92、この地で再び貴方様の元に私は







大阪への移動は軍医様と共に馬に乗り、ゆらりゆらりと揺られながら前を進む大谷様の後ろ進んでいた。





「高い、高いです! 怖いです!」


そしてその後ろでは、軍医様の部下と共に馬に乗る小雪の姿があった。馬に乗るのは初めてだったのか小雪は揺れる馬に怯えていた。



「ひいい……!」

「(大丈夫かしら)」


大阪に帰るにあたって、私が軍医様にお願いした事は「小雪も私と一緒に大阪へ連れていきたい」という事だった。軍医様は嫌な顔せずに「そんな事か」と、快く了承してくれた。

小雪も私と離れるのは嫌だと言ってくれて大阪行きが早々と決まった。





「あの、馬ってこんなに揺れるんですか? なんだか気持ち悪くなってきました、うっ」

顔色が悪くなっている小雪に、一緒に乗っている兵士さんがひどく焦っていた。吐かれては困るのか、彼は小雪の背中をさすってくれた。




「小雪、大丈夫?」

「……まだ、大阪に着かないんですか?私もう気持ち悪くて、おえっ、吐きそうです」

「え、小雪!? 軍医様どうしましょう小雪が……」

「そうだねえ、確かに慣れていないと馬は辛いな、しかしあと少しで大阪に着くから頑張りなさい」


軍医様にそう言われ、小雪は「分かりました、なんとか耐えます」と言ってはいたが、ぐったりしていた。



「そういえば軍医様、私は死んだ事になっているのですか? というか私は死んでいたんですよね?」

「ああ確かに死んでいたよ、心臓も呼吸も止まっていた。一体どうやって生き返ったんだい?」

「大谷様にも聞かれましたが、私にもさっぱり分からないのです。気付いたら山の中に一人ぼっちでした」


何も覚えていなくて、自分が誰なのかも分からなくて、そしてそのまま置屋の女将さんに拾われて、今に至る。





「まぁ、生きていて良かったじゃないか。そういえば半兵衛様に葵を大阪へ連れて帰るという報告をするのを忘れていた、まぁなんとかなるだろう、刑部殿も葵が世話係に復帰する事を承認しているようだし」

「左近さん辺りが「幽霊!?」とか言って騒いだりしませんよね? 三成様に「間者か!」と斬られたりしないですよね?」

「……。」

「(どうしましょう、大阪に帰るのが不安になってきました)」


私は前のように大阪で女中として働けるのでしょうか?何も変わらずに、大阪で大谷様の世話係として








****





大阪に着き、

大谷様は休まれるのかと思いきや、寄り道もせずに真っ直ぐと執務室へと向かおうとしていました。



「……。」

「葵、何か言いたい事があるのならば早う申せ」

「いえ、申す事は何もないです。私の事より、大谷様はどうぞお仕事に向き合い下さい」


ちゃんと薬を飲んで頂いて、食事も摂って、適度に休憩して頂ければ私は何も申しません。仕事の邪魔もしませんし、煙管を手に取ったところで取り上げたりはしません。




「では、何かあれば私にお申し付け下さい」

「あいあい」


懐かしい白藤の着物を身に纏い、赤い髪留めで髪をきっちりとまとめ上げて、背筋を真っ直ぐに政務をこなす大谷様の背中を見つめた。




再び、こうして大谷様の世話係としてそばにいれる事がとても嬉しい。




「……何を笑っておる」

「失礼致しました、大谷様と再び過ごすこの時間がとても嬉しくてつい……、気が散るようでしたら退席しましょうか?」

「構わん、そこにおれ」

「はい」


大谷様がそう仰るのならば私は此処にいます。開いた襖からそよそよと吹き通る風を肌で感じながら、ひたすら筆を動かしている大谷様の背中を見つめた。






毎日のように見ていた大きな背中。





私には決して分からないような難しい事を考えている大谷様。気が付くと積み上がっている書物や、いつの間にか増えている巻物の数。そして乱雑に転がっている数珠が八つ。



大谷様は政務に集中しているのか、手持ち無沙汰になってしまった私は転がっている数珠をひとつ手に持って、綺麗な手拭いで綺麗に磨いていた。









「……ぬ」

「?」


大谷様が、読んでいた書物を机の上に置いた。どうしたんだろうと遠くから覗いてみると、腕に巻かれていた包帯が解けてしまったらしい。


棚の上に置いてあった見覚えのある桐箱を取って大谷様のそばに寄り、中に入っていた綺麗な包帯と交換しようとした。




「大谷様、包帯を交換しても?」

「うむ」

「では」


大谷様の腕の包帯を交換している間、大谷様からの視線を懐かしく思いながら手を動かしていた。




「ぬしは何故またわれの元へ戻ってきたのか」

「そうですね、戻ってきたというより、私の居場所は此処しかありませんから」

「しかし、われがぬしを必要としなければ戻る事も出来ぬ」

「それはそれは怖い事を言いますね、必要とされないなどと考えたくもありません、それに今こうして包帯を巻いたりとお世話が出来るので良いのです」

「また不幸になるやもしれんぞ」

「あら、これ以上にですか? それは困りましたね」

「……。」

「けど、それ以上に私は恵まれています」

「さようか」

「今さら出て行けなどと言わないで下さいね、大谷様」


包帯を巻き終えて、古い包帯をくるくると巻いていると、バタバタと廊下を走る大きな足音が部屋まで響いた。





「あら、何事でしょう?」

「また真田の若虎が急ぎ足でこちらに向かって来ておるのか」

「え、真田様がこちらにですか? 何故?」

「ぬしが大阪に戻って来ておると軍医あたりがこぼしたか、また騒がしい男よな」

「真田様が私に会いに来ているということですか?」


それはそれは、
誠に有難い話ではありますが、






「けど、廊下を走ってはいけませんよ?」

「ならば真田にそう言ってやればよかろう」

「……。」


バタバタとこちらに向かってくる足音を待ち構えるように、私と大谷様は少し開いている襖を見つめた。



さて、
真田様になんて挨拶をしましょうか






「葵が生きて帰って来たというのは本当かいッ!?」



「半兵衛様!?」

バーンッ!!と、襖を激しく開いて執務室に入ってきたのは着物姿の半兵衛様だった。半兵衛様が開けた襖は乱暴に開けたせいで壊れて飛んで行ってしまった。



そして、息を切らせた半兵衛様は私の顔を見てとても驚いていた。





「……葵ッ!」

「半兵衛様!? そのように走ってはお体に障ります!」


半兵衛の後を追うように石田三成も続けて執務室に入って来た、そして半兵衛と同じように葵の姿を見て驚いていた。




「貴様は、小娘ッ!?」

「まさか、先程の足音は賢人であったか」

「ぜぇ、ぜぇ……葵」

「は、半兵衛様? 大丈夫ですか?」


その場に胸を押さえて辛そうにしゃがみ込んだ半兵衛様に駆け寄って、体の様子を伺った。






「……君は」

「半兵衛様?」

「……本当に、君なのかい?」

「え?」

「本当に、葵かい? 本当に生きているのか? 本物の葵なのか?」


半兵衛様は私の肩をぐっと押さえて、顔を近付けてきた。どこか辛そうな半兵衛を見て、私は小さく頷いた。





「半兵衛様、私は葵です」

「本当に、本当に、君なのか、生きていたのか、死んでいなかったのか」

「はい、生きています」

「葵、葵、その顔をよく見せておくれ」


半兵衛様は私の頬に手を当てて、じっくりと私の顔を見つめていた。





「ああ、確かに君だ……おかえり、葵。よく、よく生きていてくれた。豊臣に戻ってきてくれてありがとう。奪われてしまった君を見つける事が出来なくて僕はずっと辛かった、僕は君を失い、とても悲しかった、辛かった、苦しかった、君を忘れた事など一度たりともない」

「半兵衛様」

「けど、君は僕の目の前でこうして生きてくれている、ありがとう」

「私を待っていてくれたんですか?」

「勿論だ、君の居場所は此処だろう?何処へ行こうと言うんだい」

「半兵衛様、ありがとうございます。私も再び半兵衛様にお会い出来てとても嬉しいです」

「……葵」

「……半兵衛様」



半兵衛様は涙を流しながら、私の体をぐっと引き寄せてキツく抱き締めてきた。半兵衛様はこんなのも力が強いのかと驚く程、抱き締める力は強かった。




キツく抱き締め合う二人を、その場にいた彼らは呆然と見つめていた。

まるで生き別れた恋人同士のような甘い雰囲気の二人に、口挟めずにいた。





「刑部、あの小娘と半兵衛様はああも仲が良かったのか? あれはまるで、あ、愛し合っているように見える」

「ぬしの口から愛などいう言葉を聞くとは思わなんだ」

「……あの二人を見ればそう思うだろう。しかし、仲睦まじいな」

「……。」


大谷は抱き締め合う二人を見て、最初は半兵衛の行動に驚いたが、抱き合う二人からそっと視線を外した。








「葵、もう何処にも行かないと約束してくれるかい?」

「勿論です半兵衛様、大谷様が大阪にいる限り、私はこの大阪から何処にも行きません、お約束致しましょう」

「大谷君か、そうだね君は大谷君の侍女……ふふ、相変わらず君は変わっていないね」

「半兵衛様?」

「……すまない葵、もう少しこのままで居させてくれないか?」

「はい」


私を抱き締める半兵衛様が満足するまで、身を委ねた。ちらりと大谷様の方を見ると、大谷様はこちらを見ずに煙管を吸っていた。





「……。」



こんな時に煙管ですか大谷様。

しかし、私は一体いつまで半兵衛様に抱き締められていれば良いのでしょう?しばらく大阪から離れていましたが、半兵衛様はこんなにも積極的な方でしたか?


もう少しこう、
物腰が柔らかい人だったような。





「ところで刑部、何故あの小娘は生きていた? 関ヶ原で刑部を救い、代わりに命を絶ったのではないのか?」

「そればかりはわれもあの娘も分からぬ事よ」

「あの小娘は人間か?」

「否、と言いたいところではあるが、第六天魔王も復活する世の中よ、何が起こっても不思議ではない」

「ならば秀吉様はいつ復活されるのだ」

「……。」


三成の質問に大谷は困ったのか、無言で煙を吐いた。







「半兵衛様」

「……すまない」

「いえ」


半兵衛様は、申し訳なさそうに私から離れた。自身の涙を拭って、再び私に「おかえり」と言ってくれた。





「職場復帰については軍医から聞いているよ、此方で手続きや部屋を準備しよう」

「ありがとうございます」

「ところで君は、再び大谷君の侍女という事で良いのかな?」

「ええ、再び役目を任して頂けるのでしたら」

「ならば再びお願いしよう」


半兵衛様からそう言われ、私は頷いた。そういえば私は女中の他に部隊に加入していたが、そちらにも復帰するのだろうか?




「あの、半兵衛様、私は再び戦いに出る事は出来ますか? 部隊に戻る事は」

「……葵、君はまた僕を困らせるのかい」

「も、申し訳ございません半兵衛様」


やはり、私はもう戦う事を許しては貰えないのかもしれない。





「大谷君、君はどう思う?」

「……。」

「……大谷様」



どうか、

どうかお願いです。




再び戦う事をお許し下さい。

私は大谷様をお守りしたいのです。




「ならん」

「……。」



大谷様の答えは「否」だった。私は再び大谷様をお守りするために戦えないのでしょうか。




「娘、ぬしは戦えぬ」

「……大谷様、私は」

「ぬしからは闇の気配が一切感じられぬ」

「闇の気配?」



どういう事ですか?
私の記憶はもう戻っています。

闇の婆娑羅の力を使って、
再び私は戦いたいのです。





「闇の力なら私の中に……あれ?」


以前のように、闇の力を使って黒い手を出そうとしたが、黒い手が出る事もなく黒い霧さえも私に纏う事はなかった。




どうしたんですか鬼さん?
貴方の力を貸して下さい。


再び、私に闇の力を貸して下さい。





「そんな」

「……葵、まさか君は」

「婆娑羅が、使えません」



どうして?とか、
なんで使えないの?とか

色々と聞きたい事がたくさんあったが、一番に気になったのは私の中に住まう鬼の存在が何処にもなかった事だった。




鬼さん、鬼さん



貴方はどこへ行ってしまったの?



どうか、もう一度


私に力を貸して下さい。
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