どうして情けをかけたのかなんて自分ではよく分からないが、戦場に生き残した竜の右目を林道に置いて、松尾山を抜け西軍の本拠地へ向かった。
「……あれは、」
本拠地へと向かう途中、炎と雷が激しくぶつかっていた。足を止めてよく見ればそれは真田様と独眼竜殿だった。
蒼と紅が合戦上にてぶつかっていた。
どうやら独眼竜殿は西軍の本拠地へ向かう途中に真田様に出くわしたようだった。これは好機と思い独眼竜殿のお相手は真田様にお任せし、本拠地へと再び足を進めた。
「お、よお!葵!」
「左近さん?」
西軍本拠地のはるか下の方では左近隊を率いていた左近さんが私に話しかけた。
少し汚れている姿を見ると、ここで東軍との一戦があったようで。まだまだ分からぬこの戦、勝利の軍配はどちらの軍に上がるのでしょうか。大谷様がご無事であればいいのですが。
「姿がまるっきり見えなかったけど無事だっスか!って、顔に傷が!そういえばあの変な面はどうしたんだ?」
「え?……ああ、そういえば先程に受けた雷撃で割れてしまいました」
「雷撃?他に怪我はしてないっスか?」
「ええ、まだ戦えますよ」
「そういう事じゃなくて……まぁいいか、俺は三成様からここで待機していろって言われてるんだけど、葵は?」
「私は大谷様の元へ戻る途中です」
「ああ、刑部さんならさっき戻ってきてこの上の本拠地に向かって行ったッス、そうだ葵、兵糧が届いたんだけどおにぎり食う?」
はい、っと左近さんはおにぎりを私に渡してきた。周りを見れば疲れている兵士達もおにぎりを頬張って休んでいた。休んで回復する事も必要かもしれないが、今すぐ大谷様の元へ行きたい気持ちもある。
けどいつ終わるか分からない戦、今のうちに休んでおいた方がこの先良いかもしれない。ちょうど良い石の上に座って左近さんから頂いたおにぎりを口にした。
すると左近さんが隣に座って来て、私に話しかけた。
「葵はさー、この戦が終わったらしたい事ってある?」
「戦が終ったら、ですか」
この戦が終わったの後の事なんて
考えた事もなかった。
今はただ、
目の前の敵を倒す事、
任務を遂行させる事、
それだけしか頭にない。
「そうですねえ……では何がしたいか、この戦が終ったら考えようと思います、左近さんは何がしたいんですか?」
「三成様と一緒に統一した天下を大阪城から見下ろす!あー、ついでに刑部さんも一緒に」
「それは良いですね」
「んでさ、その、戦が終わったら葵と、その」
「?」
「あー、いややっぱり何でもない!俺も戦が終わったら言う!今は三成様の為に頭とこの有り余った力を使う!」
「では私は大谷様と三成様の為に力を使い尽しましょう」
「……葵はさ」
「はい」
急に真剣に表情になった左近さんが
私の方に向いてきた。
「葵は、その」
「はい」
「その、葵は刑部さんの事が……好きなんスか?」
「ええ、お慕いしておりますよ」
「え!?マジで!あっちゃー……弱ったな」
「?」
「やっぱり葵は刑部さんの事が好きだったのか、男として負けてられないな」
「男として?私は大谷様を男としてお慕いしているのですか?」
「え?いや、俺に聞かれても、葵はそうなんじゃないんスか?」
「……。」
男として……
男として?
慕う、
私は大谷様の事をお慕いしている。
大谷様の為ならば従いお守りする。
しかし、それは主様であって
一人の男としてではない。
「?」
「あれ?なに難しい顔してんの?」
「左近さん、私には男を慕うという事が分かりませぬ、私は大谷様の事をどう思っているのでしょう?」
「え……?」
「私は一人の男性として好きなのですか?それとも主様として好きなのですか?それとも、別の何かでしょうか?」
「俺、そういう話はあんまり得意じゃないッスからねぇ」
「こればっかりは学んで来なかったもので……殿方を好きなる時はどういう時なのでしょう?」
「うーん?いや、俺は男だからわっかんないなー……」
「私が知る女のあり方とは、情を決して殿方の前に出してはいけないというものでした」
幼少期より、禿(かむろ)として廓にいる姉様達の男性客の相手をする振る舞いを見て育ち、
これまでに私が見てきたものは、客の男を上手く転がし、例え客の男に惚れたとしても決して想いを繋げてはならぬという廓での女のあり方。
好いてはならぬ、
好いては女の価値が下がる。
情を見せれば男に飽きられてしまう。
だから男を好いてはならぬ。
客の男に見せる情事の表情は全て偽りとし、心を決して見せてはいけない。
心を見抜かれてはいけない。
「好きになるという感情は、どういうものなのでしょう」
「葵、じゃあ葵は刑部さんの事、好きじゃないのか?女としての情はあの人にはないんスか?」
「……。」
「俺はてっきり」
「分かりません、私には」
廓にいた姉様達のような生き方をしようと思うわけではないけれど、これまで見てきたものは、私の中からなかなか消えてくれなかった。育った環境がそうさせたのか、私には恋愛感情というものを理解する事が出来なかった。
ならば、大谷様の心は私を女として見てくれているかと問えばそれは無いと答えよう。
私を求める大谷様に情は無い。
あるのは身体の欲求を満たすのみ。
「けれど……私はこの先、嫁に行く予定もありませんので、恋愛感情を学ぶ必要はないかと思います」
「うへぇ、それはまた慶次さんが聞いたら落ち込みそうな事を」
「移り気の多い女の心も、殿方の心も、その二つを結ぶというのはどういう情が必要なのでしょうか」
「んー、じゃあこれも戦が終わったら考えようぜ!恋ってやつが何なのかをさ!そうだ慶次さんに教えて貰おう、あの人なら詳しく教えてくれそうだ」
「そう、ですね」
戦が終わったら、考えてみよう。
今は何も何も思いつかない。
私はただ、大谷様のお側にいよう。