君と一緒に | ナノ 5、豊臣軍でのあり方











「少し、話をしようか」

「……」


何かと思えば座るように言われ、これまた綺麗な座布団に座らされ、目の前は竹中半兵衛が座った。すると女中が部屋に入って来て、私と竹中半兵衛の間に小さな机を用意し、そこに盆と湯呑みを静かに置いた。湯呑みには茶が注がれ、それらを私達のそばに置いた。女中は茶を置いた後に頭を下げて部屋から出て行った。

礼儀正しい女中の様子に、私は客人か何かなのかと勘違いしそうになる。あいにくそうでは無い。豊臣に捕らえられた忍びだ、おもてなしされるような者ではない。






「さて、君も豊臣に来て色々と不安な事もあるだろう」

「聞きたい事がいくつもあるわ」

「先に聞こうか?」

「私は貴方に“豊臣に従う”とは答えたけど、この格好は何?取り上げられた武器を返して貰わないと忍びとして動けないわ」

「忍び?……ああ、君は豊臣の忍びとして僕と契約したと思っているのかな」

「……違うのかしら」

「確かに君は北条の忍びだった、しかしだからといって豊臣でも忍びである必要はない。僕は君自身を北条から奪ったんだ、忍びを一人奪ったわけではない」

「……」

「契約内容を覚えているかい?」

「“豊臣に忠誠を誓い、豊臣と共に竹中半兵衛のそばで生きる事”」

「その通り」

「竹中半兵衛のそばで生きるとはどういう事かしら、忍びとして貴方を護衛するという事ではないの?」

「盾になれとでも言うと思ったのかい?」

「貴方なら言いそうだわ」


私を豊臣という軍を良くは見ていない。

そもそも目の前の男に北条を落とされたのだ、それに私を捕らえるように豊臣に連れて来て、そんな相手をそう簡単に信じられるはずもない。






「僕は君を知りたいんだ」

「気持ち悪い事を言わないで」

「酷いな、本当の事なのに」

「信じられるはずないでしょう、私を豊臣に連れて来た本当の理由は何なの? 何が目的?」

「うーん、今更何かを知ったところで、君はもう豊臣からは逃げられないよ。契約終了まで僕の目の届くところに居てもらう」

「横暴ね、忍びとして雇わず、目の届くところに置くだなんて。私を忍びとして見ないだなんて、とても屈辱だわ」


私はこれでも忍びとしての生き方、あり方に誇りを持っている。もし忍びとして生まれなかったら……と考えた事はあるが、忍びとして扱われないのは初めてで、今までの生き方を否定されたような気持ちだ。





「そこで、豊臣での君のあり方だけど、僕なりに色々考えてみたんだ」

「?」

「今の君は豊臣に捕えられているような状態だ、なんだかそれは変だろう?」

「実際にそうでしょう、この重い手枷に座敷牢、そしてこの部屋に連れて来られて、私は忍びとして扱われない、捕まっているようなものじゃない」

「それで僕から提案がある」

「良い提案では無さそうね」


この竹中半兵衛という男は豊臣一の軍師と言われている、ならばとても頭が良いのだろう。その頭の良さからとんでもない提案が出てくるかもしれない。頭が良いからゆえのものなのか、私にとって竹中半兵衛の提案というものは決して良いものではない、という事をこれまでのやりとりで理解した。油断のならない男だ。








「一応、貴方が言うその提案というものを聞いてみましょうか」

「君を豊臣に身を置く事にする」

「それはそうでしょう、こうして貴方に捕まっているのだから」

「そうじゃない、君を僕の妻として豊臣に身を置くんだ」

「は……?」




妻?


竹中半兵衛の妻になるという事?


誰が?私が?

どうして急にそんな事に?







やはり竹中半兵衛の提案はろくでもない。






「意味が、分からない」

「君を僕のそばに置いたとして、元北条の忍びであった君を豊臣方がすぐに信用するとは思えない。うちには疑り深い者達が多いからね、不審に思い君を殺しかねない。だからこそ理由が必要なんだ、僕のそばに居て当たり前な理由が」

「貴方の妻としてなら、怪しまれないと?」

「ああ、君を僕のそばに置く一番良い方法だと思う」

「……貴方、どうしてそこまで私をそばに置きたがるのかしら、それが分からないわ」




竹中半兵衛は、何を考えているの?


あいにく私は、出会ってすぐに妻にしたいと思えるような女ではない。ついさっきまで忍びだった者だ、妻にするにならば姫や名のある武将の娘とかで十分なはずだ、何もわざわざ私を選ぶ事ではない。







「僕は君が良いんだ」

「……そういう策かしら?正室である奥方様の身代わりにでもなれば良いのかしら?

「僕に妻は居ないよ」

「ますます分からないわ」

「信じてもらえなくても結構さ、僕は君を妻として豊臣に置く、それはもう決めた事だよ」

「頭がおかしいわ、私なんかを妻とするなんて」

「良い方法だろう?まぁ僕は提案と言ったけど、君に拒否権は無いんだけどね。君は僕の妻として豊臣に来てもらう。抵抗せず頷いてくれるのなら、手枷も鎖も用意しないでおくよ」

「……脅迫ね、最悪な気分よ」



北条で忍びとして雇われていたあの日に戻りたい。これから竹中半兵衛の妻として生きるくらいなら、小田原城が落ちた時に私も一緒に居なくなればよかった。生にしがみついた結果、こうなってしまった。




一体どこで選択肢を間違えてしまったのか。





「……咲」

「!」


竹中半兵衛は私に近付き、私の手を掴んだ。




「僕は君にそばに居て欲しい、この気持ちは本当だ、どうか信じて欲しい」

「……」

「君に危害は与えない、暮らせるだけの給金も用意しよう。ただ僕の妻として居てくれればいい」

「……」

「正直なところ、僕はもう長くは生きられないだろう」

「……え」

「僕が死ぬまで、それまでで良いんだ。僕のそばに居てくれないか?契約は僕が死ぬまでで良い、死んだ後は豊臣から居なくなるなり、自由に過ごして貰っても構わない。なんなら僕の遺産も君に渡そう」

「どうして、貴方はそこまで私に固着するの」

「惚れてしまった、それだけさ」

「貴方、軍師なのに頭が弱いの?」

「ふっ、君にならどう言われようともいい、お願いだから僕から離れていかないでくれ」

「……おかしいわ、絶対に」



ぎゅっと私の手を握って離さない竹中半兵衛に、私はその手を振り払えなかった。気付けば頷いてしまっていたんだ。元々拒否権などない私だが、竹中半兵衛のおかしな提案に頷いてしまった。

決して、竹中半兵衛に同情してしまったわけではない。契約終了まで竹中半兵衛の妻として豊臣に居れば良いだけという内容に了承しただけだ。竹中半兵衛が居なくなれば私は自由の身になる、ずっと妻として生きるわけではない。





竹中半兵衛の妻のフリをすればいい。




竹中半兵衛がそれで満足するというのなら、しばらくごっこ遊びに付き合ってあげるしかない。




しかし先程からずっと頭が痛い、これはきっとこの状況に頭が追いついていないのかもしれない、色々な事があり過ぎだ。竹中半兵衛の妻になるしかないなんて、誰が予想出来ただろうか?



「(はぁ……)」




ああ、だめだ。

今は性格は判断が出来かねる。








「ところで気になっていたんだけど」

「……何かしら」

「忍びの時の君は随分と大人びていた気がする、しかし今の君を見ると、君はとても若いような気がする……歳はいくつだい?」

「十八」

「じゅっ……そ、そうか、若いね……」

「?」



竹中半兵衛はどこか気まずそうに私から目を逸らして、ずっと握っていた私の手を離した。そういえば、この男は何歳くらいだろうか?若そうに見えるが彼は一応、豊臣一の軍師だ。豊臣の中でも高い地位だろう。となれば、それなりの年齢だという事になる。

まぁどうせ妻のフリをするのもたいして長くは無さそうだし、きっと少しの間だろう、竹中半兵衛の年齢など私にとってはどうでもいい。






「ああ、そうだ。この屋敷は竹中家の所有物でね、この部屋は君の為に用意した、好きに使ってくれていい。此処は場所的に大阪城から離れているし、人も滅多に来ない。君にとっては過ごしやすいと思う。欲しいものがあるなら言ってくれればすぐに用意しよう、何か欲しいものはあるかい?」

「私の刀とクナイかしら」

「……」

「今更ここで暴れたりはしないわ、あれは今まで肌身離さず持っていたから持っていないと不安なだけ」

「……分かった、後で持ってくるよ」



若干、不満そうな竹中半兵衛だったが、仕方ないといった様子で、とりあえず私の忍者刀とクナイは返してくれるようだった。武器が手元に戻るだけで、私の不安の一部は解消される。あるのと無いのとでは大きく違う。





「ところで……此処は城とは関わりがないのね」

「城は基本的に仕事場という認識でいい、この屋敷が僕の家のようなものだよ。まぁ、城の中で寝泊まりしてしまうからあまりこの屋敷には帰って来ないけどね」

「家の意味がないわね」

「そうだね、でも今は君がいる、だから帰って来るよ」

「別に帰って来なくてもいいわよ」

「なるべく帰るよ、君の顔が見たいからね」

「……」



竹中半兵衛の言葉に鳥肌がぞわっと立ちながら、私は竹中半兵衛を無視するように向こうを見た。この男に嫌味や何を言っても無駄のようだ、なんて打たれ強さだ、なんだかこの男の相手はやりにくい。彼は交渉にも長けているのだろうか。




「……さて、そろそろ僕は仕事に戻らないといけないんだ。戦を終えてから豊臣での後片付けが残っているからね、君も疲れただろう?今日はもう休むといい」

「軍師様はお忙しいのね」

「栄光の豊臣の為さ、この命が散るまではやるつもりだよ、じゃあね咲」

「!」


竹中半兵衛は私の頭をひと撫でして、部屋から出て行った。




「(不覚)」


今のひと撫では、避けようと思えば出来た。なのに竹中半兵衛に容易く頭を撫でられてしまうなんて。私は一体どうしてしまったんだろう?この状況に、竹中半兵衛に気を許してしまったのか?そうは思いたくはない、私は忍びだ、忍びである自分を捨てたわけではない。ただ疲れていただけだ、疲れていたから、反応が遅れてしまった。そうだ、きっとそうに違いない。


私は忍びだ。


油断してはいけない。





竹中半兵衛は、敵だ。



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