短編 | ナノ


ピアッシング 2



「じゃあ、ここに座って?」
「おう。」

僕の椅子を指差すと、井上はおずおずと緊張した面持ちでそこに座った。
その姿がおかしくて、愛しくて僕は思わずくすりと笑いをこぼした。

「ちょ、笑わないでよー。」
「笑ってないよ?ほらじっとして?」
「絶対笑った。」

むすっとこちらを軽く睨む井上を尻目に、僕はポケットから携帯を取り出してのミラー機能を引き出した。

「大体どこらへんに空けたいの?」
「えっ、決めてなかった。」

井上から見えるように携帯を傾けて尋ねると、あっけからんとしたこたえが返ってくる。

「えぇっ!?ど、どうする?」
「んー、じゃあここら辺でいいかなー?」
「……そんな適当でいいの?」
「いいのいいの。」

随分早急に決めてしまう。
あまりに適当な応えに僕の方が不安になってしまう。
そんな僕の心情などお構いなしで、井上は鏡を見ながら耳たぶにボールペンでくるくると印を付ける。

けどまぁ、井上が良いなら良いか。

気を取り直して、机の上に置いておいたピアッサーを取ろうとしてふと不安がよぎる。

「消毒とかしなくて平気かな?」
「んー……、わかんね。」
「えぇっ!?だ、だいじょうぶかな?保健室でアルコール借りてこよっか?」
「いいよ。それにもう閉まってるんじゃない?」

さっきは他の人にやらせたくなくて勢いで言ってしまったけど、段々怖くなってきてしまった。
僕のせいで井上が感染症とかになったら嫌だ……。

「やっぱり明日にしよう?ちゃんと調べ、……っ!」
「いいから、堤!」

「ちゃんと調べてからにしよう?」と説得しようとした僕の腕を井上は強引に掴み、ぐいっと自分の方へひっぱった。
よろめいて抱き付きそうになるのを、井上の肩に手を付くことでなんとか持ち直してほっと息をつく。

「危ないなぁ、何……」
「だって堤がいつまでたってもぐずるから。このままじゃ日が暮れちゃう。」

「何するの」と咎めようと顔をあげると、至近距離に井上の顔。
びっくりした。
心臓が止まるかと思った。いや、止まってないけど、むしろフル稼働中。
だけどそれくらい動揺したのだ。
井上が何か言ってた気がするけど、聞きそびれてしまった。

あぁもう、いつも井上の言葉は一語一句聞き逃さないように耳を済ませているというのに。

「わ、わかったから……近い。」
「何言ってんの?ほら。」

井上の眉が吊り上がる。
それと比例して僕の腕を握る力も増す。
井上は、まさに蚊の鳴くような声で「離れてくれ」と搾り出した僕を無視して僕の手にピアッサーを持たせると、ずいと顔を近づけ「は・や・く!」と一文字ずつ区切るように言った。

「……っ、わかったよ!離れてってば。」

近すぎる距離に耐えられなくなった僕はピアッサーをぎゅっと握り締め、井上の肩をぐいっと押して離れた。

やっと離れられた事にほっと肩を撫で下ろすと同時に、離された手に寂しさを覚える。

「なんか、堤がそっけない。」
「気のせいだよ。ほら、やるからじっとしてて。」

そう言って井上の横に立つ。
かちかちと数回握ったり緩めたりして動きを確認して、井上の耳にピアッサーを近づける。
ピアッサーを耳に当てると、井上が上ずった声をあげた。

「あ、あの。」
「ん?」
「ゆっくり、ゆっくりお願い。こう、優しくソフトにね?あ、あと、やる前に声かけて!」

横に立つ僕を上目遣いで見上げながらこう言う。
あぁもう、なんだよそれ。
君は僕をどうしたいんだ。

「分かった。」

安心させるように、にこりと笑って頷く。
それでも井上は不安なのか、ぎゅっと目を瞑り「お願い。」と言った。

印に合わせてピアッサーで耳を挟み込む。
ずれないように井上の頬に手を沿える。

ふと耳から目をそらすと、井上の表情が目に入る。
ぎゅっと目を瞑り、眉を少し寄せて、口を一文字に結んでいる。
緊張しているのか、ただ単に暑いからなのかじっとりと汗ばんでいる。
多分両方だろう。けれど僕にはそれが一身に口付けを待っている姿のように思えた。

その少しかさついた唇に吸い寄せられるように顔を寄せる。
あと数センチで唇が重なる、その高揚感に震える。


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