急な体調不良、仕事も休み、しばらくの休息を取らざる得なくなった私は自室で体を休めていた。
しかし、
私の体調不良は寝ても、休んでも、気がまぎれる程度でしか回復せず、どこかスッキリしない体にうんざりしながらも、それでもいつかは良くなるだろうと信じて、大谷様のご好意に甘えて再び眠る事にし、とにかく体調回復へと望んだ。
「……何を、しているんですか」
布団で横になっていた怠い体をなんとか起こし、天井に向かって言葉を放った。すると、天井からカタッと音がし、何かが上から降ってきた。
「よく分かったね、俺様がいるって」
「何となくです、敵ならとっくに私に攻撃をしてくるはずなのに来なかった。だから佐助さんかなと思ったんです」
「ほっんと、葵を上田に連れて帰って忍として教育したいよ、こっちで就職しない?」
「いえ、遠慮しておきます、そもそも私は感情を捨て切れませんので忍には向きませんよ」
「向いてると思うけどなあ」
部屋に侵入してきた陽気な迷彩は、起き上がった私と目線を合わせるように布団の側に座った。
「ところで急用ですか? 佐助さんが私の部屋に来るなんて」
「いーや? たまたまこっちに来る用事があっただけ、そしたら葵が体調を悪くして寝込んでるって聞いたから様子を見に来たってわけ」
「私の部屋の場所、知っていたんですね」
「俺様を誰だと思ってるの? 俺様にかかれば、この大きな大阪城と、その周辺の屋敷の見取り図なんてもう既に頭に入ってるよ、石田や大谷の自室の場所だって迷わずに行けるさ」
「……流石ですね」
たたでさえ大きくて広い大阪城と、数多くある屋敷と部屋を網羅しているなんて、女中としてもう長く働いている私ですら半分程しか知らないのに、流石忍び、といったところだ。
「それで、体調が悪いんだって? ていうか顔色悪いね、こりゃ本当に寝込んでたのか」
「お医者様が言うには、どうやら風邪をひいてしまったようです」
「風邪?」
「はい」
風邪だと告げると、佐助さんは首をかしげた。何か疑問に思う事でもあったのだろうか。
「ふーん、風邪ねえ。症状は?」
「少しの熱と、あとは食欲がなくて、たまに吐き気が」
「ふーん……?まあ俺様は病気とか、医学的な事はそんなに詳しくはないんだけどさ、葵のそれって本当に風邪なの?」
「え? ではもしかして、私は流行り病かもしれないと……?」
「いやそうとは限らないけど、他の可能性も考えておいたらって話」
「……はい」
しかし、あまりにも風邪が長引いているので、流行病なのではないかとついつい疑ってしまう。
「そんな落ち込まなくても大丈夫だって、子供でも懐妊したわけじゃあるまいし、すぐ治るって」
「懐妊……?」
「ほら懐妊すると最初の頃は体調悪くなるって言うじゃん? いや、冗談だよ? ていうかそもそも子作りをしないと懐妊なんてしないし」
「……。」
「え、葵?」
「……は、はい!」
「あー、えっと、まあそうだよね、今はもう葵も子供じゃないし、そういうお年頃だし? そういう相手がいないわけないよな。うん、でもまあ大谷さんとかにバレないようにね?」
「大谷様に? え、あ、はい?」
佐助さんに何と言っていいのか、上手く言葉に出来なかったが、これは熱のせいという事にしておこう。思考能力がどうも低下しているようだ。
「そういえばさ、葵」
「はい?」
「ちょっとごめんね」
「!」
何かと思えば、佐助さんは私のお腹に手を当てていた。そして何かを探るようにくるくると撫でていた。
「あ、あの、佐助さん?」
「葵さぁ」
「はい」
「婆娑羅、どうしちゃったの」
「え」
「葵からは俺様と同じ闇のBASARAが全く感じられない、まるで最初から無かったかのように、空っぽだ」
「……。」
「闇をどうしたのさ、戦う為に必要な闇の力を失うなんて」
「私の中にあった闇は、全て取られてしまったようです。お市様が教えて下さいました。第六天魔王復活の為に、私の力が必要だったみたいです」
あの時、お市様は私に全てを教えてくれた。私の中にいた鬼さんが居なくなった理由を、そして私の中が空っぽになった理由を。
「魔王復活の為に葵が必要ってそういう事か、天海っていう奴だろ? 葵から闇の婆娑羅を盗んだ奴は」
「はい、でももういいんです」
「もういいって……婆娑羅がないと戦えないだろ? 大谷の下で戦うんじゃないの?」
「私に闇の婆娑羅があると、私はまたきっと誰かの為に力を使うでしょう、鬼さんは私に、もう二度と同じ使い方をして欲しくはないようです」
「鬼……ねえ」
佐助さんは何か考えているようで、口を開いたり閉じたりしていた。私に何かを伝えようとしているのか、それともその逆か。
「なあ葵、鬼の娘って何か知ってる?」
「鬼の娘?」
「鬼から闇の力を貰い受けたとされる、鬼の娘。噂では闇の婆娑羅を使い、黄泉と現世の行き来を可能とするそうだよ、まるで誰かに似てると思わない?」
「……。」
「はーい、沈黙は肯定、俺様の知っている内で鬼の娘と言われる人物に、心当たりは一人しかいない、葵だろ? 鬼の娘って」
「そうですね、私の事だったのかもしれません。でもそれは噂であり、鬼の娘だなんておとぎ話でしょう」
「おとぎ話ね、まあそう聞こえなくもないけど、もしその鬼の娘と葵が酷似してるなら警戒した方がいい」
「警戒?」
「俺様の知っている奴で、そういう珍しいものを欲しがる人物がいるんだよね、ちょっと変わってるおっさんでさ、きっとそいつの耳にも噂は聞いているだろう」
「鬼の娘に似ているから私を欲しがると? 本当に変わったお方ですね」
「うちの旦那も、奥州の伊達も、そいつには大事なもんをよく盗まれたからさ、 葵も気をつけなよ? 大阪の包囲網なら大丈夫だとは思うけど、なるべく誰かと一緒にいた方がいい」
「……そうは言われましても」
今は療養中の身、誰かの側にいるなど無理だ。それに私を欲しがるという話も現実味がなく、本当に起こり得るのかすら怪しい。佐助さんの忠告を無視するわけではないが、どうしたものか。
「鬼の娘など、どこにもいませんよ。おとぎ話です。噂話などすぐに皆の元から消えますよ」
「でも、一応だけど大谷にでも相談してみるよ、あの人が相談にのってくれるかどうかは分からないけど、葵の事を可愛がってるみたいだし、話くらいは聞いてくれるだろ」
「大谷様、ですか」
大谷様はああ見えてお優しい方なので、話くらいなら筆を置いて聞いて下さるだろう。
鬼の娘と聞いて、きっとすぐに思い浮かぶのも私の事だろう。所詮は噂話だと吐き捨てるか、それとも私を守って下さるのか、
大谷様が、私を守って下さったら、それほど嬉しい事はない。身を委ねて守って頂くだなんて、なんて幸せな事だろうと想った。
けど、私の気持ちは一方通行のまま。
大谷様が私の為に、などまるで夢の中の話だ。惚けていてはいけない。今私がしなくてはいけない事は、早く体を良くし、大谷様の世話係として復帰する事、必要とされなければ私の存在価値などない。
「すみません佐助さん、風邪を、治さないといけないので休みます。少し、寝ます」
「うん、体調が悪いのに邪魔して悪かったね。俺様はもう行くから」
「はい」
頷くと、佐助さんは部屋から出て行った。静かになった部屋、私は再び布団に横になり、ぐるぐると嫌な渦が巻いている考えを振り払う為に、眠りにつこうと目を閉じた。体は疲れているのか、それとも別の何かなのか、すぐに眠気がやってきた。
早く体調を良くして、
早くあの人の後ろに付かないと
嫌な考え、
嫌な予感は
早く消えて。