何だよこれ、
何だよこれ、
「何なんだよッ、何だよこれ！！」
何で、何で、
何で、葵は
何で葵は息をしていない…！
「……葵、どうしてッ」
左近は、尽きて動かなくなった葵をキツく抱きしめて酷く動揺していた。いくら呼びかけてもいくら名前を呼んでも、いつも綺麗な言葉使いで自分と話すこの少女は何も答えてくれない。
自分の名を呼んでくれない。
目を覚ましてくれない。
「クソがッ！！！！」
「……左近君」
「葵、おい、葵……」
「……。」
「なぁ、起きてくれよ、目を覚ましてくれよ？」
「……やめるんだ左近君」
「葵、何やってんだよ……なぁ、戦が終わったら馬の乗り方を教えてやるって約束しただろ？なぁ、起きろって」
「……葵はもう」
「何でッ、何でなんだよ！！！」
「……ッ」
「なぁ、半兵衛様」
左近は横たわる葵を抱きしめながら、自分の後ろにいる半兵衛に問いかけた。
「葵は瀕死の状態だった半兵衛様を助けたって聞いたけど、これと関係あんの？」
「……左近君」
「半兵衛様なら何でも知ってるんだろ？半兵衛様は俺の知らない事をたくさん知ってますもんね」
「……。」
「葵の婆娑羅って、他の奴となんか変わってたし、刑部さんや半兵衛様の闇の婆娑羅とは違った何か。いくら本人に聞いても婆娑羅について何も教えてくれなかったけど……半兵衛様、なんか知ってるんじゃないんスか、さっき葵は何をしてたんスか」
「葵の力については門外不出の事……だったからね、君が知らなかったのも仕方ない事だよ」
「じゃあ教えて下さいよ半兵衛様、どうして……どうして葵は息をしていないスか、教えて下さいッ、何で俺は何も知らないんスか、何で俺は……！」
「……。」
半兵衛は、左近が抱きしめている葵を悲しい目で見た後、横たわる大谷の容態をみた。
半兵衛はその姿を見て、まさか……と思った。血を流して倒れていた大谷の傷は綺麗に塞がっていて、目を覚ましはしないが僅かながら呼吸をしていた。
「まさか……生き返った、というのか」
葵の力はやはり恐ろしい。
ここまで、癒す力があるなんて……。
きっと大谷君は無事だろう。
……しかし
その力の代償はやはり大きかった。
葵の力である、自分の闇の力や生命力を全て引き換えにして与えて他人を癒す力、
葵は自分の中にある全ての力を負傷した大谷君に与えて癒した。
その結果、
葵は……力尽きてしまった。
「左近君、葵の婆娑羅には他人を癒す力がある。僕が瀕死の状態から救われたようにね」
「なんでそんな力が……葵に？そんな力があったばっかりにッ葵が……クソッ、葵が死ぬ事もなかっただろッ！！」
「……きっと葵は、力を使えば自身に危険が起こると分かっていたんじゃないかな。力を使えば自分が代わりに死ぬと分かっていた。けど力を使ったのはそれでも大谷君を助けたかったんだろう」
「……はぁッ！？何スかそれ！！」
「葵なら、やりかねない」
「じゃあ、葵は自分から、刑部さんを助ける為に代わりに、分かっていながら死んだっていうのかよ！？」
「……。」
「葵……ッ」
葵、お前、何でだよ
刑部さんの為に何で
自分を犠牲にしてまで
なぁ、葵
お前は本当に刑部さんに忠実だよな
最後の最後まで、こんな時まで刑部さんに尽くすなんてよぉ、刑部さんの為なら死んでもいいなんて。
お前、どんだけ刑部さんが好きなんだよ。本当に刑部さんの為に戦って来たんだな。
流石に妬けるッス。
「……でも嫌だッ、なぁ葵、目を覚ましてくれよ……本当は死んでなんかいないよな？ほら早く起きろって、半兵衛様の前だぞ？おい葵……？」
「左近君、もう……」
「葵の手伝いだってなんだってするし、鍛錬だっていくらでも付き合ってやる……だから」
「……左近君、もういい、葵は」
葵はもう、目を覚まさない。
葵はもう。
大谷君の代わりに、死を選んでしまった。葵にとって大谷君が全てだったからね。
大谷君の為の生き、
大谷君の為に死ぬ。
君はなんて……悲しいんだろう。
「葵、なぁ……葵、起きろよ、起きないと刑部さんに怒られるぞ？滅多に怒らない刑部さんだぞ？ほら、早く起きろって」
「左近君、葵は」
「嘘だ、葵はまだ」
「……。」
「まだまだ、これからも俺達と一緒に戦っていくんだッ！それなのに……何やってんだよ、葵……！」
左近は泣き崩れ、ひたすら目を覚まさない葵の名前を呼び続けた。
「……半兵衛様！」
西軍の本拠地に戻ってきたのは家康の後を追っていたはずの石田三成だった。
「三成君……君は、家康はどうしたんだい」
「申し訳ございません！家康を、逃がしてしまいましたッ！」
「……そうか」
「刑部を、刑部までも私から奪った家康を……私は絶対に許さないッ！」
手を震わせ、三成は涙を流した。
「殺してやる！」と、呟きながら
三成は横たわる大谷の側に近付いた。
「刑部……」
「大丈夫だよ三成君、大谷君は生きている」
「は……？しかし刑部は血を、呼吸がッ」
三成は半兵衛に言われ、バッと大谷の方を見ると、確かに大谷は規則正しく呼吸をしていた。
死んだと思っていた大谷は生きていた、と知った三成は「刑部！」と嬉しそうに大谷の手を取った。
「生きていた……刑部が、生きている」
私は一人ではないのだな！
刑部はまた私と共に！
私は、失ってなどいなかったのだな！
「……ところで何故その小娘はこんな所で眠っている、戦が終われば寝て良いなどと誰が言った」
「三成君……」
「おい左近、その小娘をさっさと起こせ、刑部を城まで運ぶ」
「……三成様、葵は」
「なんだ、早くしろ」
大谷を肩に担いだ三成は、左近に
「城に戻るぞ」と言って、先へと進んだ。
「三成様……葵はもう、目を覚まさないッス」
「……、」
左近の言葉に、
三成の足がぴたりと止まった。
「どういう意味だ」
「……葵は」
「何故起きない？起こせ左近」
「葵は、死んだッス」
「……。」
小娘が死んだ？
何を言っているんだ左近、
その娘が何故死んだというんだ。
誰にやられたと言うんだ。
「おい小娘、起きろ」
「三成君……葵は、大谷君を助けた」
「助けた？」
助けたというのは……どういう事だ
「葵は以前僕を助けたように、自分の癒す力を使い大谷君を助けて、力を使い果たして息絶えてしまった」
「なッ、じゃあやはり刑部は死んで……」
「葵が大谷君を助け、代わりに死んだ」
「しかしその娘の癒す力というのがあれば」
「三成君、葵の癒す力というのは、己の身を削る力なんだよ。癒す力は体力と生命力を相手に分け与える力なんだ、大谷君に力の全てを与えた葵は……」
「死んだというのですか、その娘が刑部の代わりに……死んだと？」
「そうだよ」
「！」
三成はどういう顔をして良いのか分からなくなり、激しく動揺した。
大事な友人は助かったが、その友人が一番大事にしていた者が散ってしまった。
言葉を無くした三成は、足を引きずりながら、城へと足を進めた。
「左近、城へ戻るぞ、半兵衛様……全軍に撤退の狼煙を」
「ああ、分かったよ三成君」
「……三成様」
「左近、その娘も城へ、ちゃんと弔ってやらねばならん。その者は刑部を救った、その恩は返そう」
「……はい」
左近は頷き、葵を優しく抱きかかえた。死んだとは思えないほど、葵の表情は穏やかだった。本当は死んだなんて嘘っぱちで、今にも目を覚ましそうな表情だった。本当は嘘で、今すぐ目を覚ませばいいのに……と左近は思った。
全部ウソで。
葵は眠っているだけで
刑部さんも生きてて
西軍も勝利してて
三成様や半兵衛様や刑部さんや葵や西軍の皆と一緒に大阪城に戻る事になっていたらいいのに。
そしたら、そしたら、
そうしたら……
誰も悲しい顔をしなくて済むのに。
笑顔で、城に帰れるのに。
葵と話しながら、城に。
何で、何で
何で、
こんな事になっちゃったんスか。
俺はこんなの、嫌です。
もう失うのは嫌です。
大事な人が居なくなるのは嫌です
何で
何でみんな……
俺から居なくなっちゃうんスか
悲しいじゃないっスか。
あんまりじゃないッスか
「……葵」
なぁ、嘘だって、言ってくれよ
頼むよ。