102、宴の賑やかさも竜次第











「よい、しょっと……!」

葵は、城内の端っこの方にある畑で大根を引き抜いていた。そろそろ奥州からお客人が来るという事もあり、こうして食材の確保に勤しんでいる。



「姉さん! 見て下さいこの大根、凄く大きいです!」

「あら、本当ね。きっと美味しい煮物が出来るでしょうね」


小雪が嬉しそうに大きな大根を持って見せて来た。今年の大根は豊作らしい。





「見て下され葵殿! 某の大根も大きいでござる!」

「ちょっと旦那、それ下ネタ?」

「む? しもねた、とは何でござる?」

「えーっと……」

「あら真田様、とても大きな大根ですね。畑仕事を手伝ってくれてありがとうございます」

「うむ! 某はこれまで大根の収穫などやったことが無かったゆえ、とても楽しいでござる!」

「葵、なんかごめんね」


(旦那の下ネタを聞かなかった事にしてくれて本当にありがとう)





「そろそろ奥州からお客人がいらっしゃる頃かしら?」

空を見上げて、太陽の傾きから昼過ぎくらいかしら?と時間を確認した。




「葵殿、実は某、葵殿に謝らなければならぬ事があるでござる。」

「え?」

「実は……政宗殿に言ってしまったでござる」

「伊達様に?」


何を、でしょうか?



「政宗殿に、葵殿の話をしてしまったでござる。政宗殿が葵殿にとても興味を持たれていて、会ってみたいと」

「伊達様が、私に? ですか」


はて、どうして伊達様が私なんかに会いたいなどと?





「某にも何故、政宗殿が葵殿に興味を持たれたのかは分からないでござるが、もし葵殿が政宗殿に気に入られてこのまま奥州へ連れて行かれてはと思い、不安で仕方ないでござる」

「私は奥州へは行きませんよ? 大阪で仕事がありますから」

「そう言ってくれると助かるでござる」


では再び大根をたくさん引き抜くでござる!と真田幸村は張り切っていた。











日が沈んでから、ざわざわと城門が騒がしくなり、奥州より伊達政宗と竜の右目・片倉小十郎が到着したのだと分かった。


そして奥州からのお客人二人は大阪城のとある一室へと案内された。そして伊達政宗と石田三成が顔を合わせるなり、両者共に鋭い目つきへと変わった。




「よう石田、久しぶりだな」

「刀を交える準備をしていたが、貴様が城門からわざわざ通って来たと聞いて驚いたぞ」

「おいおい、俺は同盟を組む話をしに行くって文でも書いただろ、どう解釈したらそうなんだよ」

「何が起こるか分からぬ世だからな、警戒して何が悪い」

「まぁそういうのは嫌いじゃねぇけどよ、とりあえず同盟を組む話し合いが出来るっつう事でOK?」

「いいだろう」



対面に座った石田三成と伊達政宗は、同盟を組むにあたってどう動くか等を話し合っていた。

伊達の後ろにいる片倉小十郎は、三成の隣にいる大谷を見た後に、ふとその後ろを見渡した。そこには誰もおらず、目線を我が主君へと戻した。






「(生きていると聞いたが、此処にはいねぇのか)」


あの白い面をつけた黒装束の女。

大谷の部下である、葵という女。





真田から大阪で生きていると聞かされ、いてもたってもいられなくなった。また会えるのだと嬉しくなった。


そして今度こそは俺が勝つ、と

そう思って大阪に来たのだが、どこにも葵という女の姿はない。大谷の部下でもあり、普段は大谷の世話係だと聞いていたが、目の前には大谷と石田。どうせ天井裏には豊臣の忍びか猿飛が隠れてこちらを警戒しているだろう。






「OK、それなら合意だ。国や地に興味がないお前だからこそ俺は手を組みたいと思った。それに第六天魔王の時も他の武将が大阪に集まっていた所を見ると、人徳にも恵まれているだろう」

ちらりと伊達政宗は大谷の方を見た。




「第六天魔王を倒すまでの同盟だと決めていたが、これからもよろしく頼むぜ」

「手を取り合った以上、私や豊臣を裏切る事は許さん」




二人はガシッと手を掴み合い、

今此処に、石田(豊臣)と伊達の間に同盟が組まされた。






「ふう、おたくの事だから同盟の話は乗り気じゃないのかと思ったぜ?」

「無駄な争いをしたくはない、私が行う事はただ一つ、これからの世に何が必要か見極めるのみだ」

「何が必要か、ねぇ……ん? 小十郎、どうかしたか?」

「い、いえ」


様子がおかしい小十郎に
政宗が「ああそうか」と頷いた。






「そうだ、関ヶ原で小十郎を倒したっていう「葵」という女に会いに来たんだったな小十郎」

「ま、政宗……今、そういう話は」

「いいじゃねぇか、小十郎を負かした女だ、どんな女か俺も気になるしな! というわけで石田、葵という女に会わせてくれねぇか?」

「葵? 誰だそれは?」

「What? なんだよ、お前知らねぇの? 大阪にいるって聞いたんだけどなぁ、とにかく小十郎を倒した強い女だ、見覚えねぇか?」

「刑部、知っているか?」



三成は隣にいる大谷に話しかけた。






「われの世話係の女中の名よ」

「刑部の世話係? ああ、あの小娘か。そうか、アイツは竜の右目を倒したのか、それでこそ刑部の部下だ」

「……。」

「で? 会わせてくれるのか? つーかその女は今どこにいるんだ?」

「フンッ、私が知るはずないだろう」

「話にならねえな……おい、大谷」

「あの娘は今宵の準備で仕事が忙しく動き回っておる、何処かと問われてもわれも答えに困る」

「Ah? 今日の夜に何があるんだ?」

「持て成せと申したのはぬしであろ独眼竜よ。ぬしの為にわざわざ宴会の用意をしてやった、存分にくつろいでゆけ」

「reary!? そいつは悪いな! なら存分に持て成されてやるぜ大谷さんよぉ!」

「政宗様、飲み過ぎてはいけませんよ」

「大丈夫大丈夫、ひとまず葵という女の事は置いておく、大阪の美味いもんを食わせて貰おうぜ」


伊達政宗はそう言ってその場から立ち上がった。大阪城で用意されていた大きな広間へと向かうと真田幸村は目の前にある食事に手を付け、茶碗を持ち箸を握っていた。




「よお! 真田幸村!」

「ばざぶべどぼッ!?」

「Ahー……とりあえず口ん中のもん全部飲む込んでから喋れよ」


用意されている部屋に入れば城の女中達が慌ただしく動いていた。大部屋の中には豊臣の武将達や地位の高い者が勢ぞろいしていた。案内された席に座ると後から来た石田や大谷も空いている場所に座り、近くには先に食事をしていた真田がいた。


多分どこかに猿飛もいるはずだ。

あと何故か巫女の小娘がいやがる。





「なんつーか、すげぇメンツだな」


隣にいる小十郎にそう言った。周りを見れば豊臣の武将や石田達がそれぞれ好き勝手に酒を注がれ口にしていた。





「お注ぎ致します」

「お、おう」

隣ではえらい別嬪な女中が俺の所に来て盃に酒を注いでいた。酒は美味いし、女は美人が多いし、大阪城はでけぇし、軍師は有能だし、なんつーか贅沢な場所だな此処は。

別に悔しくなんかない。






「大阪っつーのは、良い女と良い酒が多いな小十郎、ここにいる女達はどっちかと言うと淑やかな娘が多いし、悪くねえ」

「……そうですね」

「で、小十郎が惚れたっていう女はどこにいるんだ? 見つけたか?」

「政宗様、今そのような事は」

「いいじゃねぇか、何なら俺が石田に頼み込んで奥州に連れて帰るか?」

「飲み過ぎですよ政宗様、それに俺はその女に惚れているわけではありません。関ヶ原で慈悲をかけられた事を問い詰めたいだけです」


そう言って、注がれていた酒をグッと飲んだ。これくらい一気に飲んだ所で酔うほど酒に弱くはない。




「相変わらず良い飲みっぷりだな」

「……悪くない味ですね」

「お注ぎ致しましょうか?」

「ああ、頼む」

酒を注ぎに来た女中に盃を向けると、再び盃に酒が注がれた。そしてそれをまたぐいっと一気に飲み干した。


女中に再び酒を注いで貰おうと、女の方を向いた。そして女中の顔を見た途端に思わず盃を落としてしまった。





気付いた時には、

女中の手首を掴んでいた。



「お前は」

「はい?」



困った顔でそう言った女中は、

間違いなく、関ヶ原の地で俺と戦った黒装束のあの女だった。着物姿だが、顔はしっかりと覚えている。忘れるはずもない。どうして此処にいるのか、そんな事よりも再び会えた事に高揚しつつ心が穏やかではなかった。




「あの、離して頂けると有り難いのですが」

「おい、俺を覚えているか?」


女の手首をぐいっと引っ張ると、女は体制を崩し俺の方に倒れ込んで来た。おかしい、コイツはこんなにもか弱い女だっただろうか?仮にもあの大谷の部下であって俺と一戦を交えた相手だ。

隣にいる政宗様が「おい小十郎、女中に何をしてやがる、酔ったのか?」と言っているのが聞こえたが、そんな事よりも目の前の女しか見えていなかった。




「あの」

「さっさと答えろ、俺を覚えているか?」

「……竜の右目、片倉様でございますね」

「ああ、そうだ。お前に負けた男だ」

「そのように仰らないで下さい。あの一戦は」

「お前がどう言おうと、あの時俺が負けたのは事実だ」

「……。」


再び会った「葵」という女は困った顔をして俺の方を見上げていた。あの時の覇気はどこにも感じられず、今の様子はただの女と変わらなかった。




「……。」


女のその困った表情は、以前戦った時とは違いとても儚げで弱々しく見えた。本当にあの時関ヶ原で戦った女なのかと疑いたくなる。


思わず掴んだ手首は、思ったよりもとても細く、女らしく、とてもじゃないが刀を振るうようなものではなかった。


おかしい、俺はこんな細い腕の女に負けたというのか? おかしい、本当にあの時の奴なのか?






「おい小十郎、酔ってんのか? 女中に手を出すたぁ、そんなにその女が気に入ったのか?」

「えっ」

「Ahー、じゃあ部屋を用意して貰うか?」

「えっ、いえ! そういうつもりでは」


パッと掴んでいた女の手首を離すと、女は手首をさすっていた。俺が強く掴んでいたせいか痛かったようだ。手首を見れば少し痕が残っていた。




「わ、悪い」

「いえ……」

「痛いか?」

「いいえ、大丈夫です」

「そうか」

「あの、本当に大丈夫です。ですのでどうかお気になさらずに」

「そういうわけにもいかねぇだろ、痣になってねぇか?」

「はい、けれど私の事などどうか気に留めないで下さいませ。片倉様はお客人でございますごゆっくりとお寛ぎ下さい」

「……しかし」

「私達はお二人の為に美味しい食事とお酒をご用意致しました、お口に合いませんでしたか?」


にっこりと、その女は俺に微笑んで言った。





「……。」



コイツは、こんな顔もするのか。
こんな風に笑ったりするのか。

俺と戦ったあの時の顔はどこにも見受けられなかった。おかしいと思いつつも、女の表情一つ一つに、目が離せなかった。




「……酒を、貰ってもいいか」

「ええ、どうぞ」


再び酒を注いで貰い、一口飲んだ。
隣では女が「美味しいですか?」と話しかけて来た。




「……随分と、違うんだな」

「?」

「俺と戦ったあの時とは別人のようだ。本当にお前なのか? 俺には大谷を守ろうと戦った女なのかと信じ難いな」

「ふふ、私は大谷様の世話係であり、あの時大谷様の為に戦った者にございます。今はこのように女中として働いています」

「そうか、ならばもう一度俺と手合わせをお願いしたいところだが、今のお前を見ていると戦う気が失せる」

「どうかご勘弁を、今の私はただの小娘でございます。片倉様には到底敵いません」

「……何かあったのか?」

「いいえ、何も」

「何を隠している?」

「そんなに私は顔に出ていますか?」

「何かありました、って顔をしてるぜ」

「それはそれは、やはり私は嘘が苦手のようです」


「……。」


くすくすと笑う女は、どこにでもいるような普通の女だ、けど俺に向けられたその真っ直ぐな目はとても俺好みだった。





「おい、お前は」

「葵、でございます」

「は?」

「お前ではありません、私の名は葵でございますよ片倉様」

「……そうだったな」

「お好きに呼んで下されば結構です」

「なら、葵。同盟を組んだ以上、俺はお前と味方同士になる。これからもどうかよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ。ですが私はただの女中でございます。片倉様のようなお偉い方と特別こうやってお話しするわけにもいきません、どうかご無礼をお許しください」

「俺が構わねぇって言ってんだ。お前は気にすんな」

「ですが」

「俺の隣で酌をしてくれねぇか、客人を持て成すのも仕事の内だろ?」

「確かに私は宴の席でお客様を持て成すようにと言われていますが」


「どうしましょう」と葵は酒の瓶を持ったまま考えているようだった。















「娘、酒を」






「!……はい、大谷様、すぐに」

「(ん?)」


「片倉様、失礼致しました。ごゆっくりお寛ぎ下さい」と、隣にいた葵は立ち上がってそそくさと行ってしまった。

立ち上がった葵の姿を目で追うと、向かった先は大谷の隣だった。そして、大谷が差し出した盃に酒を注いでいた。大谷は盃に入った酒を飲み干すとチラリと俺の方を見た気がした。


そして、小さく笑ったように見えた。






「……あの野郎」



わざと俺から葵を引き離しやがったな。酒が欲しいならば他の女中に頼めばいいだろ、何でよりにもよって俺の隣にいた葵をわざわざ呼びやがったんだ。






大谷の隣にいる葵は、

「大谷様、飲みすぎてはいけませんよ」と言いつつも、大谷の側を離れずに、宴会が終わるまでずっと隣で酌をしていた。





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