103、私はいつでも貴方の傍にいます







奥州から伊達様と片倉様が同盟を結ぶ為に大阪まで足を運び、城内にある部屋では大きな宴が催されていました。


そしてとうに日は変わり、深夜という時間帯になる頃になっても大部屋の明かりが消える事はなく、


好敵手同士である伊達様と真田様は酒の飲み比べを始めたり、いつの間にか宴に参加していた半兵衛様と軍医様は片倉様とお互いの自軍について語り合ったり、

これまた途中参加の左近さんは三成様の隣に行き、嬉しそうに酌をし、三成様は酔いが回って来たのかとても眠そうです。


伊予河野の巫女様は大谷様のお膝を勝手に枕にして寝てしまいました。風邪を引いてしまってはいけません、と厚手の羽織りを眠っている巫女様にかけてあげました。




「葵、今すぐにこの巫女を退かせ」

「ふふ、とても気持ち良さそうに寝ていますね。よほど大谷様のお膝は心地が良いのでしょうね」

「男の膝など心地良いものか」

「私も是非、大谷様のお膝で寝てみたいものです」

「断る」

「……それは残念です」

「蝶々さん、市も膝枕……」


大谷様の隣にいたお市様が大谷様の腕に絡み付いて、羨ましそうに眠っている巫女様を見下ろしていた。







「ぬしまで何を言い出す第五天よ」

「……市も」

「!」

「大谷様のお膝は大人気ですね」



右には巫女様が、
左にはお市様が、


お二方共、胡座をかいている大谷の足を枕にしてしまい、その様子を羨ましそうに見ていると大谷様に睨まれてしまいました。




「これを何とかせよ」

「あら、可憐な巫女様とお綺麗な姫様に寄られ気分が良いはずでは?」

「……何を言っておる」

「大谷様は巫女様とお市様に随分と懐かれているご様子ですね、これを見た殿方達はさぞ羨ましがるでしょうに」

「ヒヒッ、どうした娘よ、嫉妬でもしておるのか」

「嫉妬? そうですねぇ、お慕いしている主様をすんなりとお二方に奪われてしまって、胸の奥をぎゅっと掴まれたようにとても苦しいです、大谷様の言う通り、これはきっと嫉妬というものでしょう」

「……随分と正直者よなァ」

「どうやら私は嘘がつけないようです。すぐ見破られてしまうようなので偽る事なく正直に申したまでにございますよ」

「さようか、ならばぬしも愛でてやらねばならぬな」


そう言って大谷様は、ぽんっと手の届く範囲に居た私の頭に大きな手を乗せて撫でていた。優しく撫でるその手に私は思わず硬直してしまった。





「お、大谷様?」

「どうした? 膝枕はしてやれぬが、ぬしも愛でて欲しかったのであろう? われの可愛い鳥よ」

「よ、酔ってらっしゃるのですか?」


大谷様が私の頭を撫でて下さるなんて、きっと大谷様は酔っ払っているからに違いありません。皆さん随分とお酒が進んでいましたし、大谷様もかなりの量を飲んでいるはず、しかし、もう少し私の頭を撫でていて欲しいです。

どうか大谷様の酔いが冷めませんように













それから一刻程、時間が過ぎて


宴が行われていた大部屋では何名か寝息を立てる者が続出した。酔い潰れてしまった者や、眠気に勝てず眠ってしまった者など雑魚寝状態となっていた。

そんな彼らを無理に寝室へと動かす事も出来ず、ほかの女中と一緒に暖かい羽織りや布団を上からかけてあげた。






「あーらら、旦那ったら……あれほど飲み過ぎちゃ駄目って言ったのにやっぱり酔い潰れちゃったか」

「あら、佐助さん」


酔い潰れた左近さんや豊臣の武将さん達に運んで来たお布団をかけてあげていると佐助さんが真田様を肩に担いでいた。どうやら部屋まで運んでくれるようだった。




「あれ? 葵はまだ起きてたんだ? 女中ってのは大変だねぇ」

「いえ、佐助さんも大変そうで」

「伊達の旦那と飲み比べを始めた辺りからこうなる予感はしてたよ、まぁ旦那は楽しかったみたいだから良いんだけどね」

「楽しんで頂けてなによりです」

「じゃあ俺様は旦那を寝かせてくる、じゃあな葵、おやすみ〜」

「はい」


佐助さんに挨拶をして見送り、さて、と部屋の方を見ると既に退席したのか大谷様と三成様の姿はどこにもなく、巫女様とお市様を雑魚寝させたままにするわけにもいかず、揺さぶって起こした。


「お二人共、お部屋へ参りましょう? こんな所で寝てはお風邪を引きますよ?」

「う、ん、葵ちゃん……?」

「さぁ起きて下さい」


巫女様とお市様を起こすと眠そうにゆっくりと起きてくれた。






「葵。政宗様を寝かせたいんだが、俺達の部屋の場所を聞いてもいいか?」


巫女様とお市様を起こしていると、伊達様を肩で担いだ片倉様に話しかけられた。






「はい、ご用意していますので案内致しますよ」

「葵ちゃん、眠い……」

「ほら巫女様も起きて下さい、年頃の娘さんがこんな所で眠ってはいけませんよ」

「……じゃあ大谷さんと一緒に寝る」

「大谷様はもうお休みになられているのでいけません。さぁお部屋へ向かいますよお市様、巫女様。片倉様もどうぞ私に付いてきて下さい。お部屋へご案内致します」

「ああ、悪いがよろしく頼む」



お市様と眠そうな巫女様を用意されていた客間へと案内して、少し奥にある客間へと片倉様を案内した。

担がれている伊達様は酔い潰れてしまったらしく、起きる気配がなかった。








「片倉様はお酒がとてもお強いのですね、酔っているようには見えませんもの」


静かな廊下を歩きながら、隣を歩いている片倉様へそう言った。




「いや、流石に俺も酒には酔う、けど酔い潰れる事はあんまりねぇな。冷めるのが早いのもしれねぇ」

「片倉様はかなりの量を飲んでいたようでしたのにしっかりと歩かれています、お強いのですね」

「政宗様の前で酔い潰れるわけにもいかないからな、側近のくせに動けなかったら笑いもんだ」

「確かにそうですね」

「葵は酒を飲まねぇのか?」

「生まれてこの方、お酒というのを飲んだ事がありません。酔うというのはどんな感じなのでしょう?」

「なら今度、晩酌に付き合え。酒くらいいつでも相手してやる」

「ふふ、ありがとうございます」


片倉様にお部屋を案内する途中、お市様と巫女様のお部屋まで送って、伊達様に用意した部屋に着いた。


既にお布団が用意されていたので、そこに伊達様を寝かせると、片倉様と私は伊達様の部屋を後にした。




「では私はこれで、片倉様もごゆっくりお休み下さい」

伊達様の隣が片倉様のお部屋となっているため、片倉様にお部屋の前で頭を下ろしてそう言った。





「夜遅くにすまねぇな。葵は一人で部屋まで戻れるのか? 廊下は暗いだろ、なんなら送って行くが……」

「いえいえ、お客様にそんな事はさせられません。それに大谷様の様子も見に行かないといけませんし、自室に戻るのはそれからになります」

「……大谷か、相変わらずアイツに忠実なんだな。こき使われてねぇか? 人使い荒そうだからな大谷は、無理はすんなよ」

「お気遣いありがとうございます、けど無理はしていません。それに大谷様はとてもお優しい方ですよ? まぁ、たまに辛辣な時もありますけど、たまにです」


厳しい言葉や拒絶の言葉はたまに投げかけて来ますが、それくらいではへこたれませんよ私、これでも大谷様の世話係になって幾多の時が流れているんですから。へっちゃらです。


辛辣な態度や台詞は慣れっこです。




「私は、私が大谷様のお側にいたいのです、あの方はお自分の体を大事になさらないので少々心配です、はぁ……」

「そういや以前会った時も大谷は三日三晩寝ずに仕事をしていたな、昔からそうなのかアイツは」

「ええ、いくら言っても聞き入れてくれません。困ったものです……と、ああすみません、長々と話してしまいました! では私は失礼致します、お休み下さい」

「おう」


片倉様に一礼して、私はそそくさとその場から立ち去った。片倉様は暗闇の中を戻る私を心配してくれたが、流石に奥州からお越しのお客様に送って頂くわけにもいかないのでお断りさせて頂いた。




大谷様の自室がある屋敷へと戻り、足音を立てないようにゆっくり離れの部屋へと向かうと、明かりが灯っているのが見えた。てっきりもうお休みになられていて真っ暗だと思っていたので驚いた。






「(大谷様はまだ起きているんでしょうか?)」


まさかと思い部屋の前に行くと「葵か」と大谷様の呼ぶ声が聞こえた。足音を立てないようにしていたのにどうして大谷様は私だと分かったんでしょう?





「はい、葵です」

「入れ」


恐る恐る襖を開くと、煙を吸う大谷様の姿があった。布団は敷かれているのに大谷様は布団に入ろうともせず、なかなか休もうとはしていなかった。





「……眠れないのですか?」

「なに、一服してから休もうとしていたまでよ、然らばぬしの気配がしたのでな」

「え……あの、私はお休みの邪魔をしてしまったのですか」

「思い煩わなくとも良い」

「しかし」


申し訳なさそうに項垂れると、大谷様は私を手招きした。もう片方の手に持っていた煙管はもう煙が無くなったようでカタッと机の上に置かれた。






「何でしょう?」


大谷様の近くに近寄ってみると、腕を引かれ私はすっぽりと大谷様の腕の中へと飛び込んでいた。

お酒を飲んだせいか、大谷様の体温はいつもよりほんの少しだけ暖かかった。





「大谷様?」

「われは疲れた」

「はい、お疲れ様でございました。お酒を飲み過ぎてはいませんか? 体調が悪いようならばすぐにお申し付け下さい」

「なァに、今は少し気分がよい、酒はわれの不調を誤魔化しやる、じきに眠気も来ようぞ」

「……そうですか」


ぎゅうっと私を抱きしめている大谷様からは煙に匂いに混じってお酒の匂いがした。知らぬ間にかなりの量を飲んでいたようだ。





「大谷様、酔っていますね」

「酔っておらぬ」

「そうですか……」


頬に大谷様の温もりを感じながら、もぞもぞと動いて上を見上げるとぱちっと大谷様と目が合った。虚ろな目は酔いのせいなのかそれとも眠気のせいなのかは分からなかった。




「……。」

「あの、大谷様?」

「……何だ」

「眠いのでしたらそろそろ休んだ方が良いのでは?」

「今日は冷える」

「そうですね、今日は少し冷えます。では暖かいものをお持ちしましょうか?」

「いらぬ」

「では」

「葵、ぬしがいるであろう」

「はい?」


……しまった、
思わず聞き返してしまった。





「あの、大谷様、もしかして私で暖をとるおつもりですか?」


だからこうも私を離そうとはしないのですか?少々息苦しいのでそろそろ解放して欲しいのですが




「葵、ぬしは少々冷やっこいな」

「体温は元々高くはないので、あの、暖かくないのならば離して頂けませんか?」

「……。」

「大谷様?」

「……。」

「こ、このままでは大谷様は休めませんよ? まさか一緒に寝ろとでも言うのですか」

「それもよい」

「え」


ちょ、ちょっと待って下さい大谷様。
どうして私ごと布団に向かってるんですか?

本当にこのまま共に寝るおつもりですか? 私なんかが大谷様と同じ布団で寝ていい筈がありません。暖をとりたいお気持ちは分かりますが、私を湯たんぽ代わりにしないで下さい。




「あ、あの、一緒に寝るわけには」

「……。」

「大谷様?」


布団の中に引きずり込まれた私はふと大谷様のお顔を見ると、規則正しい寝息が聞こえた。




「寝て、しまったんですか?」


ならばこの腕を離して下さい。

このまま一緒に寝るわけには、



しかし私を抱きしめている大谷様はなかなか離そうとはしてくれない。



「本当に寝ていますか?」


実は起きているとかないですよね?




というか

いい加減に離してくれませんか?








「はぁ……」


もはやため息しか出なかった。


大谷様が私で暖をとりたいと仰るのならば好きに使って貰おうかな……と、そう思うようになった。






「ゆっくりお休み下さい大谷様」




私は此処にいます。
貴方の側にいます。







「どこにも行きませんから」



どうか、今は


ゆっくりと体を休めて下さい。






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