58、再び訪れ、去りゆく闇よ











真っ暗



真っ暗



真っ暗




ああ……真っ暗か、



真っ暗闇よ、また来やったか




もう慣れてしもうたわ、

さて真っ暗よ、
われをどうするというのか


ここはどこなのか
われはどうなったのか










なるほど、われは死んだのか





案外、あっさりと死ねたものよのォ
他人に等しき不幸を降り注ごうしていたわれは決して良い死に方は出来ぬと思っていたが、こうもあっさり死ねたのか。





まァ、良い、ヨイ




真っ暗よ、しばしわれに付き合え


これまで生涯、われがどれだけ不幸な人生だったか、ぬしにも教えてやろう。


われは業病に冒され、皆に蔑まれ、忌み嫌われ、われを好む者などいなかった。
誰もがわれの体に触れる事を拒んだ。われの病がうつるとかでなァ。われは穢れておるそうよ、次第に己の中に憎悪が生まれた。



われはこの醜い体を憎んだ。



われに降りかかった不幸をとにかく悔やんだ。何故われなのか、何故われだけが不幸なのか、何故われだけが皆と等しく生きられぬのかと、憎み、悲しみ、苦しんだ。


しかし、中でも三成だけはわれを厭う事なく昔と何も変わらず接してきた。汚れ穢れたわれに気を使うわけでもなく、いつものように「さっさと行くぞ」と言葉を投げかけてきた。


人付き合いの苦手な三成、生真面目な三成は人望に恵まれなかった。ならばわれが一緒に居てやろう、三成を一人にはさせぬとそう決めた。




三成は、不幸にはさせまいと

そう思った。







われの隣には、三成がおった。








「……。」





ああ、もう一人、おったなァ


とても不幸な娘が一人、
とても不憫な娘が一人、



われの世話係に付いた、娘。

われに臆する事なく肌に触れたあのおかしな娘は、われの側にいつもいた。誠におかしな娘であった。われに生涯仕えると申してきた。われを守る為に戦いたいと申してきた。体の中に鬼が住まう娘は、われの為に生き、われの為に力を使うと言ってきた。

ならば使ってやろうと思った。
とても良いものが手に入ったと。



いつも、われの隣にいた。
いつも、隣で笑っていた。


いつも、
背は真っ直ぐにわれを見ていた。



あれはいつの頃だったか、いつしか娘の身体を喰うようになった。情など決して無い、ただ、欲しくなったから故。娘は自分の身体は醜いと言っていたがわれは喰った。すると、あの小娘はわれが欲しがるならいくらでも喰えと申した。




この小娘を

手に入れたいと、思った。




娘、


娘、


はて、
名はなんと言ったか





確か「葵」だったか


あの娘には勿体無い名前。
はて、名を呼んでやる事は出来たか?



まぁ、死んだわれには関係のない




あの娘は、われが死んでどうしているのか、悲しんでおるのか、泣いておるのか、それとも涼しい顔で別の主に仕えているのか。






しかし、あの娘が不幸でないのならば


それでヨイ。









しかし、もう一度



もう一度だけ




あの娘に会いたい。

われの名を、呼んで欲しい。





















「……ッ」


眩しい、眩しい、眩しい、

真っ暗よ、どうしたというのだ





眩しいのは好かん……

はやくその眩しいのをどこかへ










「!」




……ここはどこぞ。



あれはなんだ、天井?







何故、何故、何故、










「なんと……われは、」


そんな事があるのか、
こんな事があるのか、







「……われは生き延びた、のか」


まさかと、思った事を声に出してみれば、言葉はすぐに声となり、部屋に響いた。






「刑部?起きたか」

「……三成、」


三成、ぬしは生きておったか
良かった、ぬしは死んではならぬ男よ





「刑部、体は大事ないか?」

「ふむ、手足がとてつもなく重い……しかし動けぬ程ではない、われは生きておるのか、三成」

「ああ、生きている」

「さようか……」


そうか、生きているのか





「刑部」

「……なんぞ」


すまぬがわれは起き上がれぬ
悪いがそのまま申してくれぬか





「刑部、頼みがある」

「……われに出来る事か」

「ああ」

「……ならば申してみよ」

「これから先も、私の力になって欲しい」

「……三成」

「返事をしろ、刑部」

「……わかった、力になろう」


われはまた、ぬしの力になろう












「三成、あの娘を呼んでくれぬか」

「娘?」

「あの娘よ、不幸で不憫な、われの世話係の娘よ」



あの娘に会いたい。
今、あれはどこにいるのか。

早くわれのこの重たい身体を起こせ。







「……。」

「三成?」


どうした三成、
あの娘は呼べぬというのか

はて、あれは怪我でもしたのか






「……刑部、あの小娘は」

「……。」

「あの小娘は、もういない」




いない、



その言葉の意味が分からなかった。

長く眠っていたせいなのか
そうではないのか、分からなかった





「……いない、と」

「ああ」

「はて、あの娘は別の奉公先へと移ったのか」

「そうじゃない、刑部、あの娘はもう居ないんだ。アイツは死んだ」

「……なにを」



あの娘が死ぬと?

なにを言うか三成、あの娘は死なぬ、あれは恐ろしい鬼の娘、恐ろしい力を持つ娘、それにあれはわれに約束した、必ず死なないと、そう申していた。






「あの小娘は、刑部……お前を助ける為に力尽きたと聞いている」

「……われを助けたのか」

「あの小娘はおかしな力を持っている、刑部も知っているだろう」

「彼奴はあの力を使ったというのか、われが生きておるのはあの娘がやった事なのか」




なんて事を……

われを助ける為にあの力を


われの許可なく使ったというのか






「死んだ、のか」

「……ああ」

「さようか、あの便利だった娘はもうおらぬのか」

「これを、刑部に渡しておこう」

「?」


三成が渡して来たのは、赤い鞘の小太刀だった。どこかで見覚えのあるそれは確かわれがあの娘に授けた小太刀。護身用にと渡したものだが、あの娘はいつの間にか鍛錬したのかこの小太刀をある程度使えるようになっていた。鞘から抜いて刃を見れば、戦中に一体何人斬ったのか……刃こぼれは酷く、乾いて黒くなった血がこびり付いていた。






「……。」



あの娘はこの小太刀を肌身離さずに持っていたはず、これがここに、われの手元にあるという事はやはり娘は。





「刑部?」

「われの便利な道具がひとつ、無くなってしまったか」

「……。」

「ヒヒッ……誠に残念よ、ザンネン」



あれは実に退屈せずに済んだ。
実に使える道具であった。


しかし死んでしまったとは……

死なぬと約束しておきながら死ぬとは、それは主を裏切った事にはならぬか娘よ、ぬしは約束を破ったのか。最後の最後で約束を破ったというのか。なんという裏切りよ。





「刑部、私は、私が恐ろしい」

「……なんぞあったか」

「私はあの娘が死んでしまったというのに悲しみという感情が出てこない、むしろ安堵した、あの娘が死ぬ事で刑部が助かった事に私は良かったと思ってしまっている!刑部が生きているならそれでいいと!死んで良かったなどと思っていないはずなのにッ、この気持ちは何だッ……私はどうしたらいい!」

「三成、ぬしはあの娘をいつも気にかけておったな」

「気にかけてなどおらん!あれは……その、あの小娘は普段から刑部によく尽くしていたから、悪い娘ではないな……と思ったぐらいだ」

「さようか」

「考えがまとまらん、風にあたってくる、お前はまだ寝ていろ」

「三成よ」

「……なんだ」


頭を抱えながら部屋から出て行こうとした三成を呼び止めた。




「己が正しいと思う道を行けばよい、それがぬしの進むべき道よ」

「……進む、道か」

「われがぬしの進む道について行こう」

「フッ、当たり前だ刑部、私を裏切る事は許さん!」

「あいあい」


はっきりと言い切った三成は、大谷を部屋に残して出て行った。











「……娘」



呼んでも、あの娘は来ない。

はよう来いと言えど、来ない。
あの娘はもう死んでしまった。




われの代わりに死んでしまった。











「いない、のか」


どこにもいない。
この世のどこを探してもいない。



部屋の隅を見れば、ふと背筋の真っ直ぐな娘の姿があるように見えたが、よく見れば、そこには誰もいない。静寂だけしかなかった。





「(……消え去ったか)」



何故、居なくなった。
何故、われを置いていった。
何故、代わりに死んだ。
何故、われに不幸を寄越す。




寂しい、寂しい、寂しい
寂しい、寂しい、寂しい





苦しい、苦しい




あの娘はわれを裏切った
あの娘はわれを裏切った








「……憎たらしい、娘め」





誠に憎たらしい。


われを不幸に堕としおったわ。





不幸は、われに落ちてきた。








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