120、共に歩く事など望めない








人質である伊達軍と兵と六(りゅう)の爪を引き換えにする場所は、松永から東大寺大仏殿と指定されていた。

指定された日時と刻に大仏殿へと向かうのは、伊達政宗と片倉小十郎、そして大将の軍配を取り返す為に真田幸村がそれぞれの目的の為に向かう事となった。猿飛佐助と軍医の藤吉ら忍者組は、松永の居城を探しに既に外へ飛び出している。




「ちょっと待て、豊臣側は葵を取り返しに行かないのか? 何故、誰も出ようしない」

片倉小十郎は、豊臣軍からは誰も葵探しに動かない事を疑問に抱いた。あれほど大事だと言っていた葵を盗られているというのに、竹中半兵衛や大谷吉継はそこからまるで動こうとしない。

必死に探そうとするものかと思えば、そうする素振りすら見られない。





「松永を捕まえようとは思わないのか」

「東大寺の大仏殿に行ったところで、その場所は伊達の取り引き場であって松永殿の居城ではないよ。確かに松永殿はいるだろうけど、そこに葵がいる可能性は低いだろうね。きっと今頃、葵は松永殿の居城のいる、なら僕達は居城に向かうまでさ」

「どうして大仏殿には居ないと言えるんだ、いる可能性もあるだろ」

「ああ、君達は知らないのか」

「何がだ」

「東大寺大仏殿は今は廃れているんだ。焼け跡となった場所に葵を置いているとは思えない、詳しく知っているわけじゃないけれど、松永殿の性格を考えれば葵をそんな場所に連れて行くとは思えない」

「松永の性格……?」

「村一つを焼き払うような残酷さはあるけれど、彼はあれでも紳士で礼儀正しい男だからね、昔はよく豊臣に眠る宝一つを報酬に豊臣軍の為によく働いてくれていたものだ。東大寺はあくまでも伊達の刀と交換するだけの場所だと僕はそう考えるよ、ね? 大谷君」

「左様」

「居城の在り処が分かるまで、豊臣側は動かないつもりか」

「僕達の目的は葵の奪還のみだ、君達の取り引き場に同行する気はない、伊達の兵や武田の軍配はどうなろうが知った事か。討つべき敵は一緒でも、君達と協力するつもりはない、こちらで好きにさせてもらうよ」


協力するつもりはない、とはっきりとそう言った竹中半兵衛に、その場にいた伊達や真田達は驚いていた。




「お言葉ですが竹中半兵衛殿、相手は戦国の梟雄・松永久秀殿であります。此処は我らで協力して互いの宝を取り返すのが得策ではござらんか」

「これでも僕は怒っているんだ、他の宝を取り返す時間すら惜しい。今はとにかく葵をいち早く取り返したい、申し訳ないけど大仏殿に向かう事が近道とは思えない」

「し、しかし」

「僕と大谷君は同意見だよ、これでも忙しい身だ。すまないが失礼するよ、ああもし必要ならば馬や豊臣の兵を貸そう」


大谷君、後は頼んだよ。と言って竹中半兵衛は部屋から出て行った。部屋に残された大谷に視線が集まっていたが、ただ彼は広げられた地図を見て、何かを考えているだけだった。





「本当に大谷殿も、同じ考えでござるか」

「……。」

「葵殿はいつでも大谷殿の後ろにおり申した、常にそばに……葵殿が心配ではござらぬのか」

「……。」

「葵殿はきっと、松永殿の所よりもこちらに居る方が良い。大谷殿と共に居る方が幸せで、いつも楽しそうでござった。兵法を大谷殿より教わった礼もあり、何より葵殿がこの地に居ないのが嫌でござる。某は葵殿を救う為ならばいくらでもこの手を貸すでござる、どうか協力しないなどと悲しい事は申さないで欲しいでござる」

「ヒヒッ」

「大谷殿?」


笑った大谷に、その場にいた全員が大谷の方を見た。地図から顔を上げて、大谷はようやく真田幸村の方へ向いた。





「ぬしが葵の幸せを語るか、あの者がわれと共にいて幸せだったと? そんなものありはせん、あの娘の幸せなど、われは持ち合わせておらん」

「しかし、葵殿はいつも大谷殿と共に! それが葵殿の在り方ではござらぬのか」

「あの娘はわれの世話係、それだけであり、それ以上になりはせん。それでも便利なものを手放すのは惜しい、しかしわれも鬼ではない、葵の幸せの為と思い、竜からの縁談話を引き受けたまでよ」

「大谷殿は葵殿と共に歩かれないと、そう申すでござるか」

「われにはあやつと共に歩く足がない」

「……!」


真田幸村はぐっと唾を飲み込んで、何か言葉を吐き出そうとしたが、足がないと言われてしまえば、何も言い返す事が出来なかった。


真田幸村と大谷の会話を聞いていた奥州の二人は顔を見合わせていた。そして伊達政宗が真田幸村の代わりに「大谷」と口を開いた。





「正直に言うと、俺は伊達の兵を救う事しか考えてねえ、奴らさえ無事なら他はどうでもいい」

「政宗殿!?」

「けどよ、葵っつう女を貰う話はこっちが先だったんだ、なのに松永の野郎に横取りされて腹の底が煮え立つ気分だ。俺はアンタらと協力はしねえ、けど俺らが葵を見つけ、助けたとしたらそのまま奥州へ連れ帰る、構わねえな?」

「うむ」


短く返事をした大谷に、「だ、そうだ小十郎」と政宗は言った。その言葉にまさか自分に来るとは思っておらず片倉小十郎は驚いていた。



「政宗様、葵を奥州へ連れ帰るなど竹中半兵衛が許さないのでは? それに本人の了承もなしに……そもそも、松永の居城もまだ分かっていないではないですか。今は伊達の兵達を救う事を最優先に」

「分かってる、でもお前の中では葵っつう女を救う事も最優先なんだろ?」

「!」

「おい大谷、幸せなんてもんは他人が判断するもんじゃねえ、本人が幸せだと思えば幸せなんだよ、でもまあお前もそれなりにその女の事を大切にしてるんだなって事は分かったぜ」

「……。」

「大丈夫だ、奥州は良いところだ」



そう言って伊達政宗は立ち上がった。隣にいた片倉小十郎もそれに続くように立ち上がった。奥州の二人は早速、東大寺大仏殿へと向かうらしい、共に向かうと決めた真田幸村も自分の目的を達成させる為に気合十分で立ち上がった。

そして三人は、城を出て行った。







静かになった部屋には、大谷ただ一人だけが残されていた。広げた地図を見ながらも、考えている事は松永の居城探しなどではなかった。



葵を、奪われたと聞いた時、柄にもなく城を飛び出しそうになった。すぐに冷静になれたのが救いだった、そうでなければ今頃は城の外だっただろう。突発的に動くなど自分らしくもないと嘲笑った。どうしてだか、葵と聞いてそうなってしまった。

自分でも知らずのうちに、葵は己にとって必要な存在で、なくてはならないものだったようだ。確かにあれは便利だ、便利だと思う他に違う感情があったのは確かだ、そばに置きたいと願ったのは自分だ。




「(惹かれているのは、どちらか)」



葵の気持ちには気付いていた。

しかしそれには答える事が出来なかった。病に冒され、足のない自分と歩幅が合うはずもない、共に歩ける足が欲しいと願ってもそれは叶わない。自分は葵と共に居てはいけない、例え共も歩いてもいつかは不幸になるだけだ。葵の気持ちには答えられない、この気持ちは更に葵を不幸にする。

これ以上自分の手元に置いていても、不幸になるばかり、ならばいっその事、手放してみようと思った。良い具合に飛び込んで来た奥州からの縁談を承諾した。これで葵は幸せになれるのだと、安心した。





なのに、この心のざわめきは何だ。




松永久秀から葵を奪い返し、伊達政宗に任せて奥州へと連れて行く、それで良いではないか。何も間違ってなどいないはずだ。



なのに、どうしてこの手は震えるのか。










「恐れているのか、このわれが」



松永に奪われ、葵が手元から離れて味わったこの孤独感、他人のものになったというだけでこうも我が身を引き裂かんとするのか。




この痛みは何だ。

これは違う、不幸だ。



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