118、奪われた宝を取り戻す為に









高く登り切った日は曇天によりその姿を見せる事はなく、その空は今にも泣きそうだった。

そして城のとある一室でも、曇り切った表情の者達が集まっていた。しかし一部では憤怒し、今にも刀を抜こうともしていた。それを諌める者もいれば、ただ傍観する者も同席していた。




「sit!最近は大人しくしていたかと思えば松永の野郎……! 今すぐ奴の根城に乗り込むぞッ! つーかあいつの居城って何処なんだよ畜生!」

「落ち着いて下さい政宗様、策も無しに突っ込んでは松永の思うままですぞ」

「じゃあどうすりゃ良いんだよ!」

「だからこうして皆が召集し、軍議が行われているのです。どうやら奴に奪われたのは我々だけではない様子」

「What!?」


自身の右目と呼ばれる片倉小十郎の言葉により、伊達政宗は刀から手を離し、詳しく話を聞かんと腰を下ろした。そして、その様子を見ていた者の中から、最初に竹中半兵衛が口を開いた。





「ふむ、大事なものを奪われたのは伊達軍だけではないようだね。さて、これまでの話をまとめようか、伊達軍は兵を軍馬もろとも奪われ、豊臣は花器と……それで武田は何を盗られたんだい?」

「某のところは何も盗られてなどいない!」

「あー……残念だけど旦那、そう言えないんだよねえ」

「む?」


天井から颯爽と部屋に現れた佐助に、真田は揃えている足の上に乗せていた拳をぎゅっと握りしめ「どういう事だ佐助!」と上から降ってきた佐助に問うた。




「武田はうちの大将の大事な石動配を盗られたよ、全く、信玄公が床に伏せているところを狙われるなんてさ、うちの忍び隊もまだまだ甘いね」

「なんと! お館様の大事な石動配を! すぐに取り返さねば! 行くぞ佐助ッ!」

「はいはい、ちょい待ち! 急ぐ気持ちは分かるけど落ち着きなよ旦那、大体行くって何処に行くのさ、此処にいるみんな同じように大事なもん盗られてるんだから、焦らないの」

「しかし!」


慌てる真田を佐助は何とか制し、再び大人しく座らせた。そして彼らは話を進めようとする竹中半兵衛の言葉に耳を傾けた。






「しかし伊達軍の兵を盗むなんて……うん、おかしな話だね、君達は兵を人質にとられ何か要求でもされたのかい?」

「チッ、そこまで読まれてりゃあ言うしかねえか。松永は俺ら……伊達軍の兵を盗み、返還してほしくばこれを寄越せと言ってきた」


伊達政宗が見せて来たのは、自身の刀「六(りゅう)の爪」だった。松永久秀は伊達軍の兵を取り戻したくば、代わりに伊達政宗の刀を寄越せと申し出てきた。




「それで君達は、兵の代わりにその刀を差し出すというのかい?」

「Ha! この刀で松永を討つ! そして奪われた野郎どもを取り返せばいい! 簡単な事だ!」

「なるほど、松永殿の交渉には乗らないと。君らしい答えだね。君達も同様に松永殿の所に乗り込むのだろうけど、場所が分からないのではどうしようもないね」


竹中半兵衛は真田と佐助を見ると、真田幸村は「政宗殿と同様、某もお館様も大事な宝を取り返したいでござる!」と答えた。





「そうか」

「半兵衛殿はどうお考えか、豊臣も大事なものを奪われているのであれば、取り返す手筈を整えないでござるか?」

「僕達も盗られた宝を取り返すつもりだ。松永殿の手にあるなんて考えただけでも腹が立つ。バラバラに細かく切り刻んでやりたいくらいだよ」

「Huhn? 豊臣で盗まれた花器っていうのはそんなに大切なもんだったのか?」

「ああ、あんな花器の一つや二つ、いくらでもくれてやるさ、僕達はそんなものよりももっと大切なものを盗まれた」

「大切なもの……とは?」


小十郎がそう聞くと、どこか辛そう表情をした竹中半兵衛は、隣にいる大谷吉継へと視線を向けた。大谷は慌てる様子もなく小さく頷き、ただ一人落ち着いているようだった。




「大谷君……」

「構わぬ賢人よ、隠す必要はない」

「分かったよ」

「Huhn? 大谷が此処にいるって事は……ああ、もしかしてあの数珠でも盗られたのか?」

「人だよ」

「は?」

「僕達が盗られたのは、葵という娘だ。君達も葵の事は知っているだろう?」

「葵? どこかで聞いた名前だな」

「葵が、盗まれた……だと!」


勢いよく立ち上がったのは片倉小十郎だった。葵とは交戦した事があり、それなりに交流のあった間柄だ、小十郎が驚くのも不思議な事ではないと大谷は動じなかった。




「どういう事だ大谷、どうして葵が盗まれた!? 何故、お前が付いていながら松永なんかに盗まれているんだっ! 答えろ!」


小十郎は勢いそのままに大谷へと突っかかった。着物の襟を掴みそのまま引き上げれば大谷の細められた目とかちあった。大谷が笑っているように見えた小十郎は「なに笑ってやがる!」と大谷を睨みつけた。



「あの娘が心配か、右目」

「テメェは違うってのかよ!」

「ヒヒッ、惚れた女を奪われ、心が千々に乱れる様はとても滑稽よ、それ程までにあの娘を好んでいたとは、竜の右目もただの男か……」

「何だとッ!」

「不幸よ、ああ、不幸が降ってきよった」

「何でだ、何で葵が!」

「……。」

「葵はテメェの部下だろうが! 何故笑っていられる! 何故平然としていられるんだ! 何で葵を守ってやらなかった! 守れただろ! お前なら!」

「われを何と思うておる、聖人か? 神か? 否、われはただの人よ、ぬしにはわれを超人か何かと推し測っておるのか」



小十郎は掴んだ大谷の襟に力をグッとさらに込めて引こうとすると、己の喉元すれすれにクナイが突き付けられた。その刃に、襟を掴んだ手の力が緩んだ。



「はい、そこまで」

「……テメェは」

「全く、遅れて来てみれば、我らの大将に何をしているんだい片倉殿よ、さあ血を見たくなければ今すぐその手を離すがいい」

「チッ」


突然現れた軍医の藤吉に言われ、小十郎は言われた通りに大谷の着物の襟から手を離した。言われた通りにすれば、クナイはスッと下げられた。





「ああ! 思い出した! 葵……って、あれだろ、小十郎の嫁になる女の名だろ?」

「政宗様……今は」

「何言ってんだ、大事な話だろ」

「しかし」


ようやく「葵」という名前を思い出した様子の伊達政宗だったが、彼の発言を聞いて周りがざわめいた。


特に約一名、闇の婆娑羅を持つ彼からは禍々しい力が湧き出ていて、殺気にも似たそれは周りを凍りつかせていた。


「賢人よ、その気を控えよ」

「それは無理そうだよ大谷君……今、そこの竜は何て言ったんだい? 葵を嫁に? はは、なんておかしい笑い話だろうか。もはや切り刻む気すら起きないよ。葵を嫁に貰うなんて話を、勝手に進められては困るんだよ。それに、悪いけどその話は無かった事にさせて貰うよ、大事な大事な葵を竜の住処なんかにくれてやるもんか」

「あ? 何だと、喧嘩売ってんのか竹中半兵衛、葵っつう女は小十郎の嫁として奥州に連れて帰るんだよ、邪魔をすんな。大体、あの女はテメェのもんじゃねぇだろうが」

「おや、竜は耳がとても悪いようだね、僕は君を挑発したつもりだったが理解出来なかったのかな? それにあの子はうちにとって大事な娘だ。他所にあげる気はない」

「小十郎のどこが悪いって言うんだ」

「片倉君を悪く言ったつもりはない、ただ葵をまかせられるほどの器ではない。まあ例え葵を欲しいと言っても、奥州に渡すくらいなら僕の妻とするよ。それならば潔く諦めてくれるだろう?」

「は? 妻に? おいおい、いくつ年が離れてると思ってんだよ……」

「ならば養子にするまでさ」

「本気かテメェ……」



全く折れる気配のない豊臣の軍師に、伊達政宗はもはやため息しか出なかった。賢さでは相手の方がずっと上だ、口喧嘩で勝てるような相手ではない。何かを言ったところで、簡単に言いくるめられてしまう。





「つーか分かんねえ事がある、松永は何であの女を盗んだっていうんだ、人質にする為か?」

「鬼の娘」

「!」

「君もその名くらいは聞いた事があるだろう?」

「黄泉の力を持つ、鬼の娘……か」

「この際はっきりと言うけれど、葵がそうなんだよ、彼女が持つ力はとても珍しいものだ。以前から松永久秀は鬼の娘を欲しがり、探して回っていたらしい。だから葵は松永の目に見つかり、盗まれてしまった。どの花器よりも大事な彼女を、盗られてしまったんだ」

「ふーん、あの女が鬼の娘だったとはな、ま、それくらいの力がないとうちの小十郎は倒せねえか、なるほどな」


鬼の力を持つ者ならば、関ヶ原で小十郎に勝ったというのも理解が出来る、と伊達政宗はそう思った。

しかし分からないのが、どうしてそう易々と大事なものを盗まれてしまったか、だ。





「おい大谷、どうして葵を守らなかった。お前の後ろにはいつも葵が居ただろう、俺には分からねえ、お前ほどの男が易々と葵を盗られるとは思えねえんだ」


小十郎は先ほどよりも落ち着いた声で大谷に聞いた。小十郎に目を向けた大谷は一息吐いた後に、ようやく口を開いた。






「葵は久しくわれの前には姿を見せておらぬ」

「どういう意味だ」

「病よ、体を悪くし、自室で休んでおった」

「聞いてはいたが、そんなに悪いのか」

「ああ、その点については医者である私が立証しよう」


軽く手を挙げて、藤吉が言った。その言葉に、その場にいた誰もが医者である彼を信じた。




「しかし鬼の力を持つ娘か、ますます小十郎の嫁に相応しいじゃねえか! 松永の所から奪い、奥州へと連れ帰るとするか」

「ふっ、君も欲望のままに葵を奪うのかい? それでは松永殿のやり方と一緒だ。それに人の気持ち程、奪えないものはないよ」

「……チッ」


竹中半兵衛に、やり方が松永と同じだと言われ、伊達政宗は渋々「分かった」と答えた。しかし諦めてはいない様子で、他に案はないかと考えているようにも見えた。どうあっても奥州に連れて行きたいようだ。






「まあまあ! とにかく、葵を誰が娶るかなんて話は後にして、今やる事は松永から盗まれたものを取り返すって事で良い? 取り返すものは「伊達軍の兵士」「石動配」「葵」の三つ、それぞれ大事なものを盗まれちゃってるんだから、ここはひとつ協力していかないとね」


佐助が指を折って取り返すものを確認した。真田忍び隊の仲間からの情報では、松永にはあの伝説の忍び・風魔小太郎が雇われているらしい。




「魔王と続いて、まーた危険な相手だけどさ、大事なもん取り返す為にお互い力を合わせて行くしかないでしょ」


飄々とした佐助の言葉に、今はまず何をするべきかと諭され、皆は刀や自身の武器手にした。


それぞれ、奪われた大切なものを取り返す為に、睨み合いはほとまず置いておいて、立ち上がる事にした。






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