きみがすき | ナノ


10



***


あの焼肉弁当事件から数日が過ぎた。
魔法使いの手がかりは未だ掴めて無い、というわけではなく……むしろ今学園内では「赤い猫を見た」という目撃情報がそこかしこであり、「赤い猫をみると呪われる」だの「赤い猫の鳴き声を聴くと幸運が訪れる」だの「赤い猫を捕まえることが出来ると願いが叶う」だのと学園中の噂になっているのだ。
噂の真偽は不明だが、勘違いとは言え願いを叶えられた松本をみる限りあながち間違ってはいないのかもしれない。

けれど何故か、それほどの目撃情報が募っているにも関わらず俺達はまだ一度も赤い猫を捕まえるどころか、遭遇することさえできていないのだった。

中休み、昼休み、放課後は用事が無い限りフルに使ってまさに草の根を掻き分けて探し回っているというのに。

「では問2、山内君お願いできますか?」
「はい。」

カツカツと黒板を鳴らしながら公式の説明をしていた数学教師がチョークを置いて振り返り指名する。それにあんちゃんが緊張した面持ちで答える。

そう、今は数学の授業中だ。

授業に集中しなければならない。授業に出られない松本の代りにノートだけはきっちりといつもより気合を入れてとっているけど(本人は別にノートが無くても困らないらしいけど、松本の為に出来ることをしたいのだ)心は上の空だった。

そりゃ、猫の姿でも松本はめちゃくちゃ可愛くて愛らしくて最高だよ。ちょっとブサでふてぶてしい所がまた良いんだよな。
だけど、問題はこのままじゃ学園生活もままならないと言うことだ。いくら特権があると言っても限度がある。このまま行けばいずれ出席日数にも関わってくるし、テストだって受けられない。最悪留年なんてことも……。
松本は「もう一回一年やるのは面倒だけど、仕方ないし。」と半ば諦めているようだけど、俺は嫌だ。松本と一緒に3年間通って卒業したい。

黒板へ向かうあんちゃんと目があう。がんばれ、と口ぱくで伝えると何故かぎょっと目を見開かれた。

え?

あんちゃんが口ぱくで何か言う、読めない……いや、あれは驚いて口をぱくぱくさせてるだけか。

「山内君?」

数学教師が訝しげに名前を呼ぶ。するとあんちゃんはくるりと向き直り、「はい、すみません。」と頭を軽く下げると何事も無かったように黒板へ向かい、答えを書いて席へ戻ってくる。

なんだったんだろう……、と不思議に思っていると後ろから背中を叩かれる。何事かと振り返ろうとすると、「おい、こっち見んなばれるだろっ」と、声を潜めた慌てた声でどやされたので慌てて前を向く。

数学教師の顔をちらりと盗み見る、ばれていないようだ。ほっと肩をなでおろす。
「何?」と声を潜めて尋ねると、「山内から」窓側の手に何か小さな物を握らされる。
そーっと怪しまれないように手の中を覗くと、ノートの切れ端を小さく折りたたんだ物だった。
「ありがと」と小さく返し、折りたたまれた紙を広げる。

そこには「落ちついてね 窓の外の木の上見て」と書かれていた。

木の上……?落ちついて?何を落ちつくんだ?
正直さっぱりだった。木の上と言われても、学校の敷地って大体桜やイチョウなんかの木で囲まれてるもんだろ。
窓の外へ顔を向ける。
うーん……どれの事だ。

「!!!」

ガタンッ!!

俺はここが教室で、今は数学の授業中だと言うことも忘れ椅子を思い切り倒しながら立ち上がっていた。

「清水君、急にどうしました?」
「っ先生!俺、あの、えっと……ごめんなさいサボります!!!」
「「「……。」」」

クラス一同何が起こったのか分からない様子で唖然としている中、俺は腰を90度曲げて頭を下げると教室を飛び出していた。

後から考えれば、もっとましな言い訳があっただろうに。と思うんだけど、今の俺はそれどころじゃなかった。

俺は見つけてしまったんだ。
松本を元に戻すための唯一の手がかりとも言える、あの赤い猫を。

あんちゃんのメモに書いてあった指示通り、俺は木の上の方を順番に見ていった。最初は何のことか良く分からなかったし、気付くことが出来なかった。
けれど注意深く観察してみると、小さくて目立たないイチョウの木の細い幹の横から赤くて細長い物がふよふよと揺らめきながら覗いていた。
風に揺られているにしては動きがおかしかったし、直感的に俺はあの猫のしっぽだと思った。

そうしたらもう居ても立っても居られなかった。あんちゃんがメモにわざわざ書いてくれた「落ちついてね」という言葉も頭から吹き飛んでいた。
いや、もし覚えていたとしても、俺は落ちついてなんかいられなかったかもしれない。授業は始まったばかりでまだ30分近くも残っていたし、結局途中で下手な言い訳をして飛び出していたに違いない。

back / novel / next


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -