105、言葉にするには難しい気持ち










「あら、お塩が少ない」

厨房で食事の支度を終え、片付けをしていると調味料が減っている事に気がついた。これでは明日の分が足りないのでは……と不安になったので年配の女中さんに相談してみた。




「いつもだったらもうお願いしていた分が届いているはずなんだけど、どうしたのかしら」

「いつも来ている商人の方ですか?」

「ええ、倉庫の方の在庫が減って来たからお塩をお願いしたんだけど……これじゃあ炊事が出来ないじゃない」

「遅れているだけにしても、僅かでもあれば良いんですが」

「そうだねぇ、ねえ葵、悪いんだけど商人さんの所へ行って塩を貰って来てくれないかい? 全部は大変だろうから一袋だけでも」

「構いませんよ」


大谷様は今日も執務室に篭りきりですし、先ほど大谷様の所に寄りましたがとてもお忙しそうでした。

お仕事の邪魔をしてはいけませんし、塩が無いのも困りものです。




「お店の場所は分かるかい?」

「はい、注文書をよく渡しに行っていましたので、団子屋の向かいでしたよね?」

「ああそうだよ、じゃあ頼んだよ。塩は重たいから気をつけてね」

「はい、では行って参ります」


袖を止めていた襷を解いて、厨を出た。途中で自室に寄って紺色の羽織を着てから屋敷を出た。



途中で会った小雪は「一緒に行きます!」と言ってくれたが、小雪はせっかくのお休みなのだからと言って、やんわり断っておいた。








「葵か?」

「あら、片倉様」

城下町の行くために城門へ向かっていると、片倉様とばったり出会った。伊達様と一緒にいる所をよく見かけますが、どうやら今は一緒ではないようです。





「昨晩はゆっくり休めましたか?」

「ああ、部屋まで案内してくれて助かった」

「それは良かったです、それで片倉様は今からどちらへ?」

城門を出ようとしていたように見えた。もしや町にでも行こうとしていたのだろうか。



「城下町を見に行こうと思ってな、大阪の町は京とは違い、また賑やかな所だと聞く」

「ええ、大阪の町は異国との貿易が盛んですので、色んな物・珍しい物が多いです。きっとお楽しみ頂けると思います」

「葵も町へ行くのか?」

「はい、厨で使用するお塩が足りないので取りに向かいます」

「なら俺も付いて行ってもいいか?」

「片倉様も? ですが片倉様の貴重なお時間を私と共にいるなど勿体ないかと」

「構わねえさ、ついでに大阪の町をちょいと案内してくれねえか? これだけ大きい町だと迷っちまう、頼んじゃいけねえか?」

「いえ、片倉様のお願いとあらばお引き受け致します。では参りましょう」


足を城門の方へ動かすと、片倉様は私の隣を歩いた。隣で歩くなど恐れ多いと思い、私は二歩下がって片倉様の斜め後ろを歩いた。




「……おい葵、なんで下がってんだ。隣を歩けばいいだろ」

「いえ、片倉様の隣を歩くなど」

「嫌なのか?」

「恐れ多いと言いますか、片倉様は奥州からお越しの武人様にございます、私が隣を歩いて良い方ではありませんよ」

「島左近とは並んで歩いて居なかったか?」

「左近さんは友人ですから」

「大谷の時も後ろを歩くのか?」

「勿論です、大谷様は大事な主人様でございますから」

「なら俺と歩く時は隣を歩け」

「ですが」

「後ろだと喋り辛ェんだよ、いいから隣を歩け」

「え……は、はい」


とっとっ、と葵は早足で片倉の隣に行き、並んで共に歩いた。





「それでいい、話しやすくなった」

「そ、そうですか……」

「お前は気にすんな、俺が良いって言ったんだ。それに後ろに居たんじゃ何かあった時に守れねぇだろうが」

「何かあった時? あの、守るとは一体」

「俺はこれでもお前を護衛してるつもりだ、男として当然だろ。女と共に居て、守る気のねえ男はクズだ」

「そういうものなのですか?」

「そうだ」

「(ああでも、そういえば左近さんも何気に馬が来た時に危なくないように肩を引いてくれたりしてくれた覚えが)」





あれ?


でも大谷様と一緒に歩いている時は大谷様は先に進むばかりで私の方をあまり振り返りませんし、話しかけても来ません。




「……どうした?」

「あ、いえ、片倉様と一緒だととても心強いですね。何が来ても片倉様のお強さなら追い返せますもの」

「……。」

「片倉様?」

もしや私はまたおかしな事を言ってしまったのでは、どうしましょう片倉様が突然無言になってしまいました。







「あ、あの、片倉様?」

「そうだな」

「え?」

「お前に頼りにされるのは悪くねェ」

「片倉様、」

「なんだ」

「いえ、あの、ありがとうございます」

守ってもらうというのは何て心強い言葉なのでしょうか、こんなにも安心するなんて。




「……つーか普通は女は野郎に守られるもんだろ、まぁお前の事だから「自分で守れます」とか言いそうだけどな」

「あら、女も守る者がいれば喜んで戦いますよ」

「葵の守る者っつーのは……」

「ええ、もちろん大谷様です、あの方は何があっても私がお守り致します。けど大谷様にそう言ってみると「われはぬしに守られる程、脆くはない」と怒られてしまいました」

「守るのと身代わりになるのは違うぞ」

「片倉様はご存知なのですね」

「ああ、葵が大谷の代わりに命を落とそうとしたと聞いている。お前ならしそうな事だが、もう二度とそんな真似はするな、俺達がすべき事は生きて主人を守る事だ」

「それでも、大谷様に死んで欲しくなかったのです、あの方は私にとって大事な人ですから」


お慕いしてます、なんて言葉じゃ足りないくらい私にとって大事なあの人。

生きていて欲しい
不幸になんてさせない




「だから、私が出来る事は全部、あの人の為にしたいのです」

「相変わらず従順な部下だな」

「私にとっては褒め言葉です」

「そんなんじゃ嫁に行き遅れるぞ、いつまで経っても大谷に仕えるわけじゃねぇだろ、大谷の世話より少しは自分の幸せを考えたらどうなんだ、お前はそれなりの年齢だろ」

「嫁に行くつもりはありません、それに私を欲しがる殿方もおりませんし、私は今の生活に不満もありません」


にっこりと微笑んで隣を歩く片倉様に言った。これは私の本心であって、変えるつもりはない。




「島左近は恋人じゃねぇのか?」

「左近さんは友人ですよ」

「葵を欲しがる奴が居ないなんてありえねぇだろ、一人も居ないのか」

「ああそういえば、半兵衛様が私を側室に迎えようかと言ってくれました」

「な!? 竹中半兵衛の側室、だと……?」

「半兵衛様のご冗談だとは思いますが、御心遣いはとても嬉しかったです。もし大谷様の元が嫌になったり、女中を解雇されてしまったら、私は半兵衛様の元に泣きつくのでしょうか」

「これから先の選択肢なんて誰にも分からねェ、自分のやりたい事をやりゃあいい、自分の生き方は自分で好きに決めればいい、選択肢がない人生の方が辛いだろ」

「深いですね」


これから先の、選択肢……
果たして私にはあるのでしょうか?






大阪の町を少し進むと、贔屓にしている商人の店に着いた。城からの遣いの者だと店主に告げると納品が遅れている塩の件を謝ってきて、今用意している分だけでもすぐに運んでくれると言ってくれた。

すぐに使える分が欲しいとお願いしてみると両手で抱えるくらいの小袋に入った塩を用意してくれた。これで数日は保ちそうだ。




「ありがとうございます」

「いやいや! お礼なんていらないよ葵ちゃん! こっちが遅れて申し訳ないくらいだ! 用意出来たらすぐに納品するから待っていて!」

「はい、お待ちしてます」


では、とお塩を貰ってお店を出ると両手に抱えていた塩の袋をひょいっと片倉さんに取られてしまった。



「あの、それは」

「持ってやる」

「え、いけません! これは私の仕事です! 塩は私が城まで運びます」

「そんな細い腕に重いもん持たせられっかよ、いいから持たせろ」

「ですが!」

「文句あんのか」

「うぐっ……」


ここで折れてはいけないと思ってはいるのですが、私はどうも口喧嘩のような事は得意ではありません。






「おや、葵ちゃんじゃないか! 今日はお団子いいのかい?」

「え、あ、はい! ごめんなさい、今日はお菓子を頼まれていないので……」


塩を奪った片倉様に何か言おうと悩んでいると、甘味処のおばさまに見つかり呼ばれたので挨拶をした。ここの甘味処は大谷様の茶菓子や真田様の団子を買ったりとよく来ている店だったりします。

おかげで顔もばっちり覚えられました。




「おや? 今日はやけに良い男と一緒なんだねぇ、ついに恋人が出来たのかい? 左近ちゃんも爽やかで良い男だけど、これまた漢気のありそうな兄ちゃんだ」

「え! いえ、あの、片倉様はお城の大事なお客様であって、恋人でないです!」

「……。」

「そうなのかい? しかし葵ちゃんもそろそろ結婚相手を考えた方が良いんじゃないかい? 嫁に行ってしまうのは寂しいけれど、せっかく別嬪さんなんだし、私にそろそろ恋人の一人くらい紹介しておくれよ」

「え、相手なんてそんな、私は仕事で手一杯ですし」

「ほらまた仕事仕事って、女には自分を大切にしてくれる相手がいて幸せってもんだよ、嫁に行かないっていつも言ってるけど私からすれば葵ちゃんにはいつか幸せになってもらいたいもんさ」

「か、考えておきます……」

「そうだ、新作の甘味があるから持っていかないかい?」

「ですがっ!」

「良いって良いって! 葵ちゃんいつも大量に団子や饅頭を買って行ってくれるし助かってるんだよ! 仕事ばっかりでちっとも休まない仕事馬鹿の主人様に食べさせてやりな?」

「おばさんっ! それは内緒です!」

「仕事馬鹿、か」

「おや……私とした事が口が滑ってしまったよ、はい葵ちゃんお菓子を包んだから持っていきなさいな」

「あ、はい! ありがとうございます! 」



甘味処のおばさんから包んで貰ったお菓子を受け取り、「また近いうちに買いに来ます」と言ってお店から離れた。







「あの……片倉様?」

城へと帰る道を歩きながら、恐る恐る隣を歩く片倉様に話しかけた。



「なんだ」

「あの、先程の事ですが」

「仕事馬鹿の事か」

「それです、あの、忘れてはくれませんか? 私はもう恥ずかしくて……」

「葵が大谷の事を「仕事馬鹿」と呼んでいる事をか」

「ああ……もうやめて下さい、大谷様の耳に入れば怒られます、怒られるだけならまだしも解雇になるやもしれません」

「くくッ、お前も仕事の愚痴とかこぼすんだな、てっきり真面目なのかと思っていたが」

「真面目なつもりですが……、私もたまには愚痴の一つもこぼしたくなります」

「良いじゃねぇか愚痴くらい、それに確かに大谷は仕事ばっかりの仕事馬鹿だな。寝ずに仕事していたし、あれは休むという事を知らねえのか」

「休んで下さいといくら言っても、私の言葉を聞いてくれる事など五回に一度くらいです。それに体調が悪くなっても机からは離れてくれません」

「……それで仕事馬鹿か」

「あの」

「ああ、大丈夫だ。誰にも言わねえよ。勿論大谷にもな」

「ありがとうございます!」

「その代わり」

「?」

「愚痴だったらいくらでも聞いてやる。あんまり溜め込むなよ」

「はい、お気遣いありがとうございます。やはり息抜きは必要ですね」



お休みはちゃんとあるものの、何かと仕事詰めの大谷様が気になってしまい休めた気がしません。

小雪とお買い物をしたり、甘味処へ行ったりと休めてはいるのですが。







「そういえば島左近とよくさっきの甘味処へ行っているのか?」

「左近さんですか?」

「甘味処の店主が左近の話をしていただろう」

「はい、左近さんとはよく町へお買い物に行くんです。お使いとかもよく付いて来てくれます。それに甘味処のおばさんは左近さんの事を気に入ってるみたいなんです」

「そうなのか、葵は町の人と仲が良いんだな」

さっきの塩の商人とも親しげだった、と片倉様は言っていた。




「女中の職に就いてからお使いでよく町に来ていたので顔見知りになりました。皆さんお優しい方ばかりです」

「大阪が好きか?」

「ええ、とても良い所です」

「そうか」

「けど奥州もどんな所なのか、とても気になります、こちらよりずっと寒いと聞きますが」

「冬は確かに冷えるが、夏は涼しい。それに魚や野菜が美味い。空気も良いし、大阪とはまた違った良さがある」

「それは一度行ってみたくなりますね」

「そうだな、葵には奥州の城下町を案内してぇもんだ」

「とても気になります、片倉様が住む奥州はとても活気に溢れていそうですね」

「否定はしねぇ」

「ふふっ」

「……。」



片倉様と色んな話をしながら、途中で大阪の城下町がどんな所か案内して大阪城へと戻った。










「(奥州へ来てみないか?)」



ガラにもなく、そんな事を言いそうになった。そんな事を言うべきではないと分かっていてもだ。


葵は大阪城の女中、奥州へ連れて帰り、城下町を見せてやりたいと思ったがそれは出来ない。

隣にいる女の手を引いて、連れて帰る事も可能だろうが、許される事ではないだろう。




今はただ、隣で微笑む葵の表情に顔を緩ませる事しか出来ない。






共に、


ずっと共に居たいなどと

そう思ってしまった。
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