59、零れ落ちる涙は友人の為













「あれ、刑部さん何やってんの?もう動いても大丈夫なの?もしかしてもう仕事復帰?どんだけ仕事好きなんスか?」

「……左近か」


城内の書庫で探し物をしていると、ひょっこりと左近が書庫に顔を覗き込んできた。そして大谷の姿を見つけた途端、ずかずかと書庫に入ってきた。







「刑部さんってほんっと働き者ッスねぇ、怪我したんだからまだ休んでいればいいのに」

「戦の片付けがまだ終わっておらん」

「え?そういう事務処理って刑部さんがほとんどやってるんだっけ?俺よく知らないんスよねぇ」

「われと賢人がやらんで誰がやる」

「えっと……み、三成様とか?」

「……。」

「あ、相変わらずこの書庫は難しい書物ばっかりだなぁー……って書庫だったら当たり前か」

「……、」


ふと左近の方を見ると、
目の前で笑う左近の目は腫れていた。






「(泣いたのか)」


そういえばこやつはあの娘と仲が良かったか、ならば左近は死んでしまった娘の為に涙を流したのか……と思いながら、ふいっと左近から視線を外した。






「でもいつ来ても、書庫ってなんか苦手ッス、なんかこう……頭が痛くなるっていうか」

「ぬしはこの書庫によく来るのか、ここにある書物になど興味は無かろう」

「全っ然興味ないッスね。内容読んでも何書いてあるのかわかんないですし。でも葵がよくここの書庫に居たから俺もよく来てたんスよ」

「……あの娘が?」

「よく、そこの角で握り飯を一人でもそもそと食ってたッスよ、ここだとあんま人が来ないし、ゆっくり食べれるからって」


そう言って下を俯向く左近の目には涙が溜まっていた。此奴はまだ……友を、好い人を失った悲しみからは抜け出せる事が出来ていなかった。






「娘め、書庫で飯など食いおって」

「それくらいは許してやってくれよ刑部さん、葵って城内じゃあんまり居場所なかったみたいだし」

「……。」

「何でも一人で背負っててさ、一応俺と友達なんだから愚痴のひとつくらい零してもいいのによぉ……本当に、あいつは一人で、背負い、過ぎなんスよ」

「泣いているのか」

「……な、泣いてないッス」


そう言った左近の目からはぼろぼろと涙が溢れ出ていた。何度も目を擦ろうにもそれは止まる事はなかった。









「葵……」

「……。」

「……なぁ、刑部さん、アンタはさ、悲しくねぇのかよ」

「はて」

「葵が居なくなって……寂しくねぇの?」

「ぬしにはわれが寂しそうに見えるのか」

「葵って、いっつも刑部さんの側に居たじゃん……刑部さんだって葵の事を気に入ってたじゃん」

「悲しんだところで」

「?」

「われが悲しんだところで、あの娘は戻ってくるのか?死人が生き還るとでも言うのか」

「!……それは、」

「死んだ者の為にわれは悲しんだりはせぬ、われとて無駄な事はしたくはないのよ」

「無駄って!葵は……ッ」

「……。」

「……葵はッ、アンタの代わりに死んだんだッ!!」

「知っておる」

「じゃあせめて少しは寂しがったりしてくれよ、これじゃあ葵が報われねぇよ、あいつの為に、どうかあいつの為に!」

「われはあの娘に助けてくれと頼んだ覚えはない」

「……ッ!」



なんで、

なんで葵は、




「なんで葵はアンタなんか助けたんだ!なんで葵はッ!」



左近は書物に目を向けていた大谷の着物の襟を掴んだ。その拍子で読んでいた書物が床にばさりと落ちた。






「此処は書庫よ、あまり騒ぐな」

「刑部さんは、なんで……なんで葵がこの世から居なくなったっていうのにそんな平気でいられるんスか、なんでいつも通りなんスか、なんでちっとも悲しまないんスか、なんで……」

「今すぐにわれの元に来いと願えば娘は来るのか、悲しめば娘が蘇るのか、いくら望んでも、いくら待っても、あの娘はわれの元には来ぬ、」

「アンタッ、何を……」

「あの娘の顔が見たいと望めばまた会えるのか?声が聞きたいと、ぬしのように泣いて悲しめば声が聞けるのか?」

「悲しむ事すらも、刑部さんは……」

「いくら叫ぼうとも、いくら寂しいと戯言を述べても、その先には何も生まれぬ、己をひたすら嘆き悲しみ、己をただただ殺すだけよ」

「……なんなんスか」



なんだよそれ

なんだよ、ずるいよそれ



「何で刑部さんは、俺のずっと先を見てるんだよッ、悲しいなら悲しいって泣けばいいじゃん!寂しいなら寂しいって言えばいいだろッ!なんでそれすらも冷静になっちゃうんだよ!」

「われを冷徹な男だと蔑めばよかろう」

「出来っかよッ!ああもう……アンタすっげェ大人だよ、俺がどんだけガキかって思い知らされる…俺も刑部さんみたいに覚悟があったらこんなに泣き叫ぶ事もしねぇのかな…刑部さんみたいに、静かに悼む事が出来たのか?」



俺は勘違いしていた。



刑部さんは決して、葵が死んだ事をどうでもいいなんて思っていない。


ちゃんと悲しみに惜しんでいるし、寂しいと思っている。大事な友達が死んで、泣き狂った俺と気持ちは一緒のようで全然違う。刑部さんはちゃんと葵の死に向き合っている。




なのに俺は……





「俺はまだ、刑部さんみたいに……葵の死に向き合う事が出来ねぇ、まだどこかで生きてるんじゃないかって、生きてて欲しいし、またこの書庫で、一人で飯食ってんじゃねぇかって思って来ちまったし…葵の姿を探しちまう……」

「あの娘はもうおらぬのであろう」

「そうだとしても、ここはあいつとの思い出が多すぎる」



庭に出れば、葵が掃除をしているんじゃないかって思うし、刑部さんの執務室に行けば葵がいるんじゃないかって思う。刑部さんが寝泊まりしている屋敷にいけば葵はちょこまかと動き回っていたし。会いに行こうと思えばいつでも行けたし、俺と会えば葵はいつも笑顔で挨拶してくれた。





「あー、もう一度、葵に会いたい……」

「墓にでも行けばよかろ」

「半兵衛様が言うには、焼いた骨は葵が生まれた越前ってとこにある寺に入れるって言ってた……遠いッスよねぇ」

「越前か」



行こうと思えば行けぬ距離でもない。
……墓に花くらいは供えてやるか。




では、さっそく娘に花を買いに使いに行かせるとするか、あれはどこにいたか……








「……気でも狂ったか」


癖というのは抜けぬものよなァ。

娘はもう居ないと分かっているのについ呼んでしまう。あの娘はもう居ない、死んでしまったではないか。



もう居ない。



居なくなってしまった。







「なんか今日はやけに目がかゆいんで俺ちょっと厠へ行ってきます……別に泣いてないッス」

「……。」

「あ、これ落としちゃってすんませんッス、じゃあ!」


左近が掴みかかったせいで大谷が落としてしまった書物を拾い上げて手渡した。





「……。」




不幸、よなァ。

あの不幸な娘が死んでから、三成も左近も落ち着きがない。戦がひとまず終わったというのに彼奴らは何かと戦っておる。






はてさて、


われは何と戦おうか。








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