112、軍師・大谷吉継という男









大阪城のとある一室では客人の声が聞こえてきた。それは遠方の奥州から、この大阪に来ている二人だった。






「葵が床に伏せているだと!」

「oh! 声がでけぇぞ小十郎、落ち着け」

「も、申し訳御座いません政宗様。しかしどうして政宗様が葵の容体を? というより、いつ彼女とお知り合いに?」

「ん? 俺は葵っていう名前の女中には会った事ねえぞ、会いたいとは思っているが、そもそもどんな顔なのかすら知らないしな」

「では何故、葵が療養中などという情報を俺に教えて下さったのですか?」



葵という女の話は政宗様にした事はあるが、しかしその相手は城の女中、こちらは奥州の城主、通常ならば言葉を交わす事などあり得ないはずだ、それならば何故政宗様は葵の事を知っているのか。




「小十郎、お前は葵っていう名の女をいたく気に入っているだろ?」

「は? いえ、気に入るなどという程では。関ヶ原でも戦いぶりを見込んではいますが、彼女は一人の女、そして大谷の部下であり、ただそれだけです」

「そう隠すな、惚れてんだろ? 葵っていう女に、お前は強い女が好みだったもんな、関ヶ原で負けて惚れたのか? それとも」

「ほ、惚れてなど!!」

「違うのか?」

「……。」



はっきり違うと言えない自分が悔しい。言ってしまえばいいじゃないか、葵の事など気にしてもいない、惚れるなどあり得ないと、強い女は好みだが、葵は違うと、しかしそう口に出来ないのはそれが事実だと言っているようなもので。

ぐっと、言いたい言葉を飲み込んだ。

自分を誤魔化すのは昔から得意だ、己よりも如何なる時でも常に主を優先してきた。だから今も、変わりなく片倉小十郎景綱として重鎮するのみ、己の感情など後回しだ。




「政宗様、この小十郎はあの娘に何の感情もありません、ですので」

「大谷に頼み事をしてきた。葵っつう女を小十郎の嫁にくれってな」


「は!?」



……今、何と?




「だから、奥州に連れて帰りたいって、大谷に話をしてきた」

「なっ!」


なんていう頼み事をしているんですかアンタは! 急に己の嫁にくれなどと、しかもよりにもよって、あの大谷吉継相手に! あの男にだけは弱みを握られたくないというのに、どうしてそんな事を!




「何故、そのような事を!?」

「なんだ? 嫁にいらねぇのか?」

「俺がいつそんな事を言いましたか!? しかもよりにもよって大谷にそのような頼み事をしてしまうなんて、どうして大谷なんかに」

「え? いやだって、葵っていう女は大谷の部下なんだろ? なら大谷だろ。石田とかは話にならねえだろうし、他に頼めそうな奴もいなかったからな、それに大谷はちゃんと話を聞いてくれたぞ? 俺に手を貸してくれたし」

「は……? 手を貸す?」

「ああ、奥州に連れて帰りたいって話を大谷にしたら、話を進めておくって言ってたぞ、難しい奴かと思ったが、意外と話が分かるんだな」

「あの、大谷が……?」


そんなはずはない、あの大谷だ。

あいつが、葵をそう簡単に手放すとは思えない、あいつはどう見ても葵に執着している。隣に置いておかないと気が済まないらしい、誰かに取られるなどあいつが許すはずがない、しかし政宗様の話では大谷は了承したらしい、あとは本人がどう答えるか、と。

大谷は何を考えているのか、もしやこれは大谷の策なのではないかとつい疑ってしまう。豊臣の軍師がそうやすやすと部下を差し出すなど、怪しいではないか。






「政宗様、どうかこの話は白紙に戻してくれませんか、きっとこれは大谷の策にございます、これを聞き入れてはなりません」

「いらねえのか? 女」

「この小十郎には必要ありません」

「ま、女の返答次第だな、今は寝込んでいるらしいから返事は保留にしてくれってよ、もし女が了解したら俺は奥州に連れて帰る、止めるなよ小十郎」

「政宗様!?」

「小十郎を倒した女だぞ? 面白いじゃねーか、小十郎がいらないって言っても俺が欲しいんだ、いいからお前は黙っていろ」

「……。」



主の考えが変わる事はないようで、葵の返答次第ではすぐに奥州へと連れて行く気らしい。こうなれば何を言っても聞き入れてくれないだろう。

ぐっと、奥に押し込むしかない。







「ところで、葵が寝込んでいると?」

「ああ、随分と前から良くねぇんだと、見舞いに行こうかと大谷に尋ねてみたが「必要ない」って言われちまった、流行り病にでもなったのか?」

「流行り病……ですか」

「ま、しばらくは保留だな。返事は待っていればいつか来るだろう、だから小十郎、娶る気になったらいつでも言えよ? ようやく喜多も安心したするんじゃねえか?」

「まだ家庭を持つ気はありません」


嬉しそうに笑う独眼竜に何を言っても無駄なようで、この話はこれ以上しないようにした。しかし、大谷の部下である葵は寝込んだというのには驚きだ、心配はしたが大谷が会うなと言っている以上、見舞いには行けないだろう。



もしかしたらそれなりに、葵の事を大事にしてるのかもしれない。


……かと思えば、葵を奥州に差し出すような事を言っている。大谷が何を考えているのか分かりそうで分かりようがない。豊臣の軍師というのは頭が切れるやつらばかりで、その奥を見透かす事など難儀でしかない。口喧嘩で勝てる相手でも無いだろう。





あいつ程、心中が読めない男はいない。







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