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「おーい、松本ー?いるかー?」
裏庭についたけど、松本の姿は見当たらない。
いつも寝ている桜の木の下のベンチの方も見てみるけど姿は見当たらない。
「居ないみたいだね。」
「やっぱ寮に戻ってたか〜……。ごめんな、あんちゃん。」
「ううん。いいよ……って、あれなんだろう?」
「え?」
松本は居ないし、わざわざ雨の中寄り道に付き合ってくれたあんちゃんには申し訳ないしで、がっくりと肩を落として項垂れていると、あんちゃんがベンチの後ろを指差す。
ベンチの影になっていて気付かなかったけど、そこだけ不自然に草がはけて土が剥きだしにになっていた。その土の上に緑色の、チョークの粉のようなもので何か書かれていて、そこから少しはなれた草むらに黒い猫が雨の中、横たわっていた。
「これって……ミステリーサークル……?」
「え゙っ!?ミステリーサークルって、あのうちゅーじんとか悪魔を呼び出したりするやつ!?じゃあこの猫は……猫型うちゅーじん、もしくは悪魔!?」
「いや、違うと思うけど……。このミステリーサークルは生徒の悪戯じゃないかな?」
なんだ、違うのか……。
雨が降る放課後の学校の裏庭に、しかも樹齢何十年にもなる桜の木の下にミステリーサークルが現れるなんてちょっとわくわくしたのになぁ。
しょんぼりしながら傘を肩で押さえながら草むらに横たわっているしっとりと濡れた猫を抱き上げる。
……!!!
「柔らかい……暖かい。かわいい!」
抱き上げた猫のあまりの柔らかさと暖かさに驚いた。
でもそれだけじゃない、言葉では言い表せない何かがこみ上げてきて、俺は思わず濡れるのも構わず猫を抱きこみ頬ずりをする。
うん、ちょっともっさりしてるけど肌触りも抜群だ。
「はぁ〜、この子どこから来たのかな?迷子かな?飼ってもいいかな!?」
「多分ここの生徒がこっそり寮で飼ってる飼い猫じゃないかなぁ……?」
「えぇー……。やっぱり飼い猫かぁ。」
ちゃっかり飼う気満々だった俺はしょんぼりと猫を見つめる。
「あ、でも首輪はついてないみたいだね。」
「ほんとだ!じゃあ野良かな?飼ってもいいかな!?」
「うーん、寮でペットを飼うのは禁止されているし僕は賛成できないなぁ。寮監さんか先生に……そ、そんな目で見ないでよ〜……。」
「うぅ〜……。だって〜……。」
あんちゃんの言ってる事は最もで、正しい判断なんだって分かってる。
寮でペットは飼えないし、この子が誰かの飼い猫だとしたら飼い主はとても心配しているだろう。この子だって早く飼い主の元に帰りたいに決まってる。
けど、何故だか俺はこの猫の事が気になるのだ。気になってしかたがないのだ。
フィーリングっていうのかな?まだ鳴き声も、動いている姿も見ていないけど、俺は確かにこの子に惹かれている。
今は硬く閉ざされているまぶたの下の瞳の色だとか、そのふさふさの喉が鳴らす鳴き声はどんな音なのか、ふんわりした可愛い外見に見合った細くて高い鈴をごろがしたみたいな可愛い声かもしれないし、案外、外見に似合わず低くてふてぶてしいボス猫みたいな声で鳴くのかもしれない。
ほら、想像するだけでこんなにわくわくしてるんだ。
数日だけでも良い。寮監や飼い主さんにお願いしてこの子と交流させてもらえないだろうか。などと考えを巡らしていると、
腕の中でもぞりと動く気配がした。
「……んっ」
猫が寝起き独自の掠れたうめき声をあげる。なんとも言えない艶っぽい……そう、人間の男の人のような声だった。
ぎょっとして思わずあんちゃんの方を見ると、あんちゃんも驚いたような表情でこちらを見て、ぶんぶんと首を横に振った。
「今……。」
「き、気のせいじゃないかな?ほら、たまたま雨と葉っぱの音が混じって……」
「だ、だよな!」
「あははは……」
「清水……と、やまう……っぶぇっくしょいっっ!!!」
2人で顔を見合わせながら空笑いしていると、俺の懐からなんとも親父臭いくしゃみが聞こえた。
じゃなくて、今……!!!
もう一度あんちゃんの方を見る。やっぱりぶんぶんと首を横に振って、
「ぼ、僕じゃないよっ!それに僕は啓ちゃんの事苗字で呼ばないでしょ!」
「う、うん。だよな、じゃあ……」
やっぱりうちゅーじんなのか!?っと、そろりと懐の猫を見やる。
猫の薄い灰色の瞳と目があってしまい、ドキリとすると同時に何か強烈な既視感のようなものを感じた。嫌な感じではない。むしろ……
「お前らうるさい。頭に響くから静かにして。」
「やっぱり喋ったああああああああ!?」
「そんな……猫が喋るなんて……!悪魔?悪魔があの猫に取り憑いているの?あぁ・・・神様仏様キリスト様っ!」
「うるせぇ……。」
あんちゃんはあまりのショックに傘を放り出し胸の前で両手を合わせ指を組み祈り始め、猫は顔を顰め両前足で耳を押さえた。かわいい……。
と、猫が何かに気付いたように恐る恐る耳から前足を外し自分の顔の前に持ってきて見つめる。数秒固まって、もう一度恐る恐る耳を触る。
それから慌てた様子でこちらを見上げる。
「おいっ!清水、鏡か何かもってないか!?」
「えっ!?も、持ってないよ?ていうがどうして俺の名前……やっぱりうちゅ、」
「じゃあ僕は今どんな姿をしてる!?」
俺の言葉をさえぎって猫が吼えるように問いかけてきた。その顔はどこか緊張して張り詰めている。
その様子に何故か俺まで緊張してごくりと唾を飲み込んだ。
「どんなって……黒くてふわふわの猫だよ?」
俺のこたえに猫は息を飲み、ショックを受けたような眼をして項垂れた。
「嘘だろう……?夢じゃなかったのか……。」
「ねぇ、もしかして君……松本なの?」
俺の小さな問いかけに黒猫は勢いよく顔を上げた。