20、帰り道に思い浮かぶのは君の笑顔───────----‐‐‐ ‐
「久しぶり、茜」
「おはよー、葵……」
風邪をひいて学校を休んでいた茜が3日ぶりに学校に来た。
「おはよう、ちなみに今はお昼休みだけどね」
「起きたらお昼だった。」
「休んでも良かったんじゃない?」
「……家に居ても退屈なのよ」
マスクをしている彼女は、まだ体調が良くないのか席に座ってもダウンしていた。
「茜、今日の部活はどうする?」
「……行く」
「大丈夫?」
「……大丈夫」
大丈夫だと言ったら聞かないのは中学の時から知っている。特に彼女に何も言わず、放課後には二人で写真部の部室に向かった。
「……だるい」
「部室で少し寝たら?」
「葵は?」
「私は写真集でも見てるよ」
「……わかった」
写真部の部室前に来て、持っている合鍵で開けようとすると、部室の扉の鍵が開いている事に気がついた。
「(あれ? 開いてる?)」
顧問の先生が来ているんだろうか?
と、静かに部室の扉を開いた。
「!」
写真部室に入ると、風に揺られている黒髪と大きな背中が見えた。
「(……誰?)」
「ん?」
部室のパイプ椅子に座っていたその人は、部室に入ってきた私達に気付いて振り向いた。そして黒髪の男の人は、椅子から立ち上がって扉の前で立ち止まっていた私達に近付いてきた。
「あ! 君らが一年の女の子達? 新入部員だよね? 先生から聞いてるよ」
「!」
もしかしてこの人が、先生の言っていた写真部の2年生の「千堂先輩」?
「ん? 写真部の先輩?」
「男の人だったんだね……」
「え、写真部の先輩って委員長タイプで眼鏡で美少女じゃなかったの?」
「……茜」
茜の希望は見事に外れ、女性だと思っていた先輩は男性だった。しかも黒髪・長身・イケメン。世の中の女子だったら目を輝かせるようなルックスだった。イケメンと言っても徹のようなイケメンではない。
徹はプリンス系で
この人はナイト系って感じだ。
……なんか大きく見えるし。
「ようこそ写真部へ、可愛い女の子が二人も入ってきてくれて嬉しいよ、うちの部はほとんど幽霊部員だから」
にっこりと笑って、先輩は言った。
「及川葵です」
「……相原茜です」
「千堂アキラ、2年ね。二人が部室の掃除をしてくれたんだよね? ありがとう、凄く綺麗になってて驚いた」
「いえ、」
「埃っぽかったんで掃除しました」
「男1人だとなかなかね、先生も滅多に来ないし」
千堂先輩は「座ったら?」と言って、座っていた椅子に戻って行った。窓が開いているので、春の心地良い風が私の髪を揺らした。
「(この子……!)」
千堂は一瞬目を少し見開いたが、
またにっこりとした顔に戻った。
「じゃあ、まずはお互いの事を簡単に紹介しよーか? 好きな食べ物とかそんな感じ」
「先輩は身長何センチですか?」
マスクを少し外した茜は、ダルそうに椅子に座って先輩に聞いていた。
「茜、なんで身長なの?」
「え? 気になったから」
「面白いねー君、俺の身長は185センチだよ」
「「でかっ!」」
「……なんか傷付くなぁ」
先輩は、はは……と小さく笑っていた。
「(徹より大きいんだ)」
でも花巻君も岩泉君も背が高いし、
私の周りって高身長ばっかりだなぁ。
「次は俺から質問!」
「158センチです」
「165センチです」
「いや! 身長じゃないよ!!」
先輩は私達の回答に焦っていたが、すぐに笑っていた。
「えーと、じゃあ彼氏いる?」
「いないです」
「いる」
え。
「茜、彼氏いたの?」
「いや、葵にそろそろ言おうとは思ってたんだよ。でもなんか恥ずかしくて、実は他校の男子生徒に告白されて先週から付き合ってる」
雨の日に傘を忘れて、
ずぶ濡れになった茜に
タオルと傘を押し付けて来て、
好きですと言ってきた、らしい。
「なにそれ、かっこいい」
「いやー、アレは惚れたね」
「イイ男だね、その男。いいなぁ青春。俺なんか彼女と別れたばっかだし……はぁ」
「「どんまい」」
「君達、さっぱりした性格でいいねぇ好きになりそう」
「「……。」」引
「引かないで!! 泣きそうになるからっ!」
半泣きの先輩から目線を外し、
本棚にある写真集を手に取った。
「先輩、ここにある写真集って」
「ああ、OBが置いてったやつだから好きに見ていーよ」
「はい」
私は本棚に並べられている写真集を手にして、めくり始めた。隣に座っている茜はマスクを戻して、腕を枕にして寝始めたようだ。多分まだ熱が下がってないんだと思う。
目の前の先輩も、なにか本を読んでいるようだ。
静かな時間が、部室に流れた。
****
基本的に俺はあまり驚かない、
というか、あまり他人に興味が湧かない。告白されてとりあえず付き合ったけど、結局上手くいかなくて別れてしまった、とかいつもの事だ。気にしてない。
けど、そんな俺が
目が離せなかった女子生徒がいた。
「(しかし、すっげぇ可愛いなこの子)」
及川葵。
どこかで聞いた事ある名前だなと思ったら、あれだ、今女子生徒が騒いでいる及川徹の双子の妹だ。高校入学わずかで有名になった兄妹。
兄貴の方は何度か見たことがある。
甘いルックスに女の子に接する柔らかい表情、ああこれは女子人気でるなぁと素直に思った。
だから、どーせ妹の方も似たようなもんだろうと思った。
思ってたけど、
全然違った。
兄のようなへらへらとムカつく笑顔もなく、無気力な表情に綺麗な顔、風に揺られる髪に、俺は目が離せなかった。
……今時、こんな子もいるんだな。
写真集をめくっている手も、
ゆっくり瞬きをする大きな瞳に、
髪をかきあげて見えた耳に
……儚げに見える表情に
全てに、惹かれた。
「ねぇ、」
「はい?」
しばらくして、先輩が私に話しかけてきた。
「なんですか?」
「及川さん、俺と付き合わない?」
「はい?」
「どう?」
「……どうって」
何がですか?
「いやあ、及川さんと付き合ったら楽しそうだと思って」
「あの、私と先輩って今日会ったばかりじゃないですか」
「そうだね」
「なのに付き合うというのは」
「だよね、普通はそうなるよね。俺って結構チャラいのかも」
「あの、私は、先輩とは」
「うん、分かってる。ちょっと言ってみただけだから気にしないで?」
「はい……」
ちょっと言ってみただけって、どういう事なんだろう?この先輩、もしかして凄くチャラい?こんなにチャラい人、私の周りにはいないから、どうしていいのか分かんない。
冗談なのか本気なのか。
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ部室締めようか」
「はい」
時計を見ればもうすぐ18時半だった。
時間って経つの早いな。
隣で寝ている茜の肩を揺さぶって起こすと、「……だるい」と言って起きてくれた。
「2人、帰りはバス?」
「バスでーす……」
「歩きです」
先輩が部室の鍵を閉めるのを待ち、私達は先輩と一緒に廊下を歩いた。生徒玄関に着くと先輩は、「あ」と思い出したかのように口を開いた。
「及川さん家まで送るよ」
「え?」
「外は暗いし、ね?」
「私は」
先輩に言おうとすると、私のスマホが震えた。
「葵、電話鳴ってる」
「え、あ、うん」
茜に言われて、震えるスマホを制服のジャケットのポケットから取り出して、電話に出た。
「……も、もしもし?」
【葵、今ってまだ学校か?】
「(岩泉君?)うん、今から学校出るけど」
【じゃあ前で待っててくれ、送る】
「分かった、待ってる」
岩泉君からの電話を切って、先輩の顔を見た。
「あの、すみません、今日は友人と一緒に帰る事になったので」
「残念、でも女の子同士でも夜道は危ないからやっぱり送るよ?」
「え……あの、女の子じゃ」
どうしよう、一緒に帰るのは女の子じゃないんだけど。
「……お?」
相変わらず風邪が辛いのかダルそうな茜は、くいくいっと私の制服を軽く引っ張った。
「茜?」
「来てるよ」
「え?」
茜に言われて視線を向けると、
「葵っ」
「岩泉君?」
生徒玄関には岩泉君の姿があった。そして先に待っていたらしい岩泉君は私を見つけて名前を呼んだ。
「じゃあ茜、また明日」
「うん、また明日ね」
茜が弱々しく手を軽く振った。
「すみません先輩、失礼します」
「ああ、またね及川さん」
千堂は走り去って行く葵の背中をじっと見つめていた。
「……千堂先輩」
「(ビクッ!)」
「私は、葵と中学の時からずっと親友やってますけど。葵は難易度高いですよ?」
「はは、もしかしてさっき起きて聞いてたの?」
「眠りは浅い方なんです」
「そっか」
「なんでまた葵なんですか?」
「うーん、何でだろうね? 俺さ、実は今まで手に入らないもんとか無かったんだよね」
「何ですかいきなり、自慢ですか」
「手に入らない程、手に入れたくなるものってあるよね」
「……葵はあげませんよ」
「厳しいなぁ」
ていうかさ、
さっきの男って誰?
青城バレー部のジャージ着てたからバレー部の奴なんだろーけど、なんか俺とは違うタイプの奴。
「(こっち睨んでくるとか、敵意丸出しじゃん)」
あーもう、早く及川さんと会いたいな
「あ、送ろうか? 相原さん」
「私バスなんでいいです」
「……そうだったね」
****
「……。」
「岩泉君?」
何故か隣を歩く岩泉君がずっと黙ったままです。この沈黙をどうしたらいいですか。
どうしよう。
というかなんで沈黙?
「岩いず、」
「なぁ葵」
「は、はい」
「さっき一緒にいた男って誰だ? 知り合いか?」
「さっきの? あ、写真部の先輩の事?」
「先輩? でけぇ奴だな」
「185センチだって」
「……でけぇな」
「ねぇ岩泉君、なんか怒ってる?」
「俺? なんで?」
「なんとなく、私の勘違いかもしれないけど」
「怒ってねぇよ」
「そっか、ならいいけど」
「……。」
「(葵の隣にいるのが、ずっと俺だって、なんとなく安心してたんだ)」
けど、隣なんて、すぐに奪われてしまうんだろうな。
「(……んな事を思ってたなんて、絶対に葵に言わねえけどな)」
そう考えているうちに、葵の家の前に着いた。
「岩泉君、送ってくれてありがとう」
「夜更かしすんなよ」
「お母さんみたい」
「あ"?」
「冗談だよ」
ニヤニヤ笑った葵を見て、俺の中の何かが、このまま葵を離したくないと思った。遠くに行かないように、二人の距離が離れてしまわないように、腕の中に抱きとめたいと思ってしまった。
「(と、思ったけど。俺だって理性はある)」
自宅に一人で帰りながら、
そう思った。
帰り道に思い浮かぶのは君の笑顔
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