ピアッシング 1
「や、やだよ……。」
「お願いっ!自分で開けるの怖いんだよ、かといって他の奴に頼んだら笑われそうだしさー」
「僕だって怖いよ。病院でやってもらったら……?」
「えー、金かかりそうじゃん? 」
「まぁ、確かにそうだけど」
放課後、人の気配もまばらになりがらんとした教室。
部活に励む生徒達の声を遠くに、窓辺の席で日誌を書いていた僕を訪ねてきた井上。
机に肘を付き、向かい合わせに座り、近所のドラックストアで買ってきたという器具を指先でぷらぷらと遊ばせている。
「怖いならやめといたら?ピアスって化膿したりアレルギーで炎症起こしたり大変なんでしょ?」
「そ、そうなのか?でもなぁ……ピアッサー買っちゃったしさー。勿体無くない?」
そう困ったように白くて四角いフォルムの器具を掲げる。
「なんでまたピアスなの?他にも安全なアクセサリーあるじゃん」
「そーなんだけどさっ!こないだ駅前でかっこいいピアス見っけてさ、値段も手ごろでさぁ」
「人目惚れしちゃったの?」
恐る恐る尋ねると、えへへ。となんとも気の抜ける照れ笑いが返ってくる。
「そうなんだよ、あれ着けたら堤も俺の魅力にイチコロかもよ?」
と悪戯っぽく笑う井上。
冗談だと分かっていても、どきりとしてしまう。
「でさ、小遣い貯まったら買うからそれまでに開けときたいんだよね」
「だから最近買い食い控えてたんだ?」
まぁね。と井上は得意げに笑った。
最近井上はなんだかオシャレに気を使うようになった。
今までは真っ黒だった短髪を伸ばして茶色く染めたし、いつも太陽の匂いがしたシャツからは爽やかな香水の香りが漂うようになった。
どんどん大人びていく幼馴染に戸惑いを隠せず、それでも変われない僕。
なんだかこのまま、僕だけ置いてけぼりにされてしまいそうだ。
「そんなの着けなくても十分魅力的だよ」
「ん?なんか言った?」
「ううん。なんでもないよ」
思わずぽつりとこぼしてしまった言葉を井上に聞かれなくてよかった。
「な?だから堤やってくれない?」
「うーん」
「だめ?」
「だめっていうか……」
井上が上目遣いに尋ねてくる。
まっすぐな瞳。無邪気な声。僕の事を一番に信頼してくれている。
たかが耳に穴を開けるだけの行為。
だけど、間接的とはいえ井上のまっさらな体に傷をつける行為。
僕の痕を残す、行為。
消えない傷になるかもしれない。井上の体に、一生消えない僕の痕を残すかもしれない。
残せるかもしれない。
そう考えると酷い罪悪感や背徳感、そして支配欲と独占欲が僕のなかで膨らみ混ざり合い、酷い葛藤を呼びおこすのだ。
ふと、頭に暖かい感触を感じて見上げると井上が僕の頭を撫でながら苦笑していた。
「あーもう、分かったよ。先輩にでも頼むからさぁ、そんな困った顔すんなっ……うわっ!」
「だ、だめっ!!!」
ガタンッ!
井上が言った言葉に気付けば僕は椅子を蹴り倒して立ち上がり、彼の手からピアッサーを奪い取っていた。
驚いた表情で先程までピアッサーを握っていた自分の手と、僕の顔とを交互に見つめる井上を見て、はっと我に返る。
「……っあ、え……っと、ごめん。やっぱり僕がやるよ。」
「お、おう。なに、やる気になってくれたの?」
しどろもどろな僕の申し出に、井上は面食らったように目を数回ぱちくりさせていたけれど、すぐに気を取り直したように笑って尋ねてきた。
「うん、なんか急にやってみたくなっちゃって。」
「なんだよもう、びっくりさせんなよなー。」
「うん、ごめんね。」
「そんな力んで、俺の耳千切ったりしないでよー?」
おどけて笑う井上に僕は「安心して。」とにっこり返した。