きみがすき | ナノ


7



***


料理担当の松本がこの状態では、夕飯は作れない。
俺とあんちゃんは料理がちょっとばかり苦手なのだ。

俺は別に簡単なものなら作れないことはない、ちょっとばかし失敗が多いだけで。カップラーメンやカップやきそばだって気を付ければ無事に作れるし。パンを焼いてマーガリンやジャムを塗る事だってできるし、おにぎりだって握れる。

ただ、ちょっと、本当にたまーに、カップ麺をひっくり返したり麺ごとお湯をこぼしちゃったり、パンを丸焦げにしたりジャムの瓶を落として割ってしまったりするだけだ。
それが偶然、松本が見ている時に毎回起こるだけで……普段はそんな失敗ほとんどしない。
あんちゃんは……まぁそれは割合して。

かといって食堂に行くにしても猫の姿では行けない。
と言う事で、久々に購買で売っている弁当を買うことになったのだ。


「おい、これはどういうことだ。」
「えっとな、俺は魚のほうが良いって言ったんだけどあんちゃんが……」
「うん、躾は最初が肝心だからね。」

俺の前には購買に売っている一番安いボリューム重視の焼肉弁当。あんちゃんの前にはシーフードドリア。

――そして、松本が今睨み付けている白い、ヤマ○キ春のパン祭りCPの特典でもらったお皿にはこんもりとキャットフードが盛られていた。

「やっぱり魚の方がよかったか?」
「そういう事じゃねぇ、僕は人間だ。今は猫みたいに見えるけど人間なんだ。キャットフードなんて食えるか!」

と、珍しく叫んで松本はお皿をしっぽでぺしりと叩いた。
キャットフードが一粒床にこぼれる。くそ、可愛い。

「安心しろ、そう言うと思ってにぼしも買ってきたんだ!」
「啓ちゃん、甘いよ。ご褒美は何か言いつけを守ったり新しい事が出来た時にあげるんだよ?」
「でも……。」
「……山内は僕になにか恨みでもあるのか?僕はペットじゃない!それに僕はにぼしは嫌いだ。」

俺がいそいそとビニール袋からにぼしを取り出すと、あんちゃんが指を一本立てて厳しい顔をしながら僕を説き、松本は頭を掻き毟りしっぽをぱたぱたさせた。
なんだ、口では嫌がってるけどしっぽぱたぱたさせちゃってホントは嬉しいんじゃないか。

「おい、清水。弁当半分くれ。」
「だめだよ、啓ちゃん。猫に人間の食べ物はあげちゃいけないんだ。体にも毒なんだよ?」
「だから、僕は猫じゃない。……清水。」

弁当をくれとせがむ松本と、それはだめだと俺を説得するあんちゃん。
ど、どうすれば良いんだ。と目を泳がせていると。
ふいに松本が椅子に座っている俺の膝に前足を置き、こちらを見上げじっと見つめてくる。
 ……心なしか目が潤んでいるような気がする。

「〜〜〜っだあああああああ!!!わかったよ!」
「よし。」
「啓ちゃん!」

松本のあまりの可愛らしさに根負けしてしまった俺は気付けば了承してしまっていた。
あんな、……あんな目は卑怯だと思うんだ。まだ胸がどきどきしている。
俺は別に動物にそう言う感情を抱いてしまう性癖はしていないけれど、中身が松本だと思うとだめなのだ。

「ただし、」
「あ?」
「一口だけだからな?」
「はぁ!?」
「今日一口食べて問題なかったら明日も食べていいよ?だから今日はそれで我慢しような。」

と、キャットフードが盛られた皿を指差す。
松本が渋い顔をしながら「……分かったよ。」と呟く。ツンとそっぽを向いたふて腐れたようなしぐさが可愛い。

「これならいいだろ?あんちゃん。」
「はぁ……。しかたないね、松本君も少しでも具合がわるくなったりおかしいと思ったらすぐに言ってね?」
「……。」

あんちゃんの問いかけに松本は無言で頷いた。目は俺の弁当に釘漬けだ。そんなに焼肉食べたかったのか……?

「ほら。少し冷めてるけど美味いぞ!」

俺はご飯と肉を箸の上に乗せて松本の前にさしだした 。
が、

「……。」
「どうした?」

松本は箸の上に乗っている焼肉とご飯をじっと見つめたまま動かない。
どうかしたのか首を傾げていると、

「……啓ちゃん、さすがにそれはないと思うよ。松本君は高校生なんだ、自分で食べたいんじゃないかな?」
「あ、そっか!ごめんな?ほら。」

あんちゃんの指摘にやっと自分の仕出かそうとしていた事に気付き、照れながら、でもちょっと残念だなと思いつつ、気を取り直して俺は弁当を松本の目の前の床に置いた。

その時、弁当を見る松本の目がまるで獲物を前にした肉食動物のように怪しげに光っていた事に気付きもせず……。

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