2 「あの……。」 「?」 駅を出て一息ついたところで、初めて少女が声をあげた。 その声に振りかえった遥は、今も少女としっかり繋がれて居る自分の手を見て、慌ててたとはいえ少女の意思を無視して勝手にここまで連れてきてしまった事に気付いた。 「あ、ご、ごめんねっ!勝手に引っ張ってきちゃって……。」 「いえ、違います。それはいいんです。」 慌てて手を話して謝る遥に、少女は顔の前で小さく手を振りながら否定した。 そのまま深々とお辞儀をしながら御礼を言う。 「先程は助けて下さってありがとうございました。」 「いや、あの……ほら、当然の事しただけというか……。とにかく頭をあげてください。」 道の往来で深々とお辞儀する少女と自分に集まる視線に遥は当惑した。 どうにか頭を上げて貰おうと少女の細い肩に手を伸ばす。 遥の指が触れるか触れないか、というところで少女は急にがばりと顔を上げる。 「それに、私を庇ってあんなことまで言わせてしまって……!」 「あれは……ほら、僕こんなのでも男だしあれくらい何て事ないよ。」 「でも……。」 「気にしないで。ね?」 遥のぎこちない笑顔に少女の顔もすこし綻んだ。 「わかりました。ありがとうございます。」とまたお辞儀をする少女に遥もようやくほっとして、一つ気がかりだった事を思い出す。 「そうだ、君は駅員さんに申し出なくても良かったの?僕が勝手に名乗り出ちゃったからややこしくなって言い出せなかっただけで、本当はちゃんと被害届けとかだしたほうが……」 「いえ、行ってもうまく話せる自身ないですし。あれ以上あの人に関わりたくないです。」 男の事を思い出したのか顔を青ざめさせる少女に遥は失態を犯してしまったと反省して「そうだよね。変な事聞いてごめん。」と謝った。 二人の間に気まずい沈黙が訪れた。 どうしたものかと辺りを見回す遥の目に大きな時計塔が目に入った。 時計の示す時刻にぎょっとする遥に気付かず、少女が口を開いた瞬間。 「あの、もしよかったら……」 「あっ……!もう一時間目始まる。」 少女の声を掻き消すように遥の慌てた声が被さった。 「ごめん、何か言った?」 「いえ、何でもありません。私もそろそろ行かないと、えっと良かったら……」 「そっか、じゃあもう行くね。君も気を付けてね。」 遥はそう言い残して慌しく去って行った。 少女はその後姿を見つめながらぽつりと零したが、その声を聞く者は既に遠く。 「あの、名前……。」 *** 「あ、あれ?今日ってもしかして祭日……?」 校舎の中は閑散としていた。 遥は肩を肩を落としながら、確認のため職員室へ向かった。 もし休日なら、急いで来たのに肩透かしを食らったような、遅刻を間逃れてほっとしたような複雑な気分だった。 「でも、さっきの子も制服着てたよね。うちだけなのかな……?」 「おーい、そこに居るのはだれだい?」 周りに人がいないのをいい事に、そんな一人言まで呟いていると後ろから声をかけられた。 振り返ると、声の主は図書室の司書の水沢だった。 遥はやっと知っている人に出会えた事にほっとした。 昼間とはいえ、閑散とした校舎を一人で徘徊するのは少し心細かったのだ。 「おはようございます、水沢さん。二年の玉緒です。」 「あぁ、やっぱり玉緒君か。おはよう。どうしたんだい?こんなところで。今朝は全校集会じゃなかったかい?どこか具合でも悪いの?」 「えっ……!?うわ、だから人居なかったんですね……てっきり祭日かと。教えてくださってありがとうございます。」 どうりで校舎に人が居ないわけだ。と合点がいく。 そう言われてみると、不思議な事に今までは気付かなかった声や物音が、体育館の方から聞こえてくるような気がしてくる。 遥の肩にかかっている通学鞄を見て、水沢はにやりと笑った。 「ははーん。さては遅刻かい?じゃあ急いだほうが良いよ、もう始まってるだろうから。」 「えへへ、そうなんですよ。それじゃあまた。ありがとうございました。」 「うん。またいつでもおいでね。」 水沢に軽く会釈をしてお礼を言うと、遥は体育館へ急いだ。 バイトや頼まれ事の無い放課後、遥は図書館で過ごすことが多かった。 図書室は渡り廊下を渡った先の別の塔にあるため教室から遠く、普段はテスト期間以外に利用者が来る事はほとんどなく穏やかな時間を過ごせるのだ。 故に図書館司書の水沢とはよく顔を合わる。 書庫の整理を手伝ったり、時々図書準備室で茶菓子を振舞ってもらったりする仲だった。 |