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SIDE 肇
中庭の中央に設置されている整備の行き届いた、太陽の光を沢山吸収した暖かく座りごこちの良さそうなベンチ。
ではなく、隅っこのほうに鎮座する目立たないが樹齢何十年になるかと思われる桜の木の下に設置されている古びたベンチに横になり目を閉じた。
閉じたものの、一向に睡魔は訪れる気配を見せない。
眠気は十分にあるのだ、頭痛がするほどに。
寝返りをうち悶々としていると、先程の清水の言葉がよみがえる。
清水と出会ったのは中学の入学式。
小中高とエスカレーター式で持ち上がり組の多いこの学園だけど、中高からの新入生や編入生がくるのはあまり珍しい事ではなかった。
だけど彼はその年の新入生や編入生の中で一際目だっていたように思う。
容姿も要因の一つだが、明るく人懐こい笑顔や素直な言動で生徒達の視線を惹き、溶け込んでいった。
表情豊かな清水は何をするときも楽しそうで、彼の周りは自然と人が集まった。
そんな彼がある時突然、クラスでも目立たず挨拶すらまともに交わした事もない僕に声をかけ、何を気に入ったのか付きまとうようになり、あまつさえ「好き」だなどとち狂った事を言い出したのだ。
初めは驚き、何があったのか心配したり思いとどまるように説得していた生徒達も今では生暖かい目で見守り、応援する者さえいるのだ。頭が痛い。
これも清水の人柄ゆえだろう。
清水の事は嫌いではない。
友人としてならむしろ気に入っている方だと思う。
人付き合いの苦手な僕がこれだけ長く、清水の努力としぶとさの賜物とはいえ関係が続いているのだから。
しかし恋人云々となると話は変わってくる。
ため息をついてぱちりと目を開ける。
と同時に木の枝から何か大きなものが降ってきた。
「にぎゃああああああああ!!!」
「ぶっ」
顔の上に。
突然の襲撃に痛みよりも、驚きや衝撃の方が大きくしばし呆然とする。
落ちついて、人の顔の上でもぞもぞとうごめいている物体を掴み上げる。
猫だ。
珍しい真っ赤な毛色の、深い緑色の瞳をした子猫だ。
「いってぇ……。」
「……」
「……っ!に、にゃーお」
「……」
僕は無言でむくりと起き上がると、子猫を膝の上に仰向けにひっくり返し腹と首周りを探った。
ない。
次に、暴れる子猫を押さえつけながらうつ伏せにすると背中を探る。
「ない……。どういうことだ?」
「て、てめ黙っていれば好き勝手しやがって!離せっ!」
「……っ!」
どこかに取りつけられているであろうスピーカーを探して、今度は耳の辺りに手を伸ばすと子猫が僕の手を引っ掻いてきた。
怯んでいる隙にまんまと逃げられてしまった。
ベンチから距離をとり、しっぽと毛を逆立て、フーフーとこちらを睨み付けて威嚇する子猫を見る。
そんな子猫の姿を見ていると、なんだか仕掛けの事なんてどうでもよくなってきた。
子猫から視線を外すとベンチに横になり、ひらひら手を振りあっちへ行けと示す。
目を閉じると、先程は訪れる気配を見せなかった睡魔がやってくる。
「お、おいてめぇ無視するな!」
「……。」
「良い度胸だ、俺を怒らせると……」
「うるさいよ。腹が減ってるならこれでもやるから黙っててくれない。」
せっかく睡魔が顔を出してくれたのにしゃべる猫もどきの声が気になって眠れない。
猫を黙らせる為にポケットに入っていたパンを袋から出し猫の前に放り投げた。昼の残りだけど贅沢は言わせない。
「……!」
突然の事に驚いたのか後ろに飛び退ったが、しばらくすると警戒しながらも近寄り前足でつついたり匂いを確認したりしている。
その姿をぼーっと眺めていると、一通り確認し終えたのか恐る恐るパンをかじった。
「……!!」
どうやら食堂のおばちゃん特性のたまご蒸しパンは仔猫のお気に召したようだ。
猫の表情なんてものは分からないがなんとなく嬉しそうな、満足そうなオーラが出ている気がする。
その様子に僕も満足して今度こそ寝る体勢に入る、が。
「おい、お前。」
「……。」
「無視するのか。」
今度こそシカトを決め込もうと寝返りをうって顔を背けるも、子猫は僕の頭上に座り長いしっぽで僕の顔をペシペシと叩く。
更に無視すると今度は鼻や耳の穴を狙ってくる。
「……今度は何?言っとくけどおむつの面倒まではみないよ。」
「ちっがーうっ!!!俺は赤ん坊じゃねえ!」
「じゃあなんなの。」
「ったく……腹のたつ野郎だな。」
腹が立つのはそっちだ。
僕の至福の睡眠時間を奪いやがって、子猫じゃなかったら……などと考えていると。
「さ、さっきは……ありがとう。何だかわからねぇけど、このパン……うまかった。」
と、そっぽを向きながら蚊の鳴くような小さな声で言った。
なんだか子猫に腹を立てていた自分が馬鹿らしくなった。
「そう。じゃあ僕今度こそ寝るから話しかけないでくれ。」
「〜〜〜っおい!!!この俺がせっかく礼言ってやってるのになんだその反応は!」
わめく子猫を尻目に今度こそ僕は眠りに落ちた。