60、疑うべきは彼女の生死








関ヶ原で起こった大きな戦がひとまず休戦となり、西軍では半兵衛が城で指揮を取り、これから事を想定しながら大量に溜まった政務を片付けていた。







「え、すまない。もう一度言ってくれるかい?」


「葵が、葵の死体が何者かに盗まれました」


そう半兵衛に伝えてきたのは、暗躍部隊の隊長、藤吉だった。表向きは軍医として城にいる為、黒装束は身に付けていないようだった。




「……葵が、盗まれた?」

「半兵衛様、ひとまず、どうか安置していた場所までお越し下さい」

「どういう事だいッ!盗まれたなんて、一体誰が!」

「分かりませぬッ、襲撃されたようで……豊臣の兵が何人か殺されております」


急いで葵が寝かされていた部屋に向かえば、その部屋は血まみれになっており、見張りの兵などが無残に死んでいた。悪臭が酷く漂い、肉片が散らばっていた。何か鋭利なもので斬られたようだ。


そして、あったはずの葵の死体は消えて無くなっていた。どうやら侵入者は葵を持ち去ったようだ。



「これは……酷いね。しかし何故、葵の死体を持って行ったんだ?もしかして葵が生き返った……いや、そんな事あるはずもない」

「半兵衛様、この事を刑部殿に伝えますか?」

「いや……やめておこう、ただでさえ大谷君は葵を失って、 心に傷を負っているだろうからね」

「傷を?刑部殿は普段通りだったような気がしますが」

「彼は常に冷静な男だからね、悲しみで混乱はしていないだろうけど、確かに傷付いてはいるだろう。何せ自分の代わりに葵は亡くなったからね」

「盗まれた葵を探しますか?」

「ひとまず城に賊が入った事にして、侵入者を特定しよう、しかし一体何の為に葵を連れ去ったんだろうか」



葵の死体を欲しがる理由。


葵の身内が持ち去った?
……いや、彼女に家族はいないはず。


葵の持つ闇の力が欲しい?

……しかし、婆娑羅の力はそう簡単に他人に譲渡は出来ない。そもそも死体から力を奪うなんて不可能に近い。






ならば、一体何の為に?






「……参ったな」






※※※※※※※※※※※※





大阪城


久しぶりに雨が降ったこの日に、同盟国である真田軍から二人、大阪城に足を踏み入れていた。


西軍総大将であった石田三成との対談後、西軍指揮官であった大谷吉継が負傷したと聞いて真田幸村は驚いていた。




「なんとッ、某が政宗殿と対峙している間に大谷殿が怪我をしていたとは……見舞いに行かねばならんな!」

「刑部に見舞い?貴様は騒がしいからな、あまり刑部の迷惑になるような事はするなとだけ言っておこう、では私は失礼する」

「石田殿、次の戦いには是非某も参加致す!共に戦うという某の決意だけはどうか、それだけはお忘れなく!」

「……ああ、」


三成は真田に軽く頷いて、
対談していた部屋から出て行った。












「……しまったでござる」


それから約一刻後、
真田幸村は大阪城内で迷子になっていた。






「旦那、なーにやってんの?」

「佐助!?今までどこに居たでござるかッ!」


天井から降りてきた佐助に聞くと「ちょっと散歩」とだけ返ってきた。





「で、旦那は?石田の大将との話は終わったんでしょ?どーせしばらくは戦は無いんでしょ」

「うむ、東軍総大将の徳川殿も負傷しておるらしく、休戦の書状も届いておるとのこと」

「やっぱりねぇ、で?旦那は今からどこに向かおうとしてたの?」

「関ヶ原にて負傷した大谷殿の見舞いに行くでござる!しかし、石田殿に大谷殿の居場所を聞くのを忘れてしまったでござる!」


城内をあちこち探したが、
大谷殿はどこにも居ないでござる。





「んー、流石に俺様も大谷さんの居場所までは知らないなぁ。あ、そうだ葵は?葵に会えば大谷さんの居場所くらい知ってんじゃない?」

「おお!葵殿でござるか!」

「でも葵ってどこにいるんだろ、大谷さんの世話係って事は女中だよなー……じゃあ城?それともどっかの屋敷?大谷さんの執務室は?」

「大谷刑部殿の執務室には誰もいなかったでござる!」


「じゃあ手当たり次第に聞くしかないね、もしかしたら途中で葵に会うかもしれないし」

「しかし……大阪城は広いでござる、立派な城ではあるがこうも広いと迷ってしまう」

「……まぁ、確かに」



二人は、はぁ……とため息を吐いた。


大阪城はただでさえ大きい。
それに加え、わざと入り組んだ造りになっているため、客人は必ず迷う。




「俺様ですらまだ大阪城内を把握しきれてないって」



てくてくと城内を二人は歩いていると、刀を腰から下げた男が向こうから歩いてきた。

これは好機!と真田幸村はさっそく城内の道案内をして貰おうと男に近付いた。




「貴殿!ちょっとよろしいでござるか!!!大谷刑部殿はいずこでござるか!」

「うわぁ!!びっくりしたッ!何ッスか!?アンタ誰ッスか!?あれ?なんかどっかで見た事あるなアンタら……えっと、誰だっけ?」

「某は真田幸村でござる!」

「俺様は猿飛佐助」

「ああ!そうだ、アンタ確か真田軍の大将だ!あれ?なんでこんな所に?あ、何?刑部さん探してんの?ちなみに俺は石田軍の島左近ね」


城内でばったり出会ったのは石田三成の家臣、島左近だった。少し目が赤い彼は大谷刑部の居場所を知っていると答えてくれた。




「知っていれば是非とも大谷殿の居場所を教えて欲しいでござる!」

「いいッスよー」

「おお!助かるでござる!本当は葵殿が居たら案内して貰おうと思ったでござるがどこにも見当たらなくて」

「……。」

「左近殿?」


葵が居たら、と言っただけなのに下を俯いた左近に幸村は首を傾げた。





「葵なら、探しても無駄だよ。葵は城にはいないッスから」

「無駄、でござるか?もしや葵殿はどこか遠出をしているでござるか?」

「遠出ねぇ、まぁ一人で遠くに行っちまった事には違いねぇけどよ」

「?」


葵殿は遠くに行ってしまったでござるか?会えぬのならば残念でござる。会えたのならば某の関ヶ原での戦いを詳しく聞いて貰おうと思ったのだが。



居ないのならば仕方ない。







「佐助、葵殿は城に居ないようなので今日は大谷殿の見舞いにだけでも……」

「葵になんかあったのか?」

「……。」

「佐助?」

「なぁ、答えろよ」

「……。」

「さ、佐助??」



どうしたでござるか?

どうして佐助はそんな悲しい顔をしているでござる?葵殿に一体、何があったというのか。







「……葵は」

「葵がどうした、何があった、遠くに行ったって、あの葵が大谷さんを置いて一人でどっか行っちゃうとかあり得ないだろ」

「……。」

「どうしたでござるか?二人共……何故そんな悲しい顔をしているのだ!」




悲しい事など何もないでござろう?

某は大谷殿の居場所さえ分かればいいでござる、会えたらいいな……くらいの気持ちで葵を探していただけであって無理に会いたいなどとは!






「葵は、死んだ。だから探したってどこにも居ない……」

「葵が?何言ってんの?あいつが死ぬわけないでしょーが」

「だったら刑部さんに会って確認してみたらいいッ!葵は刑部さんの代わりに死んだんだ!」

「葵殿が死んだ?……しかし大谷殿の代わりに、でござるか」

「クソが、あの葵が死ぬわけない。旦那、大谷さんの所に行ってすぐ確認しよう。葵に何があったかあの人なら詳しいだろ」



佐助がそう言うと、真田幸村は「うむ」と頷いた。一方、落ち込んで項垂れたままの左近は、




「刑部さんは城内にある屋敷の方にいる、下降りて城門に近いとこ、そこにいるはず」


と、葵の死を疑っている二人に大谷刑部の居場所を教えた。






「じゃあな、刑部さんによろしく」

「……。」


右手をひらひらさせて左近は二人の間を通り過ぎて去って行ってしまった。






「なぁ佐助……葵殿が死んだなどと、某は信じられぬでござる」

「そんなの俺様だってそうさ、まぁ何があったか聞いてみれば分かるでしょ。大谷さんの所に行こう、見舞い品はこの団子でいいかな?けど見舞いに団子ってどうなんだろ……大谷さんって団子好きだったかな」

「団子!しかしそれは某の団子では!?」

「旦那のはまた後で買ってきてあげるから!流石に手ぶらで見舞いには行けないでしょーが、相手は一応刑部さんなわけだし!」

「……う、うむ、確かに」

「はいはい、じゃあ大谷さんのいる屋敷に行こうか」




二人は城を出て、教えてもらった通りに屋敷へと向かっていた。









「……。」

「旦那、なんか不吉な事を考えてるでしょ、葵が本当に死んでるんじゃないかとかさ」

「……そ、そんな事は無い!葵殿は死んではおらぬ!」

「アイツはそう簡単に死なないって」



死なれたら困るって、

俺様がせーーーーーっかく、技とか手合わせにとことん付き合ったんだから、こんな簡単に死なれたら困る。

それに葵はそこそこ強い、そう簡単にやられるはずもない。




ただ、


大谷さんの代わりに死んだって言っていたのが気になる……何があったんだ?




とりあえず今は大谷さんに


聞いてみるか。






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