104、殺風景な庭でも貴方と一緒なら













ぱちりと目を覚ますと、外は少し明るくなっていた。もぞもぞと布団から出ようとしたが、上手く出られず

どうしたのかと目をぱちぱちさせて身じろぎをすると、大谷様の腕を枕に寝ていたのだと気付いた。背中に回っている腕のせいでなかなか動き辛く、大谷様を起こさずに布団から出るのは至難の技だった。


音を立てずにゆっくりと襖を開けて、縁側に出ると朝方はまだ少し冷えるのか身震いをした。羽織りを着てくれば良かったと思ったが、あいにく自分の羽織りは自室に置いてある。仕事の時間までまだ余裕があるので縁側に座り、静かに流れる時間を感じていた。冬の季節を感じる庭は少し寂しかったが、それはそれで好きな庭だった。




「(また、花を植えようかな)」


今度はどんな花がいいだろうか

きっと大谷様は花を植えても、見ても下さらないだろうけれど、それでも私は綺麗に咲く花の種を植えたい。




「(春になれば桜も咲いて、ああそうだ桜餅を作ってみようかな、和菓子ならば大谷様も召し上がってくれるかもしれない)」


早く暖かくならないかな……と少し冷える風を肌で感じながら庭を見つめた。流石に体が冷えてきたので自室に戻ろうかなと思った時、


ふわりと体に温もりを感じた。




「!」

肩に手を伸ばし視線を向けると、私の体には紅葉色の羽織りがかけられていた。






「……何をしておる」

「大谷様」


見上げると、いつの間に起きたのか大谷様が目を細めて私を見下ろしていた。私の冷えた体に羽織りをかけてくれたのは大谷様らしい。





「おはようございます、起きてらしたんですね」


私と同じように縁側に座った大谷様へそう言った。





「ぬしが居なくなったせいで体が冷えて目が覚めた」

「あら、それは申し訳ございません」

「……此処で何をしておる」

「特に何も、静かな庭を見ていました」

「この殺風景な庭は体や手を冷やしてまで見るに値するのか」


大谷様は私の冷えた手を掴んだ。

冷たい風に晒されていた私の手はとても冷えているらしい。真冬の冷水での洗濯に比べたらこの程度の冷えは平気ではありますが。






「では、暖めてくれますか?」

にっこりと微笑んで、
大谷様に向かって冗談を言ってみた。




「……。」

「大谷様?」


黙り込んでしまった大谷様に、向けた笑顔を消し去り不安げに大谷様の顔を覗くと、ぐっと引き寄せられた。体温の高い大谷様のおかげで冷えた私の体は温もりを手に入れた。





「とても暖かいですが、このままでは大谷様の体調が悪くならないか心配でございます、お部屋へ戻りませんか?」

「われは貧弱な体ではない」

「ですが」


やはり体が心配ではある。
どうしたら聞いて下さるだろうか?





「大谷様、私の体はとても暖かくなりました。けどこのままでは私も大谷様も冬風に吹かれ風邪を引いてしまいます」

「ぬしは風邪を引いてはならぬ」

「大谷様、私の体を心配して下さるんですか?」

「便利な世話係が風邪を引いて休まれては不便なものよ」

「……そのお心遣い、心に染み渡ります。では一緒にお部屋へ戻りましょう、勝手に部屋を出て申し訳ございませんでした」


そう言うと大谷様は腕の中に閉じ込めていた私を開放し、立ち上がり部屋の中へと戻って行った。その後に続くように私もお部屋の中へと入った。















「ぬしは竜の右目と仲睦まじいのか」


紅葉色の羽織りを大谷様に返すとそんな事を聞かれた。どうしてまた片倉様の名前が出てくるのだろうか。





「いえ、仲睦まじい事などありません。片倉様とは関ヶ原での戦い以来ぶりでございますし、あの方と仲睦まじいなど恐れ多いです」

伊達政宗様の側近である片倉様と仲が良いなど、あの日に手合わせはしましたが元敵同士で今は同盟国というだけの関係でございます。





「さようか、やけに親しく話しておったのでな」

「ふふ、そう見えましたか? そういえば片倉様が私ともう一度手合わせをしたいと言って下さいました」

「……ほう、鬼の居ぬぬしとか」

「けれど丁重にお断りさせて頂きました、今の私では到底かなわない相手ですもの」

「ぬしは、戦いたいと思うか」

「ええ、可能ならば。大谷様の為に」

「……ぬしはそうしてわれの後ろに座っておればよい」

「大谷様のお側に居れるのならそれも悪くはありません。さて、私はそろそろ朝餉の準備をしに行きます、大谷様はどうか体を冷やさぬように」

「あいあい」


大谷様に挨拶して、私は大谷様の部屋を出て厨に向かった。途中で「おはようございます!」と元気良く小雪に挨拶され、共に朝餉の準備に取り掛かった。





「今でも宴会があった大部屋ではお城のお偉いさん達が酔っ払って寝転がっているらしいです、お掃除が出来ないって姉さん達が怒っていました!」

「皆さんたくさんお酒を飲んでましたからねぇ」

「そういえば、おうしゅうの伊達様達はいつまで大阪にいるんですか?」

「しばらくは観光したり大阪の貿易や町並みを見て回るそうよ、お客人はちゃんとおもてなしをしないと」

「うー、これから大変そうですね。そういえば、あの片倉さんって人なんだか怖くないですか? 何というか……顔とか」

「お客様をそんな風に言ってはいけませんよ、小雪だって三成様の事を怖いと言われた嫌でしょう?」

「な、なんで三成様のお話なんですか! 私は別に三成様の事をなんとも思っていない、です!」

「そういう事にしておきます、さて準備を急ぎましょう」


袖をたすき上げて、他の女中さん達と朝餉の準備を終わらせた。長年此処で働いているせいか朝餉の支度はお手の物になっていた。






「葵いるッスか〜?」

「はい?」

鍋に切ったお野菜を入れていると厨の入り口から左近さんが私を呼んでいた。




「あ、いたいた」

「おはようございます左近さん、すみません今少し手が離せないので」

「じゃあ俺がそっち行くッス」


左近さんはお邪魔しまーすと言いながら厨に入って私の隣に来た。




「葵、水貰ってもいいッスか?二日酔いで頭が超痛いっす」

「いいですよ、少し待っていて下さい」


火にかけているお鍋を小雪に任せて、厨の食器棚から湯のみを出して冷たいお水を注いだ。炊事をしている女中さん達が左近さんをチラ見していたので二日酔いでダルそうな左近さんの背中を押して厨から出た。




「はい、お水ですよ左近さん」

お水が入った湯のみを渡すと、左近さんはぐいっと一気に飲んだ。




「ふう、ありがとな葵」

「大丈夫ですか? そういえば昨晩は左近さんも随分飲んでいましたね」

「つっても三成様や刑部さんの方が飲んでるんスけどね、あの人達の体は大丈夫なんすかねぇ」

「今朝お会いしましたが、大谷様はいつも通りでしたよ?」

「マジっすか、相変わらず酒強ぇーな刑部さん、勝てる気しないっす」

「けど飲み過ぎは体に良くはありませんよ、無理せず楽しむのが良いんです。お酒を飲んだ事のない私が言うのもなんですけど……」

「葵の言う通りだな、うん。俺はもうちょっと休んでくるッス、頭が痛ぇ……軍医様んとこ行こうかな」

「それも良いかもしれません、けど自然に治させるのが良いと軍医様は言いそうですよ」

「……だよなぁ」

「随分とお辛そうですね……何か欲しいものはありますか? お水をもう少し飲みますか?」

「……。」

(葵が欲しい、って言ったら怒るかな)







「左近さん?」

急に黙ってしまった左近さんを見上げると、左近さんは「へへっ……」と力なく笑っていた。




「じゃあ水をもう一杯、貰ってもいいか?」

「ええ、勿論です。待っていて下さい」


葵は湯のみを受け取り、水を入れに厨の中へと入って行った。




「はぁ、危ねえ危ねえ」


(つい葵が欲しいって言うところだった。二日酔いってのは本音を誤魔化しにくくなるから困る)





葵が欲しい、って

言ったら葵は何て答えるか






「(きっと葵は刑部さんしか見えていないんだろうな)」




俺の事も見てくれよ


刑部さんばっかりずるいじゃん


俺と一緒に









「(あと一歩が、進めない)」








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