3
SIDE 肇
キーンコーンカーンコーン
遠くで聞こえるチャイムの音で目が覚める。
正確な時間は分からないけれど、多分午後の授業の終わりを知らせる鐘だろう。
まだぼーっとした頭で辺りを見渡すと、先程の赤い子猫が僕の膝の上で大の字になって寝ていた。野性の本能というものは無いのだろうか。
なんだか変なものに懐かれてしまったような気がする。動物は苦手なんだけどな。
そういえば、さっきは眠気が先行してナチュラルに会話してたけど結局こいつは何なのだろう。
見たところスピーカーやマイクらしきものは付いて無いけど……まぁいいか。
猫の平和ボケした寝顔を眺めながらそんな事を考えていると、子猫がもぞもぞと目を覚ましだした。
僕の膝からぴょんと草の上に降りると、大口を開けてあくびと一緒に伸びをした後に毛づくろいを始めた。
「お前……。」
「なんだよ文句あるのか。」
「いや、猫は呑気でいいな。」
「お前猫になりたいのか?」
「いや、別に……」
「なりたいんだな?」
「人の話を……」
「よーし、さっきの飯のお礼だ!この俺が願いを叶えてやろう。」
僅かに子猫の瞳がキラリと光った気がする。心なしか嬉しそうだ。
こいつ人の話きいてないな。と、呆れた視線を送るが子猫は気付いていないようだ。
子猫はすくっと二本の後ろ足としっぽで立ち上がると何やら呪文のようなものを呟く。
ポン!っと白い煙に包まれた。
突然の事に唖然としていると、煙が晴れて少年が現れた。
子猫の姿はどこにもない。
「なっ……お前、どっからでてきた?」
「はぁ?何言ってんだお前。」
先程の子猫の声がする。少年の口から。
「まさか……。」
「そのまさかだよ。」
少年はにんまりと笑う。
よくみればその少年の髪は赤く、瞳は深い緑色だった。
先程の子猫と同じ色をしている。
「お前が猫の腹話術をしていたのか?どこに隠れていやがった。」
「ちがうっつーの!さっきのは俺の変身魔法で猫に化けていただけだ。姿が小さい方が何かと便利なんだ。」
「……」
「なんだよその目、本当だからな?なんならもういっぺん見せてやりたい所だけど、俺はこう見えてまだ魔法使い見習いだからな、あんまり余計な事に力使ってらんねぇんだ。」
どこから見ても一人前には到底見えない自称魔法使い見習いを前に俺はもともと痛かった頭が更に痛くなった。こういう、うるさくて面倒くさいのは清水だけでもう十分だ。
「僕、まだ夢見てるのか。お前僕の夢の中にまで登場するなんて図々しい猫だな・・・。」
「お前は失礼なやつだな!……っと、やべぇそろそろ日が落ちるな。」
にわかには信じられない出来事に、僕はまだ夢の世界にいるのだと結論付けた。
しかし、メルヘンな夢だな、喋る猫の次は猫が人間に……。そう言うメルヘンな願望はないつもりだけど……。
と、現実逃避に走っていると。
「できた!」
「あ?」
子猫……いや、少年が叫んだ。
少年の足元を見ると、なにやら複雑な……ミステリーサークルの縮小版のようなものが絵がかれていた。
その中心には深緑の、少年の瞳と同じ色の石が置かれていた。
少年がまた呪文を呟く。
「おい、やめろ。」
何故だか胸騒ぎがした。
これは夢だ。猫が喋るわけがないし、ましてや猫が人になるはずが無い。夢だ。
だけど、なんだか嫌な予感がする。
僕は少年を止めようと手を伸ばした。
その瞬間全身の毛が逆立ち、煙に包まれた。
僕は意識を手放した。
意識を失う寸前、ぼんやりした意識の中で少年の「よっしゃ!久しぶりに成功したぜーっ!」という満足気な声を聞いたような気がする。