96、ドーンと再び登場☆伊予河野の巫女








「葵? どうしたんだい? また刑部殿の機嫌でも損ねたのかい?」

「……。」


大谷様の包帯と薬を貰い軍医様の所に行くと「ひどい顔をしている」と言われてしまった。落ち込んではいるが、そんなに分かりやすく顔に出ていたのですか。



「私は大谷様の機嫌を、損ねてしまったかもしれません、けど大谷様はいつもと変わりありませんでした」

「葵は、また戦いに出たいとでも刑部殿に言ったのか?」

「いえ、力のない私などお荷物になると分かりきっています。こればっかりはもう言葉にしていません」

「それはいい判断だ」

「私は大谷様のお側に居たいのですが、この気持ちを大谷様は聞いてもくれません」

「おや? それはひょっとして」

「私も所詮ヒトの子、大谷様に対してそういう特別な感情もあるのだと気付き、大谷様にそれをお伝えしたのです、けれど……」

「そうか葵は刑部殿の事をそんなにも……しかし、向き合ってはくれなかったのか。まぁ刑部殿は色恋沙汰に興味がないからねえ。それに女にも嫁にも困っていないお方だ、政務ばかりではなく息抜きでもして欲しいところだが」


女を手に入れようと思わなくても向こうからやってくるだろう。あの方はお優しい方だからね、好意的な想いを持つ女性も少なくはない。嫁や特別な女性も、本人が望まなくともやってくる。離縁になってしまったが、以前妻を娶った時も刑部殿の意思に関係なく縁談が組まされていたからね。




「きっと私も大谷様に奥方様がいらっしゃれば、このような浮ついた気持ちにならなかったと思うのです、ですが」

「なんというか、葵はとても正直者だ、色恋話というのは少しは恥じらいながら言うものではないのかい?」

「そうなのですか? しかし私のこの気持ち、この感情に嘘はありません」

「……困ったね」


刑部殿は葵の事を気に入っていたと思っていたが、それは一体どこまでの感情なのか私にはさっぱりだ。





一人の世話係として見ているのか

それとも、
一人の女として見ているのか。





「あの人程、読みにくい相手はいない。いいかい葵、君はとんでもない方に惚れてしまったようだね」

「しかし……きっとこの気持ちは、大谷様へは届きません。けれど大谷様に尽くす気持ちは変わりません。いつか嫁いで来られる奥方様共々、お世話をさせて頂きたいです」

「……私としては葵にも幸せになって欲しいものだが」

「私は幸せなど願っておりません」

「君もなかなか難しい娘さんだ」


真っ直ぐで、純粋で、素直で
時には突っ走ってしまう。

自分の気持ちに真っ直ぐ向き合い、
決して自分の為にと動こうとはせず


ただただ、主人に仕えると言う。





「(刑部殿、葵はとても良い子ですよ)」



どうか、少しでもこの子を
貴方の目に映してくれませんか?














「……ふう」

小雪と共に庭の掃除が終わり、さて次は晩御飯の準備でも向かおうかなとしていたその時、




「葵ちゃああんッ!」


「うッ!」


突然、背中から誰かが抱き着いて来て、耐えきれず私はそのまま地面とこんにちはをした。

あ、口の中に土が入りました。





「姉さん!?」


一緒にいた小雪の慌てる声が聞こえたが、何があったのか私には分からなかった。あえて言うなら重たい。




「葵ちゃん! 葵ちゃん! 本当に葵ちゃん? やっぱり葵ちゃん!! 生きていたんですね! 私の大事な友達が死ぬわけありませんよねええええ!」

「こ、この声は、巫女様?」

「私ですううう! 鶴姫です! 葵ちゃんが生きていたと文が届いて居ても立っても居られずに、ばびゅーんと大阪まで飛んで来ました!」

「巫女様……あの、重たいです」


背中に巫女様が抱き着いているおかげで私は体を起こす事が出来なかった。





「ちょっと! 誰か分かりませんけど姉さんからどいて下さい! 姉さんが苦しそうです!」

「姉さん……??」

「どーいーて、くださいッ!」

「わわわっ!」


小雪が巫女様を剥がしてくれたおかげで、なんとか起き上がる事が出来た。巫女様は「ごめんなさい!」と言っていたが、その目には涙がぽろぽろと溢れていた。






「巫女様」

「葵ちゃん……! 本当に生きていたんですね!」

「はい、何だかたくさんの方にご心配をおかけしたみたいで、この通り生きています」

「あら? ……鬼が、いません」

「やはり巫女様には分かってしまうのですね、ええ……私の中にいた鬼は私を救ってくれましたが、居なくなってしまいました」

「どうして鬼は葵ちゃんを助けてくれたんでしょう? だって鬼ですよ?」

「私は鬼に愛されていたようです」

「……うーん、なんだかまだまだ、私の知らない事がたくさんあるんですね。でも葵ちゃんが生きていて良かったですッ!」

「そういえば、文が届いたと言っていましたが、一体どちら様からですか?」

「大谷さんからです! いやぁ大谷さんって達筆ですね! 大谷さんからの恋文かと思ったら葵ちゃんの事が書かれていたので嬉しさ百倍でした!」

「大谷様が文を?」

「ええ! 大谷さんってやっぱりとても優しいですよね、さりげない優しさと言いますか、表には出さないですけどあんなにもぽかぽかした人はそうは居ないと思います!」

「……ぽかぽか、ですか」

「葵ちゃん、これからも大谷さんとずっと仲良くして下さい、葵ちゃんの代わりは居ないって大谷さんも言っていましたし、私は葵ちゃんの代わりとして大谷さんの側にいる事は出来ませんでした、やっぱり葵ちゃんじゃなきゃ駄目なんですよ。大谷さんには葵ちゃんが必要だっていうのが凄く分かりました」

「巫女様」

「私は大谷さんが好きです」

「!」

「けど、きっと私じゃ駄目なんです。私は巫女ですから役目が終われば海に帰ります。大谷さんの側にはいれません。それに私が好きだったのは葵ちゃんが隣にいた時の大谷さんだったんじゃないかなって、ふと思うんです。だって大谷さんって私に対して嬉しい言葉をかけてくれますけど、それだけです。きっとそれ以上はありません」

「巫女様、私は大谷様の世話係としてでしかあの方の側にはいれません」

「そんな事ないです。大谷さんは葵ちゃんの事をとても大事に思っていますよ」

「……。」




大谷様が、私を大事に?
しかし、それはきっと世話係として


それ以上の感情など、きっとない。







「あの、そろそろ腕を離してくれませんか? ちょっとこの体勢辛いです☆」

「……姉さん? この方は姉さんのお友達ですか?」

「ええ、とても大事な友達です」

「姉さんの友達なら、仕方ありませんね」


そう言って、小雪はパッと巫女様の腕を離してあげた。





「葵ちゃんの妹さんですか? それに姉さんとは一体?」

「姉さんは姉さんです!」

「えっと、私が芸妓だった時に共に置屋に住んで居たんです。私と離れたくないと言ってくれて、こうやって大阪でも一緒に仕事をしています」

「芸妓さんだったんですか? じゃあ三味線とか歌とか得意なんですね! 聞いてみたいです!」

「歌はちょっと、苦手なのです」

「姉さんが得意なのは笛です! 牡丹柄の黒い着物を着て吹くお姿はとてもとても綺麗です!」

「小雪、あのそれ以上は恥ずかしいから、ね?」

「牡丹柄の、着物?」



鶴姫は、小雪の言葉を聞いてハッとした。あの時大谷を占った時に視えたものは何だったか、


「牡丹柄の着物の女性」だったはず。






「……偶然、でしょうか」

「巫女様?」

「いえ、なんでもないです」

「そうですか? すみませんそろそろ私達、晩御飯の準備があるので」

「あ、分かりました。じゃあ私は大谷さんに会いに行きます! 今って大谷さんはどこに居ますか?」

「大谷様なら今はお城の執務室に居ますよ」

「ありがとうございます!」



女中の仕事が忙しいという葵ちゃんととりあえずお別れをして(後でいっぱいお喋りをするという約束をした)

執務室にいるという大谷さんに会いに向かった。







「(ばびゅーんといざ大谷さんの所へ!)」






執務室にいた大谷さんに「牡丹柄の着物の女性」って葵ちゃんの事でしたか!と聞いたら、無視されてしまいました。


大谷さんの機嫌を悪くしてしましたが、きっと大谷さんは葵ちゃんが帰ってきてくれて嬉しいはずです!けどそういう事大谷さんに言ったらますます機嫌が悪くなりそうなので言いません☆






これからも二人が

一緒にいれますように☆



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