56、散りゆくは花弁と命












西軍本拠地では、

地上にて大将同士が激しく争い、
空では制空権争いが起こっていた。



本多忠勝と大谷吉継は
上空にてお互いの大将を守ろうと体がいくら負傷しようも、叩き落そう奮闘していた。





「!」

「戦国最強、ヒヒッ、誠に恐ろしい男よ、しかし戦場で傷一つ負わないというのは噂であったようだな」




力を無くし、
地上に膝を着く本多忠勝。


大谷ですらも負傷を負ったが敵軍の攻撃力の要である武将の自由を奪う事が出来た。






「な!……忠勝ッ!?」

「フンッ、刑部が動きを止めたか、戦国最強も膝を着けばただの鉄屑に過ぎん!」

「忠勝はまだ動ける!刑部の方こそ深手を負い、もうまともに動けぬだろう」

「刑部ッ!」


家康にそう言われ、三成が大谷の方を見れば、彼は息も荒く、下を俯いていた。
東軍だけでなく西軍の勢力を削られたのも明白だった。しかし総大将戦こそ勝ちさえすればこの戦は終わる。





「私は家康、貴様を討つッ!」

「ワシは負けない!」

「秀吉様の仇を私はッ!」

「ッ!」


三成の俊敏な剣筋は家康へと向かい、家康はよろめくも、己の拳で三成の刀を受け止め、光は闇を照らそうと拳を三成へと向けた。


光は闇を照らし

闇を光を飲み込もうと



お互いの力がお互いの力を越えようと、激しくぶつかりあった。





西軍大将・石田三成

東軍大将・徳川家康



どちらも強い力を持っている為、勝敗が着かぬかと思えば、総大将同士の激しい争いの決着は、時間が過ぎると共に着こうとしていた。






「三成ッ、ワシは負けん天下を統一するのは……良い世を創るのはこのワシだ!」

「だまれッ!もう終わりだ家康!」


三成の攻撃は家康に致命傷を与え、
よろめく家康は倒れ込み、




この戦の勝者が


今、決まろうとしていた。






「私から秀吉様を奪い取った事を悔め!そして秀吉様に謝り尽くせ!」

「……三成、ワシを討った所で秀吉は戻ってはこないぞ」

「奪われた者の気持ちがお前には分かるものか!何も持たぬ者の気持ちなど!」

「!!……また同じ事を言われた、か」



ワシは「何も持ってない者のお気持ちが分からない」と黒装束の者に言われた。



ワシは分かっているつもりだったというのか、



「絆」さえあれば
「絆」を信じていればと。








「その首、私が削ぎ落としてやろう」

「……ッ、ワシはまだ死ぬわけにはいかん!」

「言いたい事はそれだけか!」


三成は刀の先を、家康の首に添えた。
家康は動けず、歯を食いしばり三成の目を何か言いたげに見つめていた。








西軍の勝利となるこの瞬間だったが



それを、良く思わぬ者がいた。









「キュイーン」

「……忠勝!」

「なッ!」


再び動き出した本多忠勝は最後の力を振り絞ったのか、持っていた槍を投げてきた。その大きな槍は真っ直ぐと三成の方に飛んできた。






「三成ッ!」

「刑部!!!?」




三成に向けて飛んできた本多忠勝の機巧槍は、三成を庇った大谷の腹に直撃した。





「……がッ!」



三成を庇った事で腹に槍を喰らった大谷は力無く、その場に横たわった。霞む視界に自分に駆け寄る三成の姿を僅かに捉えた。








「刑部!刑部ッ!!!!」


三成は横たわる大谷に寄り、腹に刺さる槍をすぐに抜いて必死に目を覚ませと叫んだ。しかしその声が大谷に届く事はなかった。




返事の無い大谷に、

三成は手を震わせた。


大谷の体を抱えた自分の手は、真っ赤に染まっていた。これだけの血を流したとなると、危険だというのがすぐに分かった。






「おい、刑部ッ!起きろ!貴様、私を庇って死ぬ気ではないだろうなッ!そんな事、私は許さんぞ!!さっさと起きろ!刑部!!」

「刑部……?三成を、庇ったのか」


家康の呟く声も三成には聞こえていなかった。三成が願うのは大谷に起きて欲しいという事のみ。







「起きろ刑部、起きろ…勝手に死ぬ事を私は許さないッ!!」

「……三成、刑部はもう息を」

「うるさい!!刑部ッ……刑部!刑部!刑部!!目を覚ませ刑部、頼む、刑部……私を一人にするな、起きてくれッ……刑部」





私を残して逝くなッ!!

勝手な事は許さないッ……!!




これからの世を
私一人で生きろというのか





誰が私の暴走を止める

誰が私と共に歩くというんだ






私はこれから……







「私はこれから何の為に生きればいい!答えろ刑部ッ!起きろ!!」






三成は、息絶えた大谷を抱きしめ

その場で必死に泣き叫んだ。

























「……大谷、様」




そこに黒装束の者が一人、
西軍の本拠地に辿り着き、

その様子を真っ直ぐと見ていた。









「貴様は……ッ」

「!!」


黒装束の者……葵は、横たわり血まみれで動かない大谷を見て、背筋が凍った。







何故、大谷様が倒れているのか。
何故、大谷様が血塗れているのか。
何故、大谷様は目を覚まさないのか。




何故、三成様が取り乱しているのか。





何故、何故、何故、何故、何故、
何故、何故、何故、何故、何故






何故ッ……




大谷様が





何故、大谷様が血塗れているの?







大谷様に

大谷様に……


何があったの……ですか




どうして目を覚まさないのですか





大谷様、ご命令を
私はここにいます、命令を下さい。
私はここにいます、私を見て下さい


まだ戦は終わっていませんよ
私は何をしたらいいですか?



ねぇ、大谷様


起きて下さい、
私を呼んで下さい。




いつものように、呼んで下さい。


すぐにお側に行きますから
私はいつでもお側にいますから









「大谷様……大谷様、何故ッ!!」

「触るな小娘!刑部はッ!」


力尽きた大谷を大事に抱え、泣き叫ぶ三成は大谷に触れようとする葵の手を強く払った。









「……忠勝、撤退するぞ」

「キュイーン」


鈍く動き出した本多忠勝は、負傷して動けない家康を持ち上げ、この場から立ち去ろうとしていた。





「待て家康ッ!私からまた大事な者を奪った罪、貴様の首を切り落とすまで許す事は出来ん!!!!」

「……。」


三成の問いかけには答えず、家康は本多忠勝によって空へといざ飛び立とうとしていた。





「家康ッ!!」

「三成様、徳川殿を追って下さいッ!」

「……何だと、しかし刑部がッ」

「大谷様はどうか私に、私にお任せ下さい……どうか私のお側に、お願い致します」

「小娘……お前、泣いているのか」





決して泣かないこの小娘が泣いている、


血を流しても、
蔑まれても、



決して泣かなかったコイツが……



涙を流していた。

刑部の死に、涙を。







この娘は、刑部の側にいつもいた。
……いつも、隣にいた。


刑部もこの娘を気に入っていた。
おそらくだが、そうじゃなければ世話係として側に置いておかないだろう。それにこの娘はいつも献身的に刑部に尽くしていた。






「小娘……刑部を、任せてもいいか」

「……はい」


涙を拭った三成が立ち去った徳川家康を追いかけたのを見届け、葵は大谷の頭を胸に抱き、涙を流した。大事な主の死に泣き叫びたい気持ちを、歯を食いしばってなんとか耐え、大谷の頬に手を置いて撫でた。





「大谷様……」


どうして、どうして、


どうして、こんな事に……








ああ、そうか分かりました


私が悪いんですよ、そうですね


だって大谷様をお守りすると言いながらも、私はすぐに大谷様のお側に戻って来なかった。大谷様のお側にいれば大谷様は死んでしまう事なんてなかったかもしれない。




大谷様、大谷様、大谷様、



ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい




私が悪いんですよね

私を、罵って下さい。




どうか私を責めて下さい。










「大谷様、どうか聞いて下さい、私の想いをどうか聞いて下さい」







「貴方はまだ、こんな所で死んではいけない方です、ここで尽きてはいけない方にございます」








「どうか三成様の隣にいてあげて下さい、あの方と共に生きて下さい。三成をどうか一人にしないであげて下さい。大谷様は死んではいけません、まだ死んではいけません、不幸になんかさせません、絶対に不幸にさせません」











ねぇ、大谷様。


どうか生きて下さい。


目を覚まして下さい。








「私の全てを貴方様に差し上げますから、どうか」







生きて、下さい。













さぁさぁ鬼さん


手の鳴る方へ




さぁさぁ鬼さん


私に力をちょうだい











葵の影より現れた真っ黒な霧は、燃え上がるように大きくなり、それは深い闇となり、葵と大谷の周りを纏い始めた。






「闇の力、どうかこの人に全部」






私はどうなっても構わないから


どうか大谷様に差し上げて下さい。






「……ッ!!」


その時、

もの凄く強い力で、葵の中の闇の力、及び体力や生命力が剥がれ落ちるように抜けていった。





呼吸が苦しい。
手足が千切れそう。
眩暈がする。
吐き気がする。
頭が痛い。







それでも


それでも……


大谷様が、



大谷様が生きるのなら




私などいらない。
この世に私は必要ない





いらない
いらない
いらない





守ると決めたんだ。


私のこの一生、大谷様に使えるなら



私などもういらない。




大谷様がいないこの世など


生きる意味など、もはや無い
生きる必要など、もはや無い


この世に私は必要ではない。
この世は私を必要とはしない。







さぁ、全部持って行ってしまって
残す事なくぜーんぶ吸い取って下さい






大谷様、どうか、




どうか生きて下さい。


















「何やってんだよ、葵ッ!」




左近さんの声が聞こえた。





「なんで刑部さんが、なんだよこれ、なんで血まみれなんだよ、三成様はどこに!?なぁ葵ッ!」

「……。」

「なんだよこの闇の霧、どけよ!俺もそっちに行かせてくれ!なぁ葵!この黒い手をどけてくれ!」

「来ないで下さい」

「……葵?」

「大谷様、大谷様」




さぁ、召し上がって下さい。

私を、たあんと召し上がって下さい







「おい……何やってんだよ、葵、なぁ……何が起こってんだよ、お前は何をしようとしているんだよ!」

「左近君、これは……!」


葵の闇の婆娑羅に気付いた半兵衛は西軍の本拠地に戻り、葵の様子を見て言葉が出なかった。




「半兵衛様!葵が、この真っ暗な霧なんスか!おい葵!この黒い手をどけろ!聞いてんのかッ!無視すんな!!」

「……。」

「葵ッ、君はまさか、大谷君を助けるつもりなのかい?」

「は!?助けるって何スか!葵は一体何をしようと!」

「もう一度、君のあの力を使えば次は助からない!今度こそ君が……葵やめるんだ!死ぬつもりなのかい!?」

「……。」





半兵衛様の声が聞こえた。


死んでしまう?



別にいいですよ


構わないです。








大谷様が助けるなら、


この命、もういらない







「葵!」


左近さん、
三成様をよろしくお願いします







「……葵!!」


半兵衛様、
左近さんと三成様をお願いします










「……大谷様」




いつでも葵は、


貴方様の為に尽くしとうございます











大谷様、


大谷様、


大谷様、




どうか、お元気で




























花びらが散るように命が尽き



静かに息を引き取った


一人の若き少女は、


主に寄り添うように倒れた


















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