きみがすき | ナノ


1



「なぁなぁ、次あれ弾いてよ!」
「また?どれ。」

演奏がおわり、グランドピアノに腕を突いて寄りかかりながら俺がそう声をかけると松本は面倒くさそうにため息を吐いた。
だけどすぐにちらりこちらを見て、ちゃんとリクエストを尋ねてくれた事に頬と口元がゆるむ。

やばい。俺今変な顔してないかな。
にやける顔を抑えつつ慌てて答える。

「あ、あれだよ、かいけつポロリの。えーと……名前わかんない。」
「はぁ?なんだそれ、アニメ?」

松本が呆れた顔をしてこちらを見た。

「えー、この前一緒にビデオ見たじゃん!」
「いつだよ。他のないの?」
「んー、じゃあさ前弾いてたやつ!〜♪〜♪〜〜♪こんな感じの。」
「あぁ。……お前鼻歌へたくそ。」
「ひどっ!悪かったな。でもちゃんと伝わっただろー?」
「はいはい。」

名前が分からなかったので鼻歌で伝えると鼻で笑われた。ちょっと心外だ。
でもいいんだ。松本が俺のへたくそな鼻歌でちゃんと分かってくれた。その事が嬉しかったから。

演奏が始まる。松本の綺麗な指が鍵盤の上で楽しそうに踊る。
松本は気付いているのかな。ピアノを弾いているとき、読書をしているとき。
いつもは面倒くさそうだったり、眠そうな目や口元が穏やかに、楽しそうに形を作る。
俺はその瞬間が好きだ。


キーンコーンカーンコーン


愉快なピアノの音に耳を傾けつつ松本の演奏する姿に見惚れていると休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

「えー!もう昼休み終わりかよっ!もうちょっと聴きたかったなぁ。」
「はいはい。また今度な。」

軽くあしらう松本に恨めしげな視線をむけるけど、「今度」と言って貰えた事が嬉しくて自然と顔が笑顔を作ってしまう。

「やった!今度また弾いてくれよな、絶対だぞ?」
「はいはい。」
「聞いてんのかよー。なぁ、松本。」
「今度は何。」
「あいらぶゆー!」
「……。」

笑顔で言う。
松本は何も応えない。前髪に隠れたその表情は分からないけど、呆れているにちがいない。
何度目になるか分からない告白。松本は多分俺が本気で言っているとは思っていないのだろう。
今はそれでもいい。
それでもいつかは、ちゃんと――。

グランドピアノや椅子の位置を直してる松本を手伝おうと手を伸ばすと、「壊されたら溜まらない」と目線で制されたので大人しく窓を閉めにすごすごと下がった。

音楽室を出て教室に向かい歩いていると、松本が教室とは別の方向に進んで行く。

「あれ、松本?どこ行くの?」
「裏庭。」
「えー!ずるい。俺も、」
「午後は数学が2時間。単位は?」
「……うっ。」
「数学の、目付けられたらやばいと思うんだけど。ていうかもう目付けられてるよな。」
「……。」
「僕は誰かと違って単位危なくないから。じゃあね。」

松本は、ぐうの音も出せない俺を尻目にあくびをしながら歩いて行ってしまった。
松本は学年主席だ。おまけに生徒会執行部?なんてものの役員もやっているらしく、ある程度単位をとっていれば授業が免除されるんだとか。
俺は詳しくしらないけど、たまに帰りが遅かったり部屋に篭っている所をみるとなかなか大変な役なのだと思う。
俺と松本は同室だ。

廊下の窓から顔を出すと太陽の光と心地よい風が吹いて絶好のお昼寝日和だろう事が分かる。
羨ましい。


キーンコーンカーンコーン


「!!!」

俺は駆けだした。

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