月明かりが照らす名前さんは本当に綺麗だった
神秘的に見えるというかなんというか
この世の人ではないような儚さがある
そんな名前さんを見つめていると脳裏から呼び起こされる記憶

「覚えてますか?」
『何をですか…』

沈黙の中の突然の言葉に体が揺れてしまったが、冷静さを少しだけ取り戻した今の自分には返事を返すことも出来る

「峯さんが私を見つけてくれた時の事です」

静かに はい と頷くと名前さんは音もなく笑った
丁度呼び起こされていた記憶
名前さんの消息が掴めなくなった時がある
彼女の置かれている立場を考えると拉致監禁、最悪の場合は…なんてのが安易に想像できてしまった
でも数日後この公園で1人ブランコにのって空を見上げる名前さんを俺が偶然見つけた
慌てて車から降り、駆け寄ろうとした時に見てしまった頬を伝う涙
初めて見た名前さんの顔に何も言えなくなってしまったのだ

「私、あの時見つけてくれたのが峯さんで良かったって心底思ったんです」

こちらは見ずに空を見上げる彼女
頬に涙はないけれども、どうしてもあの時の姿と重ねてしまう

「死ぬ前にもう一度だけ峯さんに会いたいなって思ってたから」

全身を流れる血液が無くなったかのようにぶるりと震えた
やっと向けられた顔は俺のよく知っている顔の筈なのに、目の中に絶望が見えたから
あの目は知っている
この世の中に何も期待せず、いい暮らしをする為だけに働き続けた俺の目だ
気が付いたら足早に名前さんに近づいて彼女の手首をつかみ公園を後にしていた自分が居た



事務所に着くともう既に誰も居なく、自分の部屋にのみ電気が付いていた
外の音を遮断した空間は余計に静けさが漂う
名前さんの手首を掴んだまま、何もするでもなくただ2人で佇んでいた

「紅茶、お口に合いました?」

デスクの上にあるカップを見つけた名前さんが沈黙を破るが、俺は何も答えなかった

「そうですか...」

沈黙を貫く俺の手を静かに解き、カップの元へと歩むと

「この紅茶、アイスティーにしてもおいしいんですよ」

でもアイスティーにする時は氷がとけるのを考えてちょっと濃いめにいれるんですけどなどとどうでもいい事を話始める
そんな彼女に俺は頭を深々と下げた

『みっともない姿を何度も晒してしまって申し訳ありませんでした』
「峯さん!?」

謝罪を述べる
慌てて頭を上げるようにと言われるが上げない
大吾さんに呼ばれ伺った際に、挨拶もなく怒りのまま去ったこと
公園で取り乱してしまったこと
そしてあの日、愛なんてクソみたいなものだと感情を露わにしてしまったこと
自分に何があったとしても名前さんにあのような態度は決してしてはいけない
そして俺は決断をした

『もう自分に関わらないでください』

必要最低限自分に関わらないで欲しい
そう決断をした



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