5、ちくちくする胸の痛みは
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遠い遠い、昔の記憶




「葵! はやく!」

「まってよ、はじめちゃん! とおる!」


葵と俺は、小学生の低学年くらいの時から一緒にいた。最初は及川とダチになって、その後に葵と出会って、それからずっと一緒に遊んでいた。





葵は小さい時、

凄く泣き虫だったと思う。







「あー!葵がまた泣いてる!」

「だって、あそこに犬が、ほえるんだもん」

「大丈夫だって! ほら手ぇかして!」

「はじめ、ちゃん?」

「ほら一緒に行こう!怖くないでしょ?」

「うん、はじめちゃんが一緒なら」




葵は俺の手をぎゅっと握って、そう言った。





葵にとって難関な近所の犬を超えても、葵は俺の手をぎゅうっと握ったまま離さなかった。






「葵?」

「あ、あのね、はじめちゃん」

「うん、どうした?」

「わたし、泣いばっかで、ごめんね」

「ううん、怖かったら泣くのは当たり前だし気にすんな! 」

「わたし、もう泣かないようにする」

「お?」

「はじめちゃんに、助けられてばっかりじゃ……」

「なーに言ってんだ?」




俺は葵の頭を撫でた。


この時から髪が長かったんだな。初めて葵を見た時はお人形さんみたいだと思った。







「俺は別にいやじゃねーよ、葵の事を助けるの」

「ほんと?」

「ぜんっぜん! 俺がいつでもどこでもずっと葵を助けてやる、俺はすっげー強いからな! 任せておけって!」

「え」

「ん?」

「……ずっと?」

「ああ、ずっと! 約束だ!」

「……約束」



葵の顔を覗いてみると、嬉しそうに笑っていた。





その笑顔が、俺は好きだった。





















「そういえばよぉ、昔の葵って泣き虫だったよな」


移動教室で次の教室に向かっている途中、ボソっと隣にいた及川に言った。





「うん、小さい時はそうだったねぇ、今は全然泣かないけど。なんていうかクールビューティー!」

「それ自分の妹に言うか普通」

「いいじゃない。でもどうしたの突然?」

「別に、ふと思い出しただけだ」

「昔は葵と岩ちゃんずっと一緒にいたよねぇ。懐かしいなぁ」



今はあんまり一緒に居ないみたいな言い方をした及川に、俺は少し視線を下に向けた。





「(ずっと一緒に、いたんだけどな)」










****








「お? やっぱり葵はここにいた」

「茜?」


放課後、写真部の部室でOBが作った写真集を見ていると、茜が部室に入ってきた。うちの部活は基本的には自由参加、自由行動なので、滅多に部員は部室に顔を出さない。

けど学祭が近付いているからか、最近はちらほら部員が顔を出し始めた。


と言っても写真部の部員は全部で5人しかいないので、ほとんど私か茜が部室を独占している状態だ。








「今日、委員会あるから部活には来ないんじゃなかったの?」

「そう思ったんだけど、葵なら絶対ここにいると思って、せっかくだから一番に伝えておこうと思ってね」

「?」

「学祭の作品テーマ、決まったよ」

「随分ギリギリだね」



あと3週間でいい写真が撮れるだろうか。


そろそろクラスの出し物も決まって、準備期間にも入ってくるだろうし、受験生には忙しい毎日になりそうだ。






「それで? 作品テーマは?」

「部活」

「部活?」

「そ、私達3年でそろそろ引退でしょ?他の3年もそろそろ引退の時期だし。思い出をいっぱい撮ろうかと思って。こうなりゃ全部活動の写真を撮りまくるわよ、良い写真があれば卒アルに載せてくれるって顧問も言ってくれたしね」

「うん、いいね」


良い写真が撮れそうだ。






「あ、そういやさっき此処に来る途中で及川徹に話しかけられたわ」

「徹に?」

「葵の事を探してるみたいだったよ、岩泉と一緒に」

「……なんで?」

「さぁ、なんか面倒だったから知らないって言ってきちゃった」

「んーっと、今日なんかあったかな」



ふとカレンダーを見て「あ」と思った。





「今日、バレー部の練習が休みだ」

「休み?あぁそういえば今日は体育館の設備の点検が入るんだっけ。部活が休みねぇ……それで二人は葵を探していたの?」

「うーん、何かあったのかな」


思い当たる事がひとつもない。
一体二人は私に何の用なのか……









「葵!」



バンッ!!と、いきなり大きな音をたてて、部室のドアが勢いよく開いた。




「「!?」」


部室にいた二人は驚いて、いきなり開いたドアを振り向いた。



そこには息を切らした徹がいた。






「あ! 葵いた!!」

「徹? どうしたの?」



必死な顔の徹に、何事かと近付いた。






「いきなり開けてんじゃねーよクソ及川! 迷惑だろうが!」

「あだっ!!」

「!」


後ろから徹の頭をぺしーんと叩いたのは岩泉君だった。突然の事に何がなんだか分からず、きょとんとしてしまった。






「い、岩泉君?」

「よ、よお、葵」


「あ!」



突然、及川が部室内を指を差して声を出した。




「ん?」

「さっき廊下で会った葵の友達!……えーっと名前なんだっけ?まぁいいや、葵の居場所知らないとか言ってたのにやっぱり知ってたんじゃん!」

「相原だよ、及川君。さっきはごめんねぇ、ところで二人は葵に何か用?」

「今日部活休みだから、一緒に帰ろうと思ってさ、葵に電話しても全然出ないんだもん」

「電話?」



携帯を見ると、着信が15件入っていた。いやいや、かけ過ぎでしょ徹。


あ、でもその内2件は岩泉君だ。






「ごめん、気付かなかった」

「いいよー、電話出ないから葵に何かあったのかと思って焦ってただけだから」

「ったく、いきなり慌て出すから何かと思ったぞ」

「ごめんねぇ、岩ちゃん」

「えっと、あ、ありがとう」




ため息をついていた岩泉君にそう言うと、凄く驚いた顔をしていた。






「葵」

「なーに、茜?」

「たまにはその過保護な兄ちゃんと一緒に帰ってあげたら?部室の鍵なら私が閉めておくし」

「ごめん、ありがとう」

「いいよ、でも明日は私に回してよね? 過保護なお兄ちゃん」

「仕方ないなー。じゃあ葵、行こう」

「あ、茜……また明日!」

「はいはーい、またね」


茜に手を振って、ずっとへらへら笑顔の徹と、不機嫌そうな岩泉君と一緒に部室を出た。








「いやぁ、葵の身に何事もなくて良かったよー」

「心配かけてごめんね徹」

「ったく、少しは冷静に考えろよ及川」

「あの、電話に出れなくてごめんね」


岩泉君にそう言うと
「気にすんな」と言ってくれた。






「そーだ、岩ちゃん今日うちおいでよ! この間言ってたDVD見よう」

「あー、あれな」

「葵も一緒に見よう?」

「え」



えっと、岩泉君がうちに来るのは昔からよくある事だったし、特に変わった事じゃないんだけど。

緊張してちゃんと話せないのに、岩泉君に嫌な思いをさせないだろうか。



そう思うと、
胸がギュッと痛くなった。







「ごめん、私はいいや、やる事あるから」

「……。」

「そっかー、分かったよ」



徹は何も気にする事なくそう言った。
きっと特に疑いもせずに。








(ああ……胸が、痛い)


ちくちくする胸の痛みは

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