ピアッシング 3
「堤?まだ……?」
「……っ!!!」
背筋にぞくりと緊張が走った。
唇が触れる寸前、不安そうな井上の声が聞こえた。はっと我に返って咄嗟にぱっと顔を離す。
そろそろと井上の顔を見る。その瞳は、まだ硬く閉じられたままだった。
気付かれていない、よかった……。
無意識にほっとため息をついた。
口を一文字に閉じて眉をしかめた、けれどどこか間の抜けた表情に僕はくすりと笑みをこぼす。
「なんでもないよ」
「そうかぁ?」
まだ少しうるさい胸を落ち付けて、手の中のピアッサー持ち直す。
今度はしっかりと耳の部分だけを見てピアッサーを強く握った。
ガチャンッ!
「〜〜!!?」
井上の肩がびくんと跳ねる。
構わずピアッサーを緩めて井上の耳に付いたピアスを深く押し込んだ。
ふぅ、と息を吐いて手を放す。
「終わったよ。」
暫く呆然としていた井上は僕の声に、はっと我に返ると僕を振りかえって恨みがましくじとりとこちらを見た。
「……ひっでぇー。声かけてっていったじゃん、堤のアホ。」
「ごめん、忘れてた。でも、こういうのは変に構えないほうが楽なんだよ。」
「そうだけどさー。」
「こっち向いて。」
「へ?」
釈然としない様子でブツブツと文句を言っている、井上の柔らかい髪を梳いて耳にかける。
携帯をかざす。ピロリーンと間抜けな音が鳴る。
井上は突然聞こえた機械音にぎょっとして顔を庇った。
「え、うわっ!ちょっと何。」
「うん、見て。」
「うん、て……何よ。」
胡乱気な視線をこちらに向ける井上に撮った写真を見せる。
井上が「おぉっ!」と嬉しそうな声をあげて携帯を持つ僕の手に飛びついた。
「ちゃんと着いてるでしょ?」
「うんうん、いい感じ!」
井上はにかっと笑った。
それから少しだけ照れくさそうに、誇らしげにピアスが着いている方の耳を見せてこう言った。
「へへ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
井上の耳にはまったピアスを見て僕は満足した。
***
1ヶ月後。
「つーつみっ!」
「うわっ!」
朝の眩しい日差しにぐったりしながら通学路を歩いていると、何者かに後ろから飛び付かれた。
何者か、何ていっても僕にこんなふうにスキンシップをとる人なんて限られているんだけど。
「おはよう、井上。」
「はよっ!見て見て、ほら。完成したんだよー!」
朝からハイテンションな井上に押されつつ、井上を振り返る。
その指が指す方をみると、銀色のシンプルなピアスが彼の耳を飾っていた。
なるほど、完成したんだ。
「良かったね、似合ってるよ。」
「ちょっと反応薄くなーい?」
「そんなこと無いよ、似合ってるよ。低血圧なんだよ井上も知ってるでしょ。」
僕の反応に井上は不満げな声を漏らすが、表情はにこにこと嬉しそうだ。
その顔を見て僕も少し機嫌が良くなった気がした。
「堤もさぁ、ピアスとか着けない?」
「え?」
たわいもない雑談をしながら学校へ着き、と言っても話してるのはほとんど井上だけだけど。下駄箱で靴を出していると井上がそんな事を言った。
「いや、アクセサリーとかじゃなくてもいいんだけどさ?例えば髪型変えたりとかさー、してみない?」
「なんで?」
突拍子もないって程でもないけれど、僕にはオシャレな格好やアクセサリーは無縁というか、向いていないと思っていたから井上の申し出にきょとんとしてしまう。
「んー、えっとね。今のままの堤も素朴で良いと思うんだけどさ。その髪ちょっと切ったりするだけでも大分印象変わると思うんだよね。」
「ふーん。」
「ふーんて、堤。聞いてる?」
「うん。そうだね、僕も髪切ってピアスでも着けようかな?」
「うんうん、俺安いとこ教えてあげる。」
「ありがと。ねぇ、僕がピアス着けるときは井上がやってくれる?」
「もっちろん!なんかわくわくしてきたー。」
井上は自分の事のようににこにこしながら「あそこの店がさー。」と話している。
僕は相槌をうつ。
「あ、じゃあまた放課後ね。」
教室が見えてくると井上はいそいそと自分の教室へ入って行った。
僕も今から楽しみだな。
君がくれる、君の痕。
おしまい。