115、月夜に奪われた鬼の娘









「そこにいるのは誰ですか」


夜中に目が覚め、ふと感じる闇の気配。私の中にいた鬼が消え、闇が消え去ったとしてもどうやら体は闇を覚えているようで、近くにいれば少し感じるようになった。このおかげで大谷様や佐助さんが近くいると分かるようになりました。


さて、こんな夜中に天井裏に隠れて何をしているのでしょう? 予想では忍びの者でしょうが、身近で知っている闇の忍びなど佐助さんくらいしか思い付かない。しかし夜中に佐助さんが何の意味があって天井裏にいるのか。

私の監視? それとも護衛?


それこそ佐助さんが天井裏に潜む理由が思い当たらない。ならば上に潜んでいるのは誰なのか。






「どちら様でしょう? 出て来ませんか?」


天井に向かってそう言うと、微かに音が聞こえた。やはり上に誰かいるようだ。しかし、なかなか私の前に出て来てはくれない。此処から逃げようとはしていないところを見ると、私に用があるのだろう。





「出て来てくれないのならば、今すぐ大声を出しますよ? こんなに静かな夜中です、すぐにたくさんの人が此処に来ます、それでも良いですか?」


天井に向かいそう言ったが、返事が全くないので、さあ大声を出そうと息をすうっと吸うのと同時くらいに、天井板がガタッと外れる音がした。

そして降って来た黒い塊は私の前に現れて、手で私の口を塞いだ。



「(あら、これでは声が出せませんね)」


どうやら大声を出されるのは困るようで……


しかしまあ、どうしたものでしょう、てっきり天井にいたのは佐助さんかと思えば、







「まさか、貴方とは」

そっと、口から彼の手が外されてようやく言葉を発せられた。目の前の彼は慌てる様子もなく、ただ私を見つめているだけ。





「風魔小太郎さん」


天井裏から現れ、私の前に姿を表した黒い翼の忍者。伝説の忍び・風魔小太郎。どうしてだか、彼が私の部屋に、そして目の前にいる。

布団の中に隠している短刀へと手を伸ばした。きっと此処に刀がある事すら風魔小太郎にはバレているだろうけど、彼は以前に戦った事がある。私から見れば彼は十分に敵だ、味方になった覚えもない、ならば警戒するのが普通というものだ。




「北条が今頃になって豊臣に何用ですか、偵察? 一度落ちた北条が、再びこの大阪の地で刃を向けるというのですか? ならば私とて黙ってはいられませんよ」

「……。」

「北条の企みは何ですか? 今さら同盟を組めとでも?」

「……。」

「私を人質にでも取りますか? しかし価値はありませんよ、私を人質にしたところで、戦の火種にもなりやしない」

「……。」

「えっと」

「……。」

「あ、そういえば風魔小太郎って喋れないんでしたっけ」

「……。(コクッ)」


頷いた、という事はやはり彼は言葉を発せられないらしい。ならばどうして私の前に現れたりしたのか。そのまま私を無視して逃げ帰ればいいじゃないですか。人質にしたいのならば今すぐに攫えばいいじゃないですか。

私に用があるわけでもあるまいし。



「……。」

「……少し、待って下さい」


まさか、彼は私に用があって来たのかと思い、机に向かい筆と墨と紙を用意した。まだ私の部屋に残っている風魔小太郎に筆を渡すと、すらすらと何かを書いてくれた。




《 鬼 》


紙には、そう書かれていた。風魔小太郎が私に「鬼」と言いたいらしい。しかし意味が全く分からない私は、ただただ首を傾げるのみだった。




「鬼、って何ですか? 四国の長宗我部様の事ですか?」

「……。」

「違うみたいですね」


鬼、とは一体何なのか。

風魔小太郎は私に何を伝えたいのか。攻撃をしてこないということは、敵意はないという事か。しかし油断をしてはいけない。彼からすれば私の首を跳ねる事など容易いだろう。




「鬼……そういえばどこかの誰かが「鬼の娘」を探しているという噂があると、佐助さんが言っていたような」

「!」

「え? 何ですか?」


風魔小太郎は私の手を取り、ぎゅうっと掴んで来た。何かを訴えているが、風魔小太郎は喋らないので何を言いたいのか私にはさっぱり分からない。




「……。」

「紙、紙に書いて下さい」

「……。」


紙を渡すと、風魔小太郎は再び筆を持ち、すらすらと何かを書いているようだった。書かれた紙を覗いてみると、



“何処に”とだけ書かれていた。




「……風魔小太郎さん、貴方は」

「……。」


風魔小太郎の方を見れば、そこにジッとしていた。私の次の言葉を待つかのように、ただそこに。





「鬼の娘を探しているんですね、それで此処に?」

「……。」


頷いた風魔小太郎、誰に頼まれたのか知らないが、やはり「鬼の娘」を探して此処に来たらしい。そしてなんの偶然か、私の部屋に忍び込むとは、いやもしかしたら風魔小太郎は私が「鬼の娘」だと気付いているからこそ来た……? いやまさか、そんなはずは。

闇の力を感じて此処に来た? けど私にはもう闇の婆娑羅は残っていないはず、だって鬼さんはもう私の中に居ないから。消え去ってしまったから。だから私はもう「鬼の娘」なんかじゃない。


「鬼の娘」はもうどこにも存在しない。




「風魔小太郎さん、鬼の娘はいないんですよ」

「……。」

「鬼の娘というのは、おとぎ話なのです。だから存在しないんです。探しても、見つからないのですよ」

「……。」

「今の貴方の雇い主は北条ではありませんね? どなたか知りませんが、鬼の娘は存在しない、探しても無駄だとどうぞお伝え下さい。そうすれば貴方が此処に来た事は誰にも言いませんよ」

「……。」


風魔小太郎は私の話を聞いているにも関わらず、全くその場を動こうとはしなかった。





「此処に用事はないでしょう?」

「……。」

「だから……」


帰って下さい、と言おうとしたがその前に風魔小太郎は私の腕を掴んできた。掴まれても痛くはないが、離してくれそうもない。






「貴方は」

「……。」

「私を、攫う気ですか?」

「……。」


一言も発さず、風魔小太郎はただ頷くのみ。私は鬼の娘ではないと言っても信じてはくれないようで、私を逃がさないように腕をしっかりと掴んでいた。





「貴方の雇い主は、随分と強欲な方なのですね、鬼の娘なんて噂をどこで聞いたのか知りませんが、欲するが為に色々と周囲を調べましたね」

「……。」

「良いですよ」

「……?」

「鬼の抜け殻となった私をどうぞ攫って下さい、どうせ此処に居たとしても捨てられる身です」


身篭った私など、必要とはされない。私は大谷様の世話係として、部下として近くにいられた。世話係だから、此処に居られたんだ。身分の低い下女中の私と大谷様の気持ちが繋がる事はない。私の気持ちが届いたとしても、大谷様はそれを拒もうとする。


そんな私が子を産めばどうなる?






「風魔小太郎さん、私を、此処から連れ出して下さい。そういう任務なのでしょう?」

「……。」


風魔小太郎は私を抱きかかえて、外へと飛び出た。あっという間の動きに驚いた。だってもう目の前には大きな月が、下を向けば遠くなる屋敷、至近距離にある風魔小太郎の顔を向けば、兜で表情は見えないが私に視線を向けてくれた。



「……。」

「え?」


風魔小太郎は口を動かして、私に何かを言おうとしていた。ゆっくり動く、彼の口もとじっと見て、ようやく何を言いたいのか解読出来た。



“いいのか?”


風魔小太郎は、私にそう聞いているようだった。





「……すみません、攫ってもいいと言ったものの、やはり大谷様から離れるのはとても辛いです、でも……」

「……。」

「今の私では、大谷様の側には居られません」

「……。」

「あ、あの、風魔小太郎さん、貴方の雇い主は優しい方でしょうか? 暴力とか、その、乱暴な方ではないですよね?」

「……。」


今更な質問に、風魔小太郎は「大丈夫」というような口の動きをしてくれた。とりあえずは安心らしい。しかし住み慣れたあの屋敷を離れるのはとても心が痛い。今となってはもうその姿をすら見えなくなってしまったが、思い出すのは、女中として働いていたいつもの毎日だった。




「(小雪、大丈夫かな)」


あの子は慌てん坊だけど、自分をしっかりと持っているから要領良く生きて行けるだろう。それに最近はお淑やかになってきた、好きな人でも出来たのかな。



「(左近さんに、もっと乗馬を教われば良かったな)」


書庫でお昼寝をして、大谷様や半兵衛様に怒られていないでしょうか?



「(半兵衛様、お身体大丈夫かな)」


最近はすっかり良くなり、大谷様と共に政務をこなしていると聞く、大谷様のような仕事人間ではない人だけれど、無理はしていないか心配です。



他にも、たくさんたくさん、お世話になった人や、大切な人が私の周りにはいた。

その人達と、離ればなれになってしまう。







「(大谷様は、ちゃんと休んでますかね)」


あの方は今頃、何徹しているのでしょうか?ちゃんと寝てくれていれば良いのだけど、きっと部屋は煙で充満しているでしょうね、お酒も飲み過ぎていないといいけれど、ああそうだ後で包帯の替えが必要かどうか確認しに……




もう、会えないんですね。





「……?」

「何でもありません」


自分を誤魔化す事にした。




そうでもしないと、

前が滲んで見えなくなってしまうから。



|
- 25 -


[ back ]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -