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松本が焼肉を一口食べる、もぐもぐと口を動かしている。
その姿をにこにこと見つめていると、ふいに松本が俺の足元の床を見つめてぽつりと、
「あ、ゴキ○リ。」
と、言葉にするのもおぞましいあの生き物の名前を呟いた。
「「!!?」」
「ど、どこどこ!?」
「ゴ○ジェットは!?」
俺とあんちゃんはそれはもう大慌てで椅子の下、テーブルの下を見回した。
けれど奴の姿はどこにもない。
「あれ?いなくね?」
「うん。松本君、本当にいたの?……って松本君!?」
あんちゃんの声に何事かと振り向くと、松本の姿がない。
ついでに弁当も。
あまりの事にしばし呆然とする。
が、慌てて周りを見渡す。部屋の中には見当たらない。
もしや、と松本の部屋のドアを見るとドアが細く開いている。
……あそこか。
あんちゃんの方を見るとあんちゃんもドアの方を向いていて、俺と目があうとこくりと頷いた。
俺達はそーっと足音を立てないようにドアへと近づき、トーテムポールのように隙間から様子を伺った。
もう日が落ちかけているので部屋を照らすのは月明かりと、リビングからこぼれた光のみで薄暗い。
「あれ?いないね。」
「いや、いるよ。」
小声で話す、一見すると部屋の中に松本の姿はなかった。
俺は部屋の中を付き進み、ベットの前まで来るとしゃがみこむ。
いた。
ベットの下に、こちらに背を向けて何かに齧り付いている。いわずもがな、焼肉弁当だ。
こんなに至近距離で見られているのに松本は焼肉弁当に夢中でこちらに気付いていないようだ。
……ニヤリ。
むんずっ!
「みーつけたっ!」
「!?……っごふ、けほっけほっ……。」
俺はそーっと手を伸ばし、松本のしっぽをむんずと掴んだ。
突然弱点(?)を捕まれて驚いたのだろう。松本はびくっと全身を強張らせ、変なところに入ってしまったのか苦しそうに咽ている。ちょっと悪い事をしたかもしれない……。
松本が振り返る。暗くてよく分からないけど、恨めしげな視線を向けられている気がする。
「……けほっ、いっきなり掴むなっ……。」
本当に苦しそうだ。
自分がしたことだけどなんだか可哀想になって背中をなでる。するとすかさずしっぽでぺしりと叩かれた。柔らかくて気持ちい。
松本の背中を撫でながらベットの下にある弁当を取り出す。結構減ってるな。
ちなみに松本は面倒くさがり屋な割りに意外と綺麗好きで、部屋の隅々まで掃除が行き渡っているのでベットの下もピカピカだ。
ぱちりと音がしたかと思うと、部屋の中がぱっと明るくなった。
顔を上げるとあんちゃんが電気をつけていた。
「自業自得だよ。あーあ、そんなに食べちゃって……あとで苦しんでもしらないよ。」
あんちゃんが呆れ顔で松本をみやる。
「うるせっ、別に食べてもなんともない。大体僕は元は人間なんだから……っ」
「お、おい。松本?」
やっと落ちついたのか、あんちゃんに反論していた松本が突然ぴたりと動きを止めた。どうしたんだろうか。
松本の様子を見て、あんちゃんは何か考えるような仕草をしてこちらを見た。
「……啓ちゃん、その弁当焼肉と何が入ってたっけ?」
「え?確か、きんぴらごぼうとたくあんと……オニオンサラダかな?」
「……。」
あんちゃんが顔を真っ青にして口をぱくぱくさせている。
何かおかしな事をいっただろうか?
「啓ちゃん、たしか猫に玉ねぎは毒なんだよ……。」
「え!?」
サァー……っと血の気がひいていく。
急いで松本を抱き上げる、なんだか苦しそうだ、心なしかじっとりと汗をかいている気がする。
「ま、松本!大丈夫か?どこか痛いのか?腹か?」
声をかけるが目を瞑ってお腹の辺りを押さえながら背中を丸めて、苦しそうに息をはいている。
「ど、どうしよう!?松本死んじゃう……?」
「わからない……。」
あんちゃんも動揺した様子で目が泳いでいる。
松本がいなくなる……?そんなの嫌だ。
想像しただけで指先が振るえ、じんわりと涙がにじんでくる。
目の前がくらくらする。
「びょういん……。病院に行かなきゃ……。」
混乱する頭であんちゃんを見上げ、なんとかそう呟いた。