97、大阪に振りゆく雪と彼方の気持ち









「大谷様、雪でございますよ」


大谷様の包帯を替えている時と、開いた襖からはらはらと雪が降っているのが見えた。



「どおりで寒いはずですね」

先日、大谷様に紅葉色の暖かい羽織りをお持ちして良かったです。体を冷やして体調を崩されては大変ですからね。そう言う私も今日は流石に肌寒いので白藤の着物の上に紺の羽織りを着ています。



「ぬしは寒くはないのか」

「肌寒いですが、私はどちらかと言えば寒さに強いのである程度は平気です。そういえば昔住んでいた所は雪が多く降り積もっていました。寒さに慣れてしまったのでしょうか?」

「昔住んでいた所と? 京は雪が多いとは聞かぬが」

「あ、住んでいた所というのは私が父と母と共に住んでいた場所の事にございます。幼少の頃の微かな記憶ですが、雪がいつも多く降り積もっておりました」



お外に出れば一面雪景色でした。
とても懐かしい記憶です。

よく父と共に雪遊びをしたものです。






「ぬしにも両親がいたのか」

「ええ、とても優しい母ととても厳しい父が」


大谷様の包帯を巻き終え、
桐箱の中を整理しながら答えた。




「鬼の子も、元は人の子、か」

「ふふ、私は元より人間ですよ。そうですね、もし叶うならば再び両親にお会いしたいものです」

「生きておらぬのか?」

「ええ、殺されました」

「……。」

「昔々の話にございます。私の家は野盗に襲われ、父と母は殺されて私は遊郭へと売られました」

「ならばぬしは裕福な武家の子だったのか」

「さぁ、子供だったので当時の事はあまり覚えていません、けど野盗に襲われたという事はもしかしたらそうだったのかもしれませんね」


野盗に突然襲われて、
父と母が殺されて、
屋敷は燃やされて、


私はあの時、全てを失って
私はあの時、一度死んでしまい
私はあの時、黄泉の国で鬼に出会った。





「故郷へ帰りたいならば帰ればいい」

「そうしたいところですが、私は子供だったので故郷の場所を覚えていないのです。越前の方だとは思うのですが」

「ならば探せばよかろ」

「探したとして住んでいた屋敷はもう残っておりませんよ、燃えてしまいましたから」

「……帰る場所を無くしたか」

「いえいえ、私の帰る場所は此処です。何があっても私は再び大谷様の元へと戻って来ますよ」


だからいつまでもお側に置いて下さいね。



たとえ此処が鳥籠の中だとしても、
大谷様ならば飼われても構いません。

鳥籠の鍵が開いていても、私はきっと逃げ出したりはしません。死ぬまでずっと貴方様に飼われ続けるでしょう。私はそれを望んでいる狂った鳥にございます。


大谷様でなければいけないのです。
貴方の側でなければいけないのです。




「荊道(いばらみち)を行くというのか」

「荊……例えそうだとしてもこうして大谷様のお側にいさせて貰えるのならばこの両手足が傷付いても構いません。喜んで私は荊道を裸足で歩くでしょう」

「……恐ろしい娘よ」

「あら、今更でしょう?」

「やれ困った困った、嫁にでも行かせようと思ったがこれでは嫁の貰い手がおらぬ。闇に塗れた娘など欲しがる男などおるものか」

「そうでしょうか、私を欲しがる物好きな殿方はいらっしゃるかもしれませんよ?」


嫁に行く気はありませんけどね。





「ならば嫁にゆけ」

「そうですねぇ、もし強引に婚姻を申し込まれたら私は嫁に行ってしまうかもしれません」


ふふ、と微笑みながら整理した桐箱をいつもの棚の上に戻した。




「……。」

「ねえ大谷様、飼い慣らした鳥は鳥籠から逃げ出してしまうかもしれませんね」

大谷様の前に姿勢正しく座り、微笑みながらわざとらしくそう言うと、腕を急に引っ張られた。



「!」

私の体は大谷様の胸に引き寄せられ、とくんとくんと、規則正しい心臓の音が聞こえた。すぐに離れようとしたが、ぐっと背中を押さえられていて動けなかった。


上では、ふう……と息を吐く音が聞こえた。まさかと思い、大谷様を見上げるといつの間にか煙管を手に持ち煙を吐いていた。




「……大谷様、軍医様にしばらく煙管を禁止されていませんでしたか?」

「はて、何の事か」

「また体調を悪くしてしまいます、すぐにその煙管を私に渡して下さい」

「……。」

「!」


煙管を渡して欲しいとお願いすると、大谷様は煙を私の顔にわざと吹きかけてきた。

少し煙を吸ってしまい、ごほごほっと咽せてしまった。少し睨むと、大谷様は目を細めて私を見ていた。




「煙管の匂いは好きになれません」

「ヒヒッ、ならばわれから奪おうとは考えるな」

「けど軍医様は……いえ、それよりもそろそろ離してくれませんか? もう煙管を渡して欲しいなんて言いません」

「……。」

「あの」


聞こえなかったはずはないのに大谷様は私を離そうとはしなかった。

こんなにも距離が近いと煙管の煙を吸ってしまいそうで、






「……っ」



煙の匂いで気持ちが悪くなってきた。

咄嗟に煙を吸わないように口元を押さえたが、吐きそうな気分になった。





「……。」

「娘、どうした」

「……いえ」


気分が落ち着くまで大谷様に体を預けて、少し深呼吸をした。煙管の匂いは元々好きではなかったが、気分が悪くなるほど苦手ではない。




「大谷様」

「気分が優れぬのか」

「いえ、気のせいです……申し訳御座いません」


そう言って大谷様から離れた。大谷様はすんなりと私を解放してくれた。




「少し、疲れているのかもしれません」

「ならば軍医に診てもらえ」

「そうします、大谷様あまり煙を吸い過ぎてはいけませんよ」

「……。」

「(吸うのはやめないんですね)」


いくら言ってもなかなか聞いて下さらないのはいつもの事ですが、今日はやけに煙の匂いが気になってしまいます。





「少し、休んで来ます」


そう言って立ち上がり、大谷様の部屋を出た。外ではしんしんと雪が降り続け、積もり始めていた。外は寒いはずなのに、煙の充満した部屋から出ると少し気分が落ち着いた。

最近、働き過ぎなのかもしれない。と言ってもそんな自覚はないけれど。




「……。」


廊下は歩くと、やはり寒かった。
先ほどまで大谷様の温もりを近くに感じていたせいか余計に寒く感じた。もう少し温もりを感じていたいと思ってしまったが、煙のせいで気分が悪くなってしまった。






「(……少し、休もう)」














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