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夏が終わり、秋も終わりがけで冬がもう目の前に居る
[なんでお前の電話に出ちまったんだ俺は]
最悪だ と大欠伸をして愚痴る洋平に、海が見たいから連れてってと電話をしたのは朝の6時
ブツブツと文句を言いつつも、原付で家まで迎えに来て海まで連れてきてくれる辺りが彼の最高にモテるポイントなのではないだろうかと今更ながらに気がつく
「洋平、最高!ズッ友!!」
いえーい とハイタッチを共有するがなんて嫌そうな顔なのか
[俺はここで寝る!好きにどっか行け!]
駐輪場近くのベンチに寝転ぶ洋平は、しっしと私を追い払うように手を振っては目を閉じた
一緒に海も見たかったけどしょうがない
駐輪場から少しだけ歩いて見えた浜辺は早朝だからか、それともシーズン外れの今だからなのか、人気はなく薄暗くて不気味だった
それはまるで今の私の中みたいだと思ったのはどうしてだろう
誰にも気が付かれることなく始まりかけて終わった楓との関係
相変わらず寝てばかり居る彼に話しかければそれなりに返事はしてくれるけれど、でもお友達と思っているのは私だけ
そしてあの日を境に私の前から彰君は消えた
まるで彼は夢の中の人で、最初から私の前に居なかったのでは無かったと思ってしまう
[いい加減に帰るぞ]
気が付けば後ろに立っている洋平がため息をつくが、それでも一点を見つめるだけの私の肩に自身の腕を回した
「私、洋平の事好きになれば良かった」
[俺はお前と付き合うほど悪趣味じゃねぇよ]
そこは慰める所でしょうが! と大きな声を出したら、目に溜まっていた涙が溢れた
肩に回る腕がずしりと重くなってよろけそうになり、何をするのかと洋平を見ると
[仙道が好きか?]
海を見つめてる
だから私も海を見つめる
「好き」
初めて会った時から何も変わること無く私に接する人
そんな彼の存在が自分の気が付かない所でどんどん大きくなっていた
「私は彰君が好き」
優しい大きな手も
心地のいい腕の中も
彼の洗剤のような制汗剤のような爽やかなのに柔らかい匂いも
全部全部好きで好きでたまらなくて
「会いたいよ」
そう思うくせに今度こそ私の知らない彰君になってしまっている
(あの日から1度も鳴ることのないこの携帯がその証拠)
下がった眉をさらに下げて柔らかく笑う彼がそこにはもう居ないと考えただけで通話ボタンを押す指が止まった
[会いにいけよ]
会いたいなら会いにいけよ と簡単に言う洋平は
[俺はお前はお前のままで居ればいいんだよって言っただろ]
無い頭で考えて動くような女じゃ無かっただろ と私の頭を軽く指で弾く
そして洋平は んっ! と私に向けて握った手を突き出したと思ったら、原付の鍵が目の前でぶらぶらと揺れていた
[事故んなよ]
私は目の前の鍵を通り越して洋平に思いっきり抱きついた
「ズッ友!!」
[はいはい、分かったよ]
私を面倒くさそうに引き剥がした癖に洋平の顔は少しだけ笑ってて、鍵を受け取り 行ってくるね! とピースをしたらピースをしてくれた
原付に跨ってハンドルを回す
風が髪を揺らして時たま顔に髪を纏わせるのがウザかったけど、今はどうでもいい
早く彰君に会いたいと背中に広がる海にさよならをした
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