きみがすき | ナノ


11



***


「っはぁ、はぁっはぁ……確かここら辺……?」

俺は額にうっすら滲んだ汗を制服の袖で拭いながらさっき見たイチョウの木を探した。
どれだ?はやく見付けないと……。焦る気持ちを抑えられずにキョロキョロと辺りを見渡す。

「居ない……。」

それらしい木は見つけられたけど、既に猫の姿はなかった。
がっくりと項垂れ、木に背中を預けてもたれる。

「はぁー……、嘘だろ、やっと見つけたと思ったのに……。」

大きなため息をつき、ずるずるとそのまま木の根元に座りこんでしまった。
走っている時は無我夢中で気にならなかったが、うちの学園の校舎は無駄に広い。加えて一年の教室は4階にある。教室からここまでは結構な距離になるのだ。足ががくがくして棒のようだ。

疲れた。
どうしてこんなに見つからないんだろう、生徒達の目撃情報はそこかしこであるというのに、こっちは血眼になって探していても見つからない。まるで避けられているようだ。
今だって教室からここまで、わき目も振らず全力で走ってきたというのにもう居なくなっているだなんて。こちらの動きを読まれていて、その上で巧妙に逃げられているような錯覚をおこす。

それにしたって、もし気付いているならこちらの頑張りに免じてちょっとくらい待っててくれても良いんじゃないか?少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃないか。
大体、敷地内にいるなら自分が魔法をかけた相手の様子くらい見に来るもんじゃないのか?随分無責任な話だ。

「あ〜、もう腹たってきた!」

いつまでたっても見つけられない、やっと見つけたと思ったのに逃げられてしまったもどかしさからか、俺は見も知らぬ魔法使いに理不尽な怒りを感じた。
その時、

「うわああああああああくるなああああああー!!!」
「!?」

突然どこからか叫び声が聞こえてきた、俺は咄嗟の事にびくっと肩を大きく揺らした。

「な……」
「い゙っ……いたたっ、おい!!そこのチビ助けろ!!」

声のする方へ振り向くと、少年がこちらへ向かって必死の形相で走ってくる。その後ろを数羽の黒いカラスが、こちらも恐ろしい形相で少年の頭を突き回しながら追いかけてきている。
しばし唖然とするが、すぐに我に返って怒鳴り返す。

「なっ、チビってなんだよ!!お前だって」
「うるせー!いーから助けろ!……っいだだだっ!」
「〜〜っもう!なんなんだよ!」

自分だってチビじゃないか、と初対面のくせに随分と失礼な少年に憤りを感じながら、今はそれどころではないと自分に言い聞かせ、もう目前へと近づいてきた少年の手を取り走り出した。

「こっち!!」

先程の疲れも忘れて少年の手をしっかりと握り、走る。

「おいっ!どこ向かってるんだ?まさか目的もなく走ってるんじゃ」
「いたたっ……うるさいな良いからついて来い!」
「むっ……!てめぇ!いてっ……引っ張るなっ」

行く先を問かけてきた少年に先程のお返し、と言うわけではないけれどぞんざいに返し走り続けた。
その間もカラスにつつかれたり引っ張られたりと、少年は既に傷だらけだった。俺もとばっちりを食らってつつかれた。
大体何をしてこんなに怒らせたんだ?たしかに学園の周りはカラスが多いけど、皆大人しくて滅多に襲ってきたりしないのに。

と、目的に着いたので思考を中断してドアノブを引いて中に入る。

「っはぁ……はぁ、良かったもう追って来ないな……。」
「ぜぇ……はぁ、みたいだ・・な、ちっくしょ……っはぁ、あいつら覚えてろよ!」

息も絶え絶えにカラス達へ悪態をつく少年に呆れる。
あんなに必死に逃げ惑っといてよく言うよ。
そもそも普段温厚なカラス達に何故追い掛け回されていたのか、今は授業中なはずなのに何故あんなところに?とか色々聞きたい所だったが、今は走り通しで荒れた呼吸を調える事に精一杯だった。

その間、少年を横目で観察する。
見たところ制服を着ているしうちの生徒なのだろう。身長からすると中等部の生徒か……?だとしたら見たことが無いのも納得が行くかも知れない。こんな真っ赤な髪の生徒がいたら一発で覚えるもんな。
高等部探検か、俺も中等部の頃やったっけなぁ。
ん……?赤い髪?何か忘れて居るような。
思い出そうと思考の海に飛び込む前に少年がこちらを振り向く。

「なぁ、ここどこだ?なんか土臭い。」
「え?園芸部が使ってるビニールハウスだよ。野菜とか育ててるんだよー。中等部の方にはなかったっけ?」
「中等部ってなんだ?食えるのか?」
「はぁ?……お前何言ってんの?もしかして初等部の生徒か?だとしたら随分……っなん……っだよ!」

随分遠くから歩いてきたもんだなーと頭を撫でてやろうと腕を伸ばそうとすると、少年がそれより先にこちらに身を乗り出し、首筋に顔を近づけてすんすんと匂いを嗅いでくる。

「……お前いい匂いがする。」
「はぁ?くすぐってぇよ、どけって!」

だんだんと胸元に降りてくる少年の頭にぎょっとして、その肩を掴んでぐいっと押しやりながら言う。こんなこと、松本にされるならいざ知らずというか、嬉しいけど見ず知らずの口の悪い少年にされても嬉しくない。

「いい匂いって、花の匂いじゃないか?ほら、色々咲いてるだろ?」
「ちがう、なんていうか……美味そう?」
「美味そう?……あ!これか?」

首を傾げながら今だこちらを見つめて鼻をすんすんさせている少年に俺もしばし首を傾げるが、少年の言葉にピンと来てポケットを探る。
あった、昼食に買い過ぎたパンの残りだ、未開封の袋なのによく匂いが分かったな。

「それ!」
「……要るか?」

ポケットから出したメロンパンを物欲しそうなきらきらした目で見つめる少年に思わずそう問かけながら差し出す。無言でこくこくと頷きながら先程より3割り増しにキラキラした目で受けとる少年に笑いが漏れる。
こいつ、生意気かと思ったけど結構可愛いとこあんじゃんか。

「うめぇっ……!こないだの奴とはちょっと違うけどこれも美味い!なぁ、これ何ていうんだ?何で作ってるんだ?」
「メロンパンだよ、食った事ないのか?作り方はわかんないけど小麦粉とかバターじゃない?あとメロン。」
「ないっ!へぇ〜……メロンパンていうのか。なぁなぁ、もっとないのか?」

メロンパンを食べた事がない……?
なんて不運な奴なんだ……!こんなに美味いパンを知らないなんて!
俺の心境も知らずに、キラキラとした純粋な瞳で「なぁ、もっとないのかよ?」と尋ねてくる少年に俺は耐え切れずひしっとその細い体を抱きしめていた。

「俺が、俺が沢山買ってやるからな!」
「ほんとか?さんきゅう!お前いい奴だな。」

無邪気な笑顔を見せる少年に、俺はこの子にメロンパンの美味さや種類の豊富さ、クリームが入ったやつはもっともっと美味しいんだって事を教えてやろうと心に誓った。

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