっと一緒、生活習慣の指導までしてくる東堂は名前にとってもはや最初から距離なんてないに等しく、今更名字だろうと名前だろうと関係ない。
気遣ってくれるなら呼び方だけじゃなくもっと心の距離も気遣ってほしかった。
そんな名前の心の声が東堂に聞こえるわけもなく、嬉しそうに東堂は笑う。

「そうかそうか!これでまた一歩距離が縮まったな!名前!俺は嬉しいぞ!」
「あぁ…うん…そうだな…」
「名前くん名前くん、目が死んでるぜ」