109、奥羽の竜から吐き出た縁談










「Hay!! 邪魔するぜ、大谷」

「……。」


城内の執務室にずかずかと断りもなく入って来た客人に、大谷はさらさらと動かしていた筆をぴたりと止めた。そして息をふうと吐いた。



最近は客が多くて困る。
おかげで仕事の進みが非常に悪い、

大阪城は特に客人が多い。



……うむ、


「(伏見か敦賀へ行くのもまた手か)」



しかし、今はわれの世話係の葵の体調が優れない事が多々ある、遠出はあえて避けておくべきか。全く、いつになったらあの娘はわれの側に離れずに居るというのか。あの娘がおらねば雑務を頼めぬではないか。




ふう……と、持っていた筆を置き、執務室に入って来て勝手に座り込んだ隻眼の男の方に体を向けた。またこの男は無理難題な事を申し付けてくるのではないかと目を細めた。






「伊達よ、ぬしは奥州へ帰ったのではないのか」

「ah? ああ、一度帰ったけどよ。なんだよ、俺が大阪に来ちゃいけねえのか? 同盟国なんだからいいだろーが、奥州筆頭をなめんなよ」

「では大阪に何用か」

「頼みがあって来た」

「ならば三成の所へ行け」

「凶王じゃなくアンタにしか頼めねえ事だ、まあ頼みっつーか、欲しいもんがある」

「ほう」



竜王の伊達が欲しがる物とは、

はて、それは大阪の地か、それとも大阪で売買されている煌びやかな南蛮の品々か、それとも未来を見据えての軍力か。




「ならば聞くだけ聞いておこう、物によってはぬしにやれるか検討しよう」

「reary? 助かるぜ、アンタに頼みに来て正解だったようだな。石田じゃ話にならん。それでだ、欲しい物つーか……まぁ本当の事を言うとそれは「物」じゃねえんだけどよ」

「では何だ」

「女を一人、奥州へ連れて帰りたい」

「女、と」


はて、伊達には既に側室や正室がいると思っていたが、此奴は尚も大阪の女を欲しがるというのか、ヒヒッ、実に欲深き男よなァ。





「これは愉快。実に面白いではないか、ぬしが欲しがる女が大阪におると、はて、大阪にはぬしの目に止まるほどの美しい姫がおったか?」


少なからず大阪城にも姫と呼ばれる娘が何人かいるが、伊達の目に止まる程の見目美しい姫がおったか?いや、それ以前に城にいる姫達は伊達の前には姿を出してはいないはず。


ならば伊達が欲しがる女とは?




「あー……、すまねえが、欲しいっつうその女は姫じゃねえ、女中だ。いるだろ? 城で働いてる娘さん達がよお」

「ほう? ぬしの目に止まる美しい女中でもおったか」

「ああ。それでだ、その女を奥州に連れて帰りたい、でもよ……こういうのって誰に頼めばいいのかわかんねーから、とりあえずアンタの所に来たんだけどよ」

「うむ、雇用している女中の一人くらいならば奥州に連れて帰っても我らの軍事力に問題はない、すぐにわれが手配してやろう」

「本当か!? それを聞いて安心したぜ!」

「しかし、いくらわれが手配したとしても、肝心の女中が奥州へ行きたくないと申せばそれまでよ、女の心まではどうにもならん」

「なーに、そこは安心しろ。奥州での待遇は勿論良いぞ、そもそも女中として働かせる気はねえ、ちゃんとした生活は保証する。ここで女中として働くよりも良い生活をさせてやる、その女にとっても悪くねえ話だ」

「それほどまでにその女が欲しいのか、しかし伊達よ、ぬしなら分かってはおると思うが、タダではないぞ?」

「ああ、どうせそれ相応のもん寄越せって言うんだろ? OKOK、アンタが要求するもんを用意してやるぜ、元から用意するつもりだったからな、そちらさんが欲しいもんを何でも言いな」

「ほう、そうまでしてぬしが女を欲しがるとは」


はてさて、それ程まで美しい女が城内におったか? 伊達が欲しがるほどの良い女ならば、とうに嫁の行き先が決まっていてもおかしくはない。





「あー……実は、その、俺が欲しいんじゃねえんだ。実は小十郎がその女に惚れてるみてえなんだ」

「ほう、惚れていると? 呆れたものよ、堅物の軍師かと思いきや竜の右目もただの男か、われには解し得ぬ」

「そう言うな、俺はガキの頃から小十郎を見てきたが、一人の女にああも惹かれている小十郎を見るのは初めてだ。そりゃあ抱く女は数多程にいただろうけど、アイツは娶る気はねぇのか、そんな素振りすら見せねえ。その小十郎がやっと見つけた女だ、俺は何としてでも一緒にさせてやりたい」

「片倉の意思はぬしと一緒か」

「いーや? 小十郎に何も聞いちゃいねえし何も言ってねえ、けど小十郎はあの女を気に入ってるのは確かだ」

「さようか、ならば竜の右目の祝言にわれも力を貸そう」

「でもその代わりとんでもねーもん要求してきそうだよなアンタ」

「分かっておるではないか、独眼竜」

「まあいい、小十郎に嫁が出来て落ち着くのなら何だって用意してやる」

「……して、その女の名は何という」


欲する女の名も分からなければ手配も出来ぬ、しかし名が分かったところでわれには女中の判別がつかない、城内に仕える女中の名など覚えておらぬ。

しかしまあ、葵に聞けば独眼竜が探す女中を見つける事も容易いであろう。あれは此処に奉公に来て随分と経つ、ならば顔も広い。




「んー? 名前……何だっけなあ」

「名も分からぬのか、それでは手配する事も出来ぬぞ」

「悪かったなっ! そういうアンタは城内にいる女中の名前とか覚えてんのかよ」

「覚える必要があるのか」

「oh……アンタ、いつか女中に嫌われるぞ? 俺らの為に毎日毎日動き回っているっていうのに知る必要もないとか……いいか女って奴は名前で呼んでやるだけで喜ぶもんだ、まあアンタが女の名前を呼ぶ方が珍しいか」


あの大谷だ。

巫女や第六天魔王、何故なのか大谷の周りには女が絶えないが、女を名前を呼んでいる姿など見た事がない。





「ああ、それでその女中の事だが……なんつーかこう、えっと」

「女中の名が分からぬのならば容姿や特徴だけでも良い、葵に聞いてみよう」

「葵? どこかで聞いた名だな」

「われの世話係の女中の名よ、そやつにぬしが欲しがる女中を探させるとするか」

「女中?」


は? 何だよ女中の名前をしっかり覚えてんじゃねぇか。女中の名前を覚える必要は無いって今言ってただろ。

どっちなんだよ。





「それでだな、女中の容姿な。えーっと黒髪でこう、髪を纏めていた、あと何というか大人しめの女だった」

「ふむ、独眼竜よ、それではこの城におる女中のほとんどがそうであろう」

「だよなあ、でも確かにそんな感じの女だったんだよ! あとは、そうだな……」

思い出すように伊達政宗は首を傾けた。





「ああ、そうだ、髪留めだ。女中にしてはやけに上質な髪留めをしていた。身分の高い武家の娘かもしれねえ」

「ふむ、しかし礼儀見習いとして働く女中も少なくはない、それだけの情報では探せぬぞ」

「待てって、えっと、そうだ赤い髪留めだった! 上質な赤い髪留め!」

「赤い髪留め、と」



はて、思い当たる人物が一人思い浮かんだ。われの世話係のあの娘、葵の存在が浮かんだ。





「本当にその女中を、竜の右目は気にかけておるのか」

「ああ、間違いねえ! 名前は忘れちまったが、その女を是非奥州へ連れて行きたい! 」

「……。」

「おい、どうした?」

「いや、少し考え事よ、女中の検討はついた」

「石田に相談したらこうは話が進まねえからな、やっぱり相談事はまずアンタに通すべきだな」

「待ちと待て、われとて忙しい、急用でない限りは話を持ち込むでない」

「何言ってんだ、これは急用だろ」

「……。」


大谷は思わず目を細めた。何も言い返す気にはならず、小さく息を吐いた後、「われは忙しい」と言い、伊達に背を向け再び筆を持った。



「あ、そうだ大谷」

「まだ何かあるのか」

「鬼の娘、って知ってるか?」

「鬼……?」

「いや、知らねぇならいい、ちょっとした噂だ。何でも黄泉の力を持つ鬼の娘がいるらしくてよ、大谷なら何か知ってるかと思っただけだ、悪いな急に聞いて」

「はて、われには何の事か」

「そうか」


話す事はもうないという態度の大谷の真意を感じ取った伊達政宗は「邪魔したな」と、大谷に相談をして話が上手く進んだ事に対して機嫌が良くなったのか、足取り軽く執務室から去っていった。










「(幸か、不幸か)」




赤い髪留めの女中、われの知る限りそのような女中はただ一人しかおらぬ。背筋の真っ直ぐな礼儀正しい娘よ。


葵よ、ぬしはあの堅物軍師・竜の右目に好かれておるそうだ、これはこれは良き縁談であろう。





さてさて、


あの娘にとって、幸か不幸か

われにとって、幸か不幸か





はてさて、

不幸の星はどちらに降っておるのか




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