「私が呼んだの」

兄の部屋へ行けば今日呼び出された用件を問おうとする峯さんの声が聞こえた
扉を開けたはいいが、向けられた視線と目を合わせる勇気がなかった

「行かなくていいの?」

兄は今から会合がある
ギリギリの時間の中で峯さんを呼び出してもらった
理由も聞かないでくれるのは兄の優しさなのか気遣いなのか
あとは頼むなと微笑む兄は

[ゆっくりしてけよ]

峯さんに一言残して部屋を出ていった
2人だけの空間に少し戸惑うが、峯さんは微塵も動かないし何かを話す気配もない
そんな峯さんに私は少し安堵した
再度彼の口から彼がこの場に居る理由を問われれば私は何と言えばいいのか分からない
特に用事はない
ただ邪魔をしたかっただけ
そう素直に話してしまっていいものなのか

「峯さん座って」

だからといってずっとこのまま2人して立ち続けているのも変だし、ソファーへと峯さんを誘えば、失礼しますと腰を下ろした
峯さんは私に敬語を使う
彼にとって私はそんな存在なのだ

「お変わりありませんか?」

でもあの日から今日の今まで、彼は少しでも私を思ってくれていたのだろうか
言葉の意味だとか行動の意味だとか
少しは彼の生活のひと時の中に自分は存在していたのだろうか

『変わりありません』
「そう」

存在していなかった
現実はやはり甘くは無いのだと寂しくなったが、そういえば峯さんは本当に接待でキャバクラへ行ったのだろうか?
もし違うのならば私が急遽呼んでしまったことは、峯さんにとって迷惑でしか無くなってしまう

「匂いしないんですね」
『え…』
「匂い、消したんですね」

どうしてですか?



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