関ヶ原では西軍と東軍が睨み合い、
お互いの軍が出陣し、戦場には多くの雄叫びと悲痛な叫びが響いた。合戦場には血が流れ、息絶えた兵士がごろりと転がっていた。
この戦が終わった頃に、
立っているのはどちらの大将か、
この世の未来はどうなるのか、
誰も分からぬこの先、
「この先の世を生き残った者で正してゆくぞ!打倒徳川ッ!もうすぐ家康の血の雨を降らせてやる!」
「しかし徳川よ、反包囲の中央に陣取るとは剛気なのか惚けておるのか」
「逃げも隠れもしないという決意の表れでござる」
「自身の身は潔白だと言うつもりのか、ならばその意を緋色に変えてくれる!」
「待て三成、数においては西が圧倒的有利よ」
大谷は豊臣軍と徳川軍が争う様子を見下ろしながら三成に言った。
「何故貴様は西軍が有利と分かるのだ刑部」
「ヒヒッ、われの駒達が各地に配置されておる、われの望む情報は至る所から舞い込んでくるのだ三成よ、ほおれ影はどこにでもあろう」
「そうか、貴様は半兵衛様の隊を率いて……それは助かる、引き続き東軍を見張らせろ」
「あいあい」
「なんと!大谷殿は他にも自軍を隠し持っておるというのでござるか!ならば真田忍び隊も是非お力を貸しましょうぞ!」
「否、ぬしの忍び隊は目立ち過ぎる」
「し、しかし真田忍び隊は優秀な忍び隊!ならば大谷殿の軍というのはそれほど有能と申されるのかッ」
「そう責め立てるな若虎よ、われの従う部隊は影よ影、存在すら表沙汰になってはならぬ」
「ぬ?」
真田幸村は、こてんと首を傾げた。
「えーっと……あのね旦那、表沙汰になっちゃいけないって事は西軍にも東軍にも知られちゃあ困るって事だよ、要は密偵だね」
「……密偵、でござったか、ならば騒ぎ立ててはならぬな、失礼致した大谷殿」
「影には気をつけよ」
「大谷殿、なんと?」
「影はどこにでもおる、踏んではならぬ、踏めばその身を影に飲み込まれてしまうぞ」
「某の想いは決して揺らいだりはせぬ!この世の正しさを石田殿に賭けたのでござる」
真田は大谷の忠告に、
燃えるような熱い気持ちで答えた。
「そうよなァ、ぬしに背を預けて戦えるならば、心強き事この上ない」
「大谷殿!お、お褒めに預かり光栄にござる!是非この某の力を期待して下され!」
「まぁ俺様もおたくらと仲良くしときたいかな。ああ勿論、本心だよ?でもうちの大将をあんまり甘やかさないでよね、どっかの誰かさんとこの娘さんみたいに旦那の兵法の勉強合間に団子を与えたりさ……」
「ヒヒッ、われはそのような娘は知らぬ」
「ふーん?じゃあその娘さんを甲斐に連れて行っちゃおうかな、是非あの子を甲斐で忍びとして育ててみたいんだよねぇ」
「……。」
「全く素直じゃないねぇ大谷さん、たまには本音を言ってくれないと胡散臭く見られちゃうよ?」
「そう尖るな、われはぬしとも仲良くしたい」
「……って言うわりには大谷さんの本心がまるで見えないねぇ、仮面かぶってるみたいでさ、いつ俺様達に本当の顔を見せてくれんのかな?」
「さてなァ」
その時、兵の騒ぐ声がし本拠地に居た者達は何事かと、ふと上を見上げると
「あれはッ!」
真田幸村が見上げた空には戦国最強と言われた武将、本多忠勝がこちらに向かって来ていた。先手を打ってきたのは徳川家康の方だった。
「あららー、敵さんの方からわざわざ来ちゃったみたいだね、凶王さんこっちからは誰があれの相手すんの?」
佐助は空を見上げたまま、
大将・石田三成へ次の戦況を煽った。
「刑部ッ!」
「あいあい、島津に狼煙をあげ、本多忠勝迎撃の命を伝えよ!」
「え、鬼島津が出るの?」
「忠勝どん!勝負じゃあ!!」
声がし、すぐに空を見上げれば
こちらの陣地に向かってきた本多忠勝の相手をするように大剣を振るう鬼島津の姿があった。
「あらら、もう張り切って行っちゃったよあの人……相変わらず元気だなぁ、あの爺さん」
「おおお!!流石にございまする島津殿!あの本多忠勝殿と対峙なさるとは!」
「この機に制圧するぞ!刑部!」
「全軍に突撃の狼煙をあげよ!」
大谷の指示に、
西軍の全軍が動き出した。
「ならば某も動くでござる、佐助!」
「はいはいっと!」
赤き軍、武田の大将も戦場へと駆けて行った。それに続くように真田忍び隊も動いた。
「刑部、戦況はッ!」
「なんと、独眼竜がこの本拠地に向こうておると、あちらもいよいよ動き出したようだぞ三成よ」
大谷の後ろには、黒装束に面をした者が膝をついて頭を下げていた。
「……。」
三成がその黒装束の者に目を向けると、ドロンと消えてしまった。
「おい、刑部……今のが裏で動いている者なのか?」
「多くの情報を得るも戦略のひとつよ、われの駒達が影となり働いておる、戦況を知れば手が早く打てるであろう」
「頼りにしているぞ刑部」
「さて、われは独眼竜を止めに向かうがぬしはどうする」
「無論、ここで家康を向かえ討つ!必ず奴は私に会いに此処に来るだろう、奴が来ずとも私が討ちに行く!」
「ぬしは西軍の大将よ、時が来るまで本拠地(ここ)を動くでない」
「ならば刑部ッ、独眼竜を討ったのちに私の元にすぐに戻ってこい、参謀が本拠地に居なくては困る!」
「あい、わかった」
では参るとするか、と大谷は輿を操り、本拠地より東軍へと進軍した。
「刑部殿、独眼竜と竜の右目は北の林道より西軍本拠地に向かっております、目的は西軍大将の首かと」
「……ほう、真っ直ぐに三成を狙うとは、三成の邪魔は誰にもさせぬ」
黒装束の者の報告に大谷は呟き、
「部隊の者全員への命令よ、東軍の兵を多く殺(あや)めよと伝えよ、そして未だ姿を見せぬ徳川を誘い出せ」
なんとも残酷な命令を
大谷は黒装束の者に下した。
「徳川を討つのは三成よ、ならばわれはそうなるように手引きするまで、手段は問わぬ、ぬしらは好きに徳川の兵を減らしてゆけ」
「御意」
大谷の「殺せ」という命令に、黒装束の者は疑問も持たず、頷き了承した。
「あァ、それと」
「はッ」
「小早川には目を離すでないぞ、あれは我ら西軍を裏切るかもしれぬ、その時は容赦無く斬り捨てて構わぬ」
「御意」
黒装束の者は、己の部隊に大谷からの命令を拡散させる為、どろんと消えた。
「さァて」
裏では自分の思い通りに駒達が動く、
それは三成の為か
それともこの先にある世を見る為か
朽ちろ
果てよ
血を流せ
不幸よ散り散りにこの世に降り注げ
「チッ……星め、眩しく輝きおって」
あれまでもがわれの姿を蔑むというのか、星は全て等しく輝くというのに、われだけはこの身体で生きなければならぬというのか、不公平ではないか。
不公平、実に不公平よ。
何故、われだけが不幸にならねばならぬのか、何故われだけが蔑まれるのか。人は等しくなければならぬ。
さぁ不幸を撒き散らそうぞ
さぁ悪夢を見せようぞ
もうすぐ
もうすぐやってこよう
全て等しく嘆き苦しむ負平の世が