「……なぁ、葵」
「何でしょう、左近さん」
決戦の地、関ヶ原へと向かう西軍に交じって、私達は共に歩みを進めていた。
歩みと言っても、左近さんは馬に
私は影に乗って移動している。
「今更だけど……葵、やっぱり戦いに行くんだよな、大阪城に残らないんだな」
「本当に今更ですね」
私の格好を見て、左近さんは難しい顔をしていた。黒装束と白い面、私も大谷様の率いる部隊の一人として関ヶ原の合戦に参加する。
これも主様をお守りする為。
「まぁ結局はさ、どっかで俺が嫌だって言っても葵は意地でも戦いに行くと思ってた。」
「そうですか、」
「けどやっぱり腑に落ちない、好いた女を戦場に出すのは俺の何かが許さない、だいたい何で刑部さんも葵が戦いに出る許可なんか……」
「……。」
「左近君、僕が大谷君に葵を戦に出す事を勧めたんだよ」
「半兵衛様!?」
馬に乗った半兵衛様が私達に寄って来た。ついでに会話も聞かれていたらしい。
「君の思う通り、大谷君は最後まで葵を戦に参加させる事を渋っていたよ」
「でも刑部さんは許したんスよね」
「現に葵がここにいるからそういう事だね」
「……そっスね」
左近さんは不安そうに、私の方を見た。やはりどこか私の心配をしているようだった。
そういえば左近さんは私と始めて出会った時も私の事を心配してくれた気がします。確かあの時は京の伏見城へ向かう馬の上、揺れる馬の上で落ちないようにと私を支えてくれていた。
あの日以来、私は左近さんと仲良くなった。歳が近いという事もあったし、主に尽くす想いもどこか似てるいる節があった。城内では度々顔を合わせる事もあったし、たまに私の仕事の手伝いをしてくれたりもした。
嫁に来て欲しいと言われた時は流石に驚きましたけど、巫女様との鬼ごっこの時も助けて頂いて、お世話になりっぱなしです。
「左近さん」
「ん?」
「私と、仲良くしてくれてありがとうございます」
「な、なんだよ急にッ」
「私の今のお気持ちを言葉にしたまでにございます」
「あーもう!こっちこそ、いつも俺と仲良くしてくれてありがとな。それにしても葵って相変わらず堅っ苦しい喋り方ッスね、友達ならもっと気軽に話して欲しいもんだけどな」
「……努力します」
「おう、でもまぁ葵がいくら婆娑羅者だからって言っても無理はすんなよ、三成様が東軍大将を討つまで絶対にやられんなよ!」
「はい、約束しましょう」
「……。」
「左近さん?」
何やらまだ難しい顔をしているご様子。一体何がまだ彼の中で腑に落ちないのでしょう。
「あのさ、なんつーか」
「?」
「葵の婆娑羅……っていうか、その黒い手、っていうの、ちょっと……その」
「まさか左近さん、この黒い手が怖いのですか?」
「怖くないやいッ!」
「……。」
私の中の悪戯心がくすぐられ、黒い手をゆっくりと左近さんの方に近付けた。
「うわっ、ちょ!」
「……左近さん」
「……左近君、君まさか葵の闇が怖いのかい?」
「怖くなんかないッス!そういう半兵衛様は怖くないんスか!?」
「僕は婆娑羅は闇だよ、僕と葵の力はよく似ている。葵の闇の力のどこが怖いというんだい」
「……そうッスね」
青い顔のまま、
左近さんはそう答えていた。
「葵」
「!……隊長」
どこから現れたのか、同じ面を付けた暗躍部隊の隊長が隣に居て、私の名を呼んだ。
「我々には別の任務が下された、別の道を行くよ、我々の部隊が表に出ては意味を成さん」
「はい」
左近さんと半兵衛様に挨拶をし、隊長と共にその場から消え、任務へと向かった。
「東軍に忍びこみ、勢力を調べに行く。いわば密偵だよ」
隊長が仰った任務は、
なかなかの難易度の任務だった。
「……東軍を探れと?」
「刑部殿は何とまぁ、大胆な任務を寄越してくる、我々を信用しているのかそれとも捨て駒としているのか」
「あら、大谷様を疑うのですか?」
「……いや、こんな時だ、情報が多い方が戦に有利、西軍の為とあらば刑部殿の考えそうな事だねぇ」
「見つめる先は、西軍の勝利でしょうか」
「おや?刑部殿はそうは思っていないと言うのかい?刑部殿も西軍勝利の為に動いているのだろう?」
「……大谷様はどなたが天下を取られようと興味がないように思われます」
三成様は徳川を討つ未来を。
左近さんと半兵衛様は、三成様が豊臣を継ぎ日ノ本を統べる未来を。
真田様は西軍の勝利する未来を
毛利殿は安芸安泰の未来を
ならば大谷様が見つめる未来とは
「……等しき不幸をこの世に」
「ん?何か言ったかい?」
「いいえ、急いで向かいましょう」
「葵、我々は影だ、影は影らしく、光に隠れて行動しろ」
「はい」
「過去を振り返ってはならぬ、未来を夢見る事はならぬ、我々に許されているのは任務遂行のみ。我々が支えるのは"主"のみ。これを忘れてはいけないよ」
「私のここはいつでも大谷様でいっぱいにございます」
私はトンッと胸に拳を当てた。
私が従うのはただ一人。
東軍の大将でも西軍の大将でもない。
大谷様、ただ一人のみ。
「葵」
「はい」
「もし刑部殿が徳川に寝返ったら、葵はどうする?」
「まずあり得ない例え話ですが、そうですねぇ」
「徳川に付くかい?」
「私は大谷様の後ろに付きます」
「……それは」
「徳川ではありませんよ?私はいかなる時にも大谷様に従います、ああでも結局は徳川に付く事になりますね」
「刑部殿がどうか徳川に寝返りませんように」
「隊長……あまりそう言う事は口しない方が、もし三成様が聞いていたら斬りかかってきますよ」
「それは怖いなぁ」
「ええ……ん?」
目的の拠点へと向かう途中、同じ面をした者達が同じように走っていた。
戦場の至る所に散っていた黒装束の仲間達が目的地に集まりつつあった。
「……さてと、我々には我々の戦い方を行うとするか」
「はい」
「葵は刑部殿が心配かい?」
「はい、今すぐ主の元へ走りだしたい程に」
「そうか、なら情報を集めたらすぐに向かえばいい、刑部殿のお近くでお守りしたいんだろう?」
「宜しいのですか?私は今は大谷様の世話係ではなく部隊の……」
「構わないよ、刑部殿をお守りするのも我々の務めでもある」
「わかりました」
すぐに、本拠地で指揮をとっている大谷様の側に行き、お守りしなくては。
まもなく、西軍と東軍が鉢会う。
そして争いが始まってしまう。
見えて来たのは、
黄色い旗。
徳川軍だった。