52、東軍総大将・徳川家康













「きっと三成はワシを待っているだろう、しかし今はまだ動く時ではない、むやみに動かず、大将としてまずこの合戦の戦況をこの目で見なくてはならん」



東軍大将・徳川家康は本拠地にてむやみに動こうとはせず、自軍のみを戦場へと駆り出していた。空を見上げれば本多忠勝が島津と交戦をしている。徳川家康と本多忠勝の二人の信頼関係はきつく結ばれており、それこそが彼の言う「絆」というものであった。「絆」を大事にする徳川家康は今は敵となっている石田三成ともいつかは結ばれる事を信じている。




徳川家康という男はとても眩しく、天下泰平を目指すという決意をしつつも生まれる悲しみに対する罪と矛盾に苦しみながら、それらを全て背負う覚悟を固めていた。




そして「絆」の力で
天下統一を目指すことを決意した。








「ん?こちら側が少々押されているな、あの辺りに徳川の軍は配置していなかったのか?おかしいな……」


すぐに近くに待機していた兵に戦況を確認させると、既に軍の一部は壊滅状態にあると報告が来た。





「まさかこんなにも早く自軍が一つやられたというのか?一体どこの軍だ」

「報告致します!また一つ、自軍壊滅にございます!」


次に来た報告も良くはないものだった。徳川の兵は決して弱くはない、では何故こんなにも早く自軍がやられてしまうのか。




自身の目で確認する必要があった。








「ワシが出よう」

「大将自ら、にございますか!」

「このままではまた一つ軍が壊滅されてしまう、それをただ見ていろと言うのか、ワシが出陣しよう」


そう言い、徳川家康は本拠地より足を合戦上へと進めた。槍は持たず、武器は己の拳のみだった。






足を進めれば、そこには血を流し横たわる自軍の兵達が無惨にも転がっていた。刀で斬られたのか、目の前の地には血の雨が降った後のようだった。








「なんと酷い有様だ……」

西軍に手強い者が居たのか、それとも我が軍が策を誤ったのか、それとも





「許せん、戦での多少の犠牲は分かっていたはずだが、ワシが少しでも早く異変に気付き出陣していれば助かった命かもしれぬ」


無惨にも倒れた徳川の旗を拾い上げ、地面に突き刺した。まだここは自軍の拠点であると言うように旗を立てた。





「……家康様」

「!」


自分を呼ぶ兵の声が聞こえ、顔を上げれば血まみれの兵士がふらふらとこちらに歩いてきた。






「どうした!この有様はなんだ!?」

「黒い……者が、我が軍を」

「どういう事だ!西軍の軍がもう此処まで来たというのか!?忍びの奇襲にでも遭ったのか!?」

「分かりませぬッ、その何者達が現れ、我が軍は壊滅……に」

「おい!」


その兵士は家康にもたれかかるように倒れ、そのまま動かなくなった。






「くそッ!」


家康はその兵士を寝かせ、開いたままの目を閉じさせると、自軍の中を真っ直ぐと突っ切った。その歩みは次第に早くなっていった。



何か悪い予感がした。

早めに自分が動き、手を打たねば東軍に良くない事が起きると思った。






「ッ!」




己の本能が先に動いたのが先か、それとも別の何かが己の足を止めたのか、どちらかかと知る前に、




目の前の無残な光景を見れば、


そんな事どうでもよくなった。






「何だこれはッ」



己の目に映るそれは、
とても恐ろしく感じた。





「……。」

「グハッ……!!」



面をつけた黒装束の者が二人、徳川の兵を根絶やしにせんと動き斬りかかっていた。次々と兵は血に濡れ、動かなくなっていた。




一人は、舞の如く、
鮮やかに兵を斬り捨てて行き

一人は、恐ろしい闇を持ち
黒い手が兵士達を押さえ

躊躇なく兵を殺していた。







「やめろッ!!」

「おっと、こりゃあ驚いた、東軍の総大将がこんな所にいるとは」


黒装束に面をした者は家康に気付き、刀を背中の鞘に戻し、家康に向き合った。足元には徳川の息絶えた兵がごろりと転がっていた。






「お前らは西軍の者か!」

「さぁ?西軍の者かもしれないし、東軍の裏切り者かもしれないねぇ、さぁ大将さん私達はどっちでしょう?」

「ワシの軍をこれほどまでに殺めおって、お前らは敵だ、許さんッ!」

「おっと」


黒装束の者は、
ひょいっと家康の拳を避けた。





「相変わらず熱い男だねぇ、徳川家康」

「ワシを知っているのかッ!?」

「一度くらい手合わせをしたかったものだ」

「ならば今ここでワシと手合わせ願おうか」

「それもいい」

「隊長」



もう一人の黒装束の者が口を開いた。

その者の闇を纏ったような黒い手は、とても恐ろしく、妖の類かと家康は思った。




この者は闇に包まれている。
闇に染まってしまっている。
闇に取り憑かれてしまっていると。








「徳川には手を出すなとの命令でございましょう」

「分かってるよ、しかし残念だ」

「お前は、何だ?お前はとても恐ろしい闇を、闇の婆娑羅者か」

「……。」

「怖いものだな」


家康はそう言い、もう一人の黒装束の者の前に歩いて行き見下ろした。




「悲しい力だな、何故お前は影になる、何を背負う、何をそんなに多く抱えている、お前は何かを失ったのか、何故そう容易に兵達を傷付ける事が出来る?」

「……。」

「教えてくれないか」

「私は主に従うのみ」

「なんだと?」

「私は主様に従うのみにございます」

「答えになっていない、ならばお前の暗い影は」

「徳川殿にも暗い影がございましょう」

「!」

「私には徳川殿は人知れず孤独を抱え、怯えているように見え、暗い影が見えまする」

「ワシにも影だと?そんなものは!」

「背負っているものはとても重いでしょう」

「ワシは東軍大将、背負う覚悟は出来ている。影や闇などをありもしない!」

「ええ、私から見れば徳川殿はとても眩しい、眩しく……そして影が現れ、いつか影は闇へと変わりましょう」

「お前はワシの何を知っている!これもお前らの策か!ワシを此処におびき出して何を企む!」



家康はその手には乗らん!と
黒装束の者達に拳を構えた。

今ここでこの黒装束の者達を止めてしまおうか、しかしこの者達は東軍の味方かそれとも西軍の味方か……しかしこれ以上、自軍を減らされるわけにもいかない。


そう思い、

拳を黒装束の者に振りかざすも、二人共反撃するでもなく避けているのみだった。





「何故ワシと戦わない!?」

「悪いけど、アンタを討つのは我々ではない、石田三成殿だよ」

「三成だと!?ならばお前らは西軍の者達か!」

「さぁどうだろう」

「ならばこれは西軍の戦略と見た!大方、西軍の智将・大谷刑部の企みか!何故奴は三成と共にいる!?奴はこの戦に何の為に参加するんだ!ワシへの復讐でも三成との「絆」でもない、刑部は何も無い!」

「ひとつよろしいですか徳川殿」

「なんだッ!」

「徳川殿の元には幸福しかないのですね、なんとも悲しいお方」

「幸福を追い求め何が悪い!良い世する為に「絆」を求めるワシのどこが悲しいと言うんだ!」

「いいえ、何も持ってない者のお気持ちも分からぬお方にございます」

「ワシは「絆」を持つ者こそこの世に必要だと」

「実に奔放な方ですね」


黒装束の者はそう言い、もう一人の黒装束の者と顔を見合わせた。どうやらこの場から立ち去ろうとしているようだった




「待て!三成は、三成はワシを……」


そう言い切る前に、黒装束は颯爽とこの場から消え去ってしまった。その場に残るのは自軍の無惨な死体だけだった。

















「葵、」

「はい」

「徳川に手を出してはいけないよ」

「手は出しておりません、私は口を出したまでにございます」

「いやそういうわけではなく」

「隊長」

「なんだい」

「私は、徳川殿が苦手です」

「まぁあの人は陽気で明るい」

「そういうのではなく」

「ん?」

「あの人の光は苦手です。私の闇を全て消し去ってしまうような、私はあの方とは戦いたくありません」

「ほう、葵が弱気とはまた珍しい」

「……。」



私にも弱気になる事くらいあります。
私にも苦手な事くらいあります。


あの光は苦手です。



大谷様を悪く言う徳川殿は嫌いです。



大谷様と三成様の間に何も無いと言う徳川殿は好きにはなれません。







「葵」

「はい」

「大谷様が西軍に進軍した独眼竜を討ちに向かった、お前はそっちに向かえ」

「かしこまりました」


場所を聞き、
すぐに大谷様の元へと急いだ。




私が戦うのは、
主様をお守りする為にございます。





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