107、主の背中を見つめては









どうもこんにちは!

大阪城の屋敷で女中見習いをやらせて頂いております小雪と申します!



最近はおうしゅう?という所から伊達政宗様と片倉小十郎様というお客様が大阪城にいらして女中の仕事がとても忙しかったのですが、

先週、お二人は一度奥州の方へお戻りになったようで少しは忙しさも無くなるかと思いきや、甲斐の国からお越しの真田様とその忍びさんはまだ大阪城に居るみたいです。

ちなみに真田様と伊達様は鍛錬中にまた屋敷の一部を壊してしまい、現在修復中となっています。

それには流石に温厚な姉さんも頭を抱えていました。




そしてその私の大好きな姉さんは

体調不良でお仕事をお休み中です。





その為、

私はこうして姉さんの代わりに大谷様の世話係として朝餉の膳を運んだり、大谷様の執務室までお茶をお持ちしているのですが




「お、お、お茶、です」

「……。」



一向に私と話してくれません!!




どうしたらいいんですか姉さん

どうすればいいんですか姉さん



私には大谷様の扱いが分かりません!




お茶を大谷様の机の上に置いてみたんですが、大谷様はずっと無言です!お茶は飲んでくれますけど無言なんです!



姉さん教えて下さい!
私はどうしたらいいんですか!?



「(き、きっと私は大谷様に嫌われているんですねぇ)」




そうに違いありません。


でも大谷様のお世話を姉さんから頼まれた以上、私はこの勤めを成し得なければいけません。


確か姉さんはいつも大谷様の後ろの方で、部屋の隅にいつも背筋を真っ直ぐにして座っていた気がします。




ならば私もそうしましょう!


大谷様の為ではありません。
大好きな姉さんの為です。








「あ、あの」

「……。」


勇気を振り絞ってお仕事中の大谷様の背中に向かって話しかけてみましたが、やっぱり無視されました!





でもめげません!





「あのっ大谷様、お茶菓子をご用意しましょうか? 甘いものは頭の働きを柔らかくすると」

「いらぬ」

「……そ、そうですか」



聞こえていたようで応えてはくれましたが、大谷様は私の方を振り向く事はなくひたすら筆を動かしていました。


私はこの方と仲良くなれる気がしません






「(負けちゃ駄目よ、小雪)」


姉さんがいつもしている事を思い出せばいいのよ、姉さんは私の目標となる方、私も頑張れば姉さんのような女性になれるかもしれない。


頑張るのよ小雪!



大谷様も悪い方ではないはず、

今みたいに話しかければ何かしら応えてくれますもの!


まずは会話が大事です!







「あ、あの! 大谷様」

「……。」


「ほ、包帯を替えましょうか?」



確か姉さんはいつも大谷様の包帯を替えていたはず、私に出来るかどうか分からないけどやってみなくちゃ分からない。





さぁ私に任せて下さい大谷様!







「包帯を替えるなら私が」

「いらぬ」

「そ、そうですか……」



……断られてしまいました。


そうですよね、私に包帯を交換させて貰えるはずがありませんよね。





「……。」

「……。」

「(沈黙が痛いです)」


どうしましょう、私は此処にいても良いんでしょうか?お仕事の邪魔になっていませんか?



「(な、何か言った方が良いんでしょうか?……でも何を言えば)」


大谷様の背中をジッと見つめていると、大谷様は筆を置いて分厚い本を開いて読んでいた。









「ときに、娘」

「へぁ!? ……あ、はい!」



やばい変な声出ちゃった。

いやでもまさか大谷様の方から話しかけられるなんて思わなかったから!






「な、何でしょう……か」

「葵はどうした」

「姉さんは、その、体調を崩していて、今日は休んでいます」

「さようか」

「それで、その、私が姉さんの代わりに、大谷様のお世話を、任されました」

「……。」

「姉さんは、少し休めば良くなると言っていたんですけど、最近は顔色が良くないですし、食事もちゃんと摂っていないので、心配です」

「……。」

「あ、でも頼まれた以上はちゃんとお仕事しますよ私! 姉さんにはちゃんと休んで頂きたいんです! 今日は何なりと私に申し付け下さい!」

「騒がしい娘よなァ、それほどまでに葵が心配か」

「勿論です!」

「ならばわれの事は放っておけ、葵の看病でもしに行けばよかろう」

「で、ですが……姉さんに大谷様の事を頼まれています」



看病をしたいのは勿論ですが、私は姉さんの代わりにお仕事をしなければいけません。

やるべき事をしなければ姉さんに呆れられてしまいます。それは嫌です。






「あの、大谷様は姉さんの事を、虐めたりしていませんよね?」

「われが葵を虐めると?」

「す、すみません、でも姉さん最近凄く疲れているみたいで、てっきり大谷様に虐められてるのかと」

「……。」

「姉さんは、いつも大谷様の所に居ますし、一番長い時間、大谷様と一緒にいますし」

「われがあの娘を虐めていると知ればぬしはどうする」

「許しません、私が姉さんを守ります。絶対に大谷様に近付けさせません」

「……ほう」

「あんなに優しい方は他にはいません、あんなに心の綺麗な方は他にはいません」



私に優しくしてくれて、
私に色んな事を教えてくれて




「私も、いつかは姉さんみたいになりたいです」

「あの娘も良く見られたものよなァ」

「どういう意味ですか」

「あの娘の闇に、ぬしはまだ気付いておらぬ」

「闇? 姉さんに闇なんかありません、姉さんは誰からも好かれるお人です」

「……。」

「大谷様は、今まで姉さんの近くにいたのに、姉さんの事を何も分かっていないのですね」

「……。」

「私は、姉さんに幸せになって貰いたいのです。大谷様にもどうかお願い致します、姉さんに、少しは優しくしてあげて下さい」

「何故われが」

「あ、大谷様お薬の時間です! 姉さんからお薬を預かっているので飲んで下さい! お水も用意してあります!」

「……。」



大谷様にお水とお薬を渡すと、大谷様は「気休めの薬よなァ」と言っていたが、渋々とお薬を飲んでくれた。





「……。」

薬を飲んだ大谷様から、空になった水を受け取った。姉さんは大谷様のお世話を毎日して大変だなぁと思いつつ、湯のみと水差しを盆に乗せた。









「あ、そういえば大谷様」

「大谷さん! 遊びに来ました!」


大谷様に話しかけた途端、部屋に入って来たのは巫女のような服を着た女の子だった。




「……また煩い者が」

「お久しぶりです大谷さん! あら、お仕事中でしたか? でもやっと時間が出来たので会いに来ちゃいました☆!」

「(この騒がしい人は、確か……)」


巫女様?
というか大谷様のお知り合い?






「あら? 葵ちゃんかと思いきや、この子は確か」

「え?」


巫女様らしい方は私の方を見ていた。




「私は小雪と申します。姉さん、えっと、葵姉さんの代わりに、大谷様のお世話係をしております」

「え、葵ちゃんの代わり? 葵ちゃんはどうかしたんですか? 大谷さんのお世話係は葵ちゃんですよね?」

「え、えっと、姉さんは今、体調を崩していて、私が代わりに」

「え! 葵ちゃん大丈夫なんですか!?」

「……す、少し休めば大丈夫だと、姉さんは言っていました」


ぐいっと近付いて来た巫女様にたじろいつつ、姉さんの事を説明した。なんだか賑やかな巫女様に少し口元が引きつってしまった。






「それは心配ですねえ……ねえ大谷さん、大谷さんも葵ちゃんが心配ですよね?」

「……。」

「聞いてますか大谷さん?」

「……。」

「無視しないで下さい!」

「うぐッ」

「(ええ……あの巫女様すごい)」


あろうことか、巫女様は大谷の背中に体当たりするかのようにのしかかった。ぐっと背中が重くなった大谷様は倒れる事は無いが巫女様の重さに耐えていた。


ていうか巫女様……凄い。



私だったら、大谷様の背中に飛び付いたり出来ませんよ!だって大谷様怖いですもん!


巫女様!

早くお逃げ下さい!




「……巫女よ、早く引け」

「無視する大谷さんが悪いんですよ!」

「引け」

「仕方ないですね!」

「(ああ、巫女様の怖いもの知らず!)」


巫女様は大谷様の背中から引いて、大人しくちょこんと座っていた。






「巫女よ、いい加減われに飛び付くのはやめよ」

「えー!」

「(え、巫女様、まさかの常習犯ですか)」



巫女様って凄いんですね。


大谷様に飛び付いたら絶対に斬られそうですもん、というか後が怖いです。


それに巫女様を怒る大谷様が少し怖いです。目が冷たいというか、言い方が冷たいというか。








「刑部殿、失礼するよ」

「!」

「軍医か」


大谷様の執務室に入って来たのは軍医様だった。藤吉さんという軍医様は私もよく知るお方です。お医者様だと言っていましたが、大阪城のお偉い軍医様だったようです。





「葵が休みだと聞いてね、刑部殿の包帯の交換を私が代わりにと思ったのだが」

「ならば頼むとしよう」

「あ! 私も、私も大谷さんの包帯を交換してあげたいです!」

「(え! 巫女様が包帯の交換を!?)」


はいはい!と
巫女様は手をあげていた。






「いらぬ、そこで大人しくしておれ」

「えー」

「巫女殿、ここは軍医の私にお任せ下さい」

「……仕方ないですね」


大人しく座り直した巫女様を、軍医様と大谷様はじっと見つめていた。



どうしたのでしょうか?





「巫女殿、出来ればご退室を願いたいのだが」

「え!?」


綺麗な包帯を片手に持った軍医様は、巫女様と私の方を見て、困ったように言った。

どうやら包帯の交換中はあまり同室しない方がいいみたいです。





「(そういえば大谷様の包帯の下は、あまり見目良いものではないと聞いた事があります。きっと大谷様も、私や巫女様に肌を見られたくないのですね)」


あれ?

でも姉さんは大谷様の包帯をいつも交換しているはず、姉さんには包帯の下の肌を見られても良いのですか?





とりあえず私は退室した方が良さそうですね。きっと、私もこのまま部屋に居ては行けない気がします。






「巫女様、行きましょう」

「ええ!……でも」

「でもじゃありません、軍医様の言う通りにしましょう。さあ行きますよ!」



巫女様を立ち上がらせて、

ぐいぐいと背中を押した。





「あ、大谷様、私と巫女様は姉さんの様子を見て来ます。しばらくはこちらに戻れませんが、夕餉の時間にまた来ます」

「……。」


大谷様は少し嫌そうな顔(頭巾で見えないけど多分そうだと思います)をしていたが、必ず後で来ますと告げて巫女様と一緒に部屋を出た。









「葵ちゃんのお見舞いに行くんですか?」

「あ、ごめんなさい巫女様。無理矢理引っ張ってしまって」

「気にしてませんよ? あの、私も葵ちゃんのお見舞いに行ってもいいですか?」

「はい、けどもし姉さんが寝ていたら、そっとお水だけ置いてゆっくり休ませてあげて下さいね」

「分かりました!」



巫女様と一緒に廊下を歩きながら、そんな話をした。





「それにしても大谷様という方はよく分かりません。姉さんはどうしてあんな人のお世話をしているんでしょう、きっとあれをやれ! これをやれ! と姉さんをこき使っていそうです!」

「え? 大谷さんは葵ちゃんに優しいですよ?」

「優しい? どこがですか、にこりともしないし、口数は少ないし、無視はするし、あんな無愛想な人が優しいはずありません!」

「大谷さんは優しいですよ?」

「いーえ! 優しくないです! それに怒ったら怖そう……っていうか何か呪われそうですし」

「大谷さんは滅多に怒りませんよ?」

「でも、さっき巫女様は大谷様に怒られていたではありませんか! あんな冷たく言わなくてもいいのに!」

「大谷さんは冷たくなんて言ってませんよ? それに私は、大谷さんに怒られたなんて思っていません、まぁ注意をされたと言いますか……流石に飛び付くのは危ないのでやめようかなと思ってます」

「巫女様も、姉さんも! あの人に優し過ぎます!」

「ふふふ♪ いつか貴女も大谷さんの優しさに気付くと思います」

「……優しさに、ですか」

「ええ、大谷さんと葵ちゃんを見ていると、特に分かると思いますよ?」

「……分かんないです」




ぜんっぜん、分かんないです!

私にはどう見ても大谷様がお優しい方だなんて思えません!巫女様が言っている事も分かりません!




私には、難しいです。





姉さんはあの人と一緒に居て、

幸せなんですか?





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