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***


体育館に着くと、当然ながら集会は既に始まっていた。
遥は背中を丸めて、そろりそろりと音を立てないように慎重に席まで歩いて行く。
途中で気付いた担任に目で叱責されながら席についた。

どうやら新任式の最中のようだ。
隣の席の生徒が「彼女でもできたのかよ?熱いねぇ。」と茶化すのを「寝坊しただけだってば」と苦笑して返しながら、遥は前を向いた。
壇上には新しく着任する教師らしき男女が数人、パイプ椅子に行儀よく座っていたが、右端の一席だけ空席になっていた。

少し訝しく思ったが特に気に止めず、隣の生徒と小声で会話しながら教頭の司会を聞き流していた。
新任教師の挨拶も終わり、そろそろ締めくくりに校長の挨拶が来るかという頃。
壇上に上る為に備え付けられている小さな階段を、青年が一人申し訳無さそうに頭を掻きながら上って行き、教頭に頭を下げていた。
教頭は厳しい顔で青年に何か言うと、コホンと咳払いをしてマイクに向かった。

「えー、こちらの方は……」

教頭が何か言って居たが、遥はそれよりも壇上でにこにこと人の良さそうな笑顔で挨拶をしている青年に気を取られて全く耳に入らなかった。

今朝助けてくれた青年だった。
運命というものはあまり信じない方だったが、そういう事もあるんだなと遥は思った。

「産休で退職された山田先生の代りに、明日からこの学校で養護教諭を務めさせて頂きます。浅見です。多分、保健室で暇していると思うので皆さん気軽に保健室に寄ってくださいね。あ、でも具合の悪い生徒さんも来るのでお静かに。」

と、浅見と名乗った青年はにこにこと笑顔で挨拶を終えると、突然ピシリと真顔に戻り人差し指を立ててそう付け加えた。

そのギャップに生徒がくすりと笑いを漏らす。
中には「はーい」と返事をする生徒も居た。

浅見がパイプ椅子に下がると、教頭はまた一つ咳払いをして校長にマイクを渡した。


***


「あ、君!」

下校時間、バイトに行くため足早に下駄箱に向かうの背中に嬉しそうな声が掛かった。
どこかで聞いた事のあるような声に、遥はなんとなく当たりを付けて振り返った。

「はい?」
「あぁ、やっぱり!朝の子だー。偶然だね。」

にこにこと微笑みながらこちらへ歩いて来たのは、やはり浅見だった。
つくづくこの人とは縁があるんだな、と遥は思った。

「こんにちは。新任式で貴方が出てきた時は僕もびっくりしましたよー。こんな事もあるんですね。」
「そうだねぇ。僕もびっくりしたよ、今時女の子を庇ってあんな勇敢な行動をとる子がいたなんてね。」

浅見は関心した様子で、そう言いながら腕を組み「うんうん」と頷くと、今度は片眉を上げて少し意外そうな顔でこう付け加えた。

「しかも、こう言っちゃ悪いけど君はとても大人しそうなのに、意外と勇気があるんだね?」
「あはは。でも、貴方が気付いたって事は他の乗客も僕の嘘に気付いてたってことでしょ?それじゃあ庇ったことにならないですよ……。」

遥は自分で言った言葉に段々落ち込んでしまい、尻すぼみになってしまった。
浅見は「うーん」と唸ると、遥の頭にぽふんと手を乗せた。

「まぁまぁ。でもほら、結果的にあの子は君のおかげで……ね?」

ちらちらとこちらを伺う周りの生徒の目を気にしてか、最後までは言わなかったが浅見の暖かい手と笑顔に、遥は心が軽くなった気がした。

「ありがとうございます。」
「そうそう、笑顔笑顔!あ、ところで呼びとめちゃったけど何か用事とか……。」

用事、と言われて思い出す。
遥はぶわっと冷や汗を滲ませ、昇降口にかけられている時計に目をやる。

「……!!!」
「……やっぱり何か用事あったのかな?」
「いえ……、あの、そうなんですけど……急げば間に合うので平気です。」

実際は遅刻決定だったが、浅見の手前そうとは言えず取り繕う遥に、浅見は申し訳なさそうな顔で謝る。

「ごめんね、早く行っておいで!」
「はい、……あの!今朝はありがとうございました。それと……すみません。」
「ん?僕は何もしていないよ。でもお礼なら暇な時に保健室に遊びに来てほしいかな?きっと僕も暇してるから。」

にっこりと微笑む浅見に遥も笑顔になった。

「はい、是非。それじゃ!」
「何か困った事があったら、いつでもおいで……って、君は足も速いんだなぁ。」

ローファーを足に引っ掛けて走り去る後姿を、浅見はぽりぽりと頬を掻いて見送った。

浅見の方は、遥に後半部分は届いていないだろうと思っているが、遥にはしっかりと届いていた。



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