竹中半兵衛に連れられ、気付くと豊臣の本拠地である大阪城に着いていた。その大きな外観に相変わらず目立つ城だなと思った。
豊臣に到着してすぐに私は竹中半兵衛によって座敷牢へと入れられた。座敷牢といっても牢屋と言うには小綺麗な部屋に不信感を抱いたが、重い手枷は付けられたままだし、扉には南京錠らしきものが見えたので牢に入れられている事は間違いないらしい。
そして私は座敷牢の真ん中に座らされ、目の前は竹中半兵衛が立っていた。何が始まるのか。
「さて、ようこそ豊臣へ」
「……」
「歓迎したいところだけど、一応確認しておかないといけないと思ってね。まず一つ目、キミは既に豊臣の人間だ、謀反など馬鹿な事は考えないように。二つ目、君には契約をして貰う」
「……契約?」
「“豊臣に忠誠を誓い、豊臣と共に竹中半兵衛のそばで生きる事”君の契約内容だよ、勿論君に拒否権はない」
「な……貴方に仕えろと言うの?」
「仕えろと言っているんじゃない、僕のものとして豊臣で生きろと言っているんだ」
「何が違うのかしら」
「うーん、君はどうやら僕の言う通りには動いてくれないみたいだね、仕方ない、一応あれを殺さずに捕らえておいて良かったのかもしれない」
「……?」
「ついてきて」
竹中半兵衛は私の手枷の鎖を掴み、座敷牢を出た。そしてさらに暗い牢の中を進むと、殺風景な牢の前に着いた。
「中を見るといい」と言う竹中半兵衛に従い、牢の中を見ると、黒い装束を着た忍びが三人捕まっていた。三人は拷問受けたのか、力なく横たわっていた。
「!」
「顔見知りかい?」
「……なんで」
牢の中にいる忍び達には見覚えがあった、三人共間違いなく北条の忍びだ。顔見知りなんてものじゃない、共に北条家に仕えていた大事な仲間達だ。豊臣へ偵察に行ったきり帰って来なかった三人が、まさか豊臣に捕まっていたとは。
しかし、なんとか彼らは生きているらしい。
「……彼らを、彼らをどうするつもり」
「それは君の答え次第かな」
「何を」
「先ほど僕が言った契約、覚えているかい? 君が頷けば良いだけだ、たったそれだけで彼らの命は助かる、契約に従わないというのならば彼らはどうなるのか、賢い君なら分かるだろう?」
「……下衆ね」
「君が僕の所有物となり、僕のそばに居てくれるというのなら、どんな事でもするさ。さあどうする? 彼らを見捨てるか、僕に従うか」
「……従うわ、契約する。だから」
そう言うと、牢の中にいた忍びの一人が「……咲」と呟いたのが聞こえた。
「……弥勒!」
「やめろ、咲……勝手な契約すんな」
「けど、そうしないと貴方達は」
「捕まった俺らの、責任だ、お前が背負う事じゃ……ねぇ」
息の荒い仲間の姿に、私は竹中半兵衛の方を向いた。
「竹中半兵衛」
「ああ、君が契約すると言うのなら、今すぐにでも豊臣の軍医を呼び、すぐに彼らを手当てさせよう」
「助けてくれるのね」
「ああ」
「なら彼らをすぐに助けて、お願い、なんでも言う事を聞くから」
「契約成立だね、すぐに軍医を呼ぼう」
竹中半兵衛は近くにいた兵に軍医を呼んで来るようにと命令していた。
私が頷くだけで仲間が助かるんだ、私は迷う事なく竹中半兵衛の契約に従った。
「……馬鹿が、なんで」
「弥勒……」
「賢い選択だと僕は思うよ。さあ咲、こっちへ」
「……」
「おい! 咲っ!」
私を呼ぶ弥勒の声を聞きながら、返事をする事は叶わず、手枷の鎖をぐいっと引っ張られ、私は竹中半兵衛にただついていくしかなかった。失うものはもう無い、契約してしまった以上、この豊臣で竹中半兵衛に従うしかない。私がそうする事で助かる命があるのなら迷う事なく、竹中半兵衛の言う通りにしよう。
私はもう、
北条を忘れ、
開き直るしか無いのだろうか。
これからは豊臣の忍びとして、竹中半兵衛に従うだけの事。待遇は良くしようと言ってくれている、こんなどこにでもいるようなくノ一の為に、竹中半兵衛はどうしてここまでするのだろうか。
「(此処は……?)」
次に連れて来られたのは何故か座敷牢ではなく湯処だった。竹中半兵衛が私の手枷を外すと女中が数人、私のそばに寄って来て「こちらへ」と背中を押して来た。
その間に、クナイや糸、隠し持っていたあらゆる武器全てを奪われてしまった。
「え、これは、何を」
「じゃあよろしくね」
竹中半兵衛は女中達に私を預けたらしく、何処かへと行ってしまった。その後、私達は女中達に着ていた忍び装束を脱がされ、体を洗われ、「さぁどうぞ」と、湯の中へと入れられてしまった。立派な檜風呂に無理矢理入れられた私は一体何がどうして私は風呂に入れられているのかと、今に状況に理解が追いつかなかった。
体を綺麗さっぱりと洗われて、髪を櫛で綺麗にとかされ、何故か顔に薄く白粉をつけられ、唇には紅が塗られた。
「え、なんで……」
よくお似合いですよ、と笑顔でそう言った女中に目を向けた後、自分が着せられている着物を見た、それはそれはとても綺麗な藍色の着物だった。布の質的にもとても高級な着物だろう。
どうして私はそんな着物を着せられているのか
「……あ、クナイは」
そういえばクナイもどこに行ってしまったのだろうか?武器を持っていないとどうにも落ち着かない。今襲われでもしたらどうするのか。
女中に私の持ち物を聞いてみると、武器は全て竹中半兵衛に渡してしまったらしい。丸腰となってしまった私はもはや、ため息を吐くしかなかった。
ああもう、着物が重い。
「……何なのよ、もう」
一体此処は何処なのか、座敷牢ではないらしいこの部屋はそれなりに広く、日当たりも良い。飾られている花や、立派な掛け軸に、まるで客人をもてなすような部屋だなと思った。
しかし、私は客人などではない。
北条家の忍びだった者だ、豊臣の人間にとっては怪しさしかないはずだ。なのにどうして身嗜みを整えられ、こんな部屋に置かれているのだろうか。普通ならばすぐに殺されても仕方ない立場だ、なのになんだこの扱いは、状況が分からな過ぎて余計に不安になる。警戒しなくては……何か武器になるものも探さないと、針一本でもあれば良いのだけど、あいにく見つかりそうもない。
「(……足音)」
規則正しい足音は、こちらに向かって来ているようだ。女中?もしくは竹中半兵衛か?どちらにせよ、私にとって此処は全てが敵だ。
静かに開いた襖の向こうには、武装を外し着物姿の竹中半兵衛の姿があった。いつもの仮面が無いので違和感を感じたが、仮面が無いだけで整った顔がよく見えていた。竹中半兵衛はこんな顔をしていたのかと、気付けば凝視していた。
「……」
「?」
「……驚いた、変わるものだね」
「は?」
竹中半兵衛は部屋の中に入るなり、真っ直ぐ私に近付き、顔をぺたぺたと触られた。
「本当に同一人物かい?綺麗な顔だとは分かっていたけど、女というのは着飾るだけでこうも化けるとは、しかし驚いた」
「触るな、気持ち悪い」
「うん、中身は変わっていないみたいだね」
竹中半兵衛は私に触れるのをやめてくれたが、その目は私を見つめたままだった。しかも上から下までじっくりと見てくるものだから、とても気分が悪い。
「この格好は何かしら、こんな着物を着せて、私でお人形遊びでもするつもり?」
「その趣向はないよ。僕が用意した着物は気に入らなかったかい?」
「着物への謗り言でも吐こうかと思ったわ、けどこうも質の良い着物を用意されたらその言葉も出なくなったわよ」
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
「……」
竹中半兵衛の表情から何を考えているのか読んでみようと思ったが、彼は純粋に微笑んでいるようで、まるで心の中が読めなかった。
「私のクナイはどこかしら?」
「僕が預かっているよ、今は必要ないだろう?」
「此処は豊臣よ、必要あり過ぎるわ」
「此処が豊臣だからだよ、豊臣で君を襲う者は居ない。安心して良い。君の安全は保証する」
「何を考えているの」
「君にとって悪い話ではない」
格好が違い、仮面を付けていないせいか、目の前にいる人物が竹中半兵衛かどうかも疑う程になってきた。なんだこれは、戦う気も失せてくる。
「(分からない……)」
竹中半兵衛は一体何を考えている?