周りに掻き消えてしまうほど小さな声だったのに、確かに耳に届いた言葉

「峯さんが好き」

今度は先ほどよりも幾分大きな音となって届いた言葉
只、脳が理解するのには随分と時間がかかる

『…どういう』

意味なんだ?と考えすぎて分からなくなった
俺に期待させることを言い、己の気持ちから目を背ける事を許さなかったはずなのに、私は違うのよと突き放した
突き放したからもう無かったことにしようと目を背けたら、受け入れろと迫る
駄目だ

『やめろ…やめてくれ』

もう駄目だ

『俺は貴女が...怖い』

俺が崩壊する

足が勝手に後退した
大声を上げ名前さんに背を思いっきり向け無我夢中で逃げ去りたかった
無様な姿を晒そうともこの場にいたくなかった

『触るな!』

後退した俺に同じ歩数だけ前進して距離を詰める名前さんは、事もあろうことか俺に手を伸ばしてきたのだ
俺はその手を避けるようにまた1歩後退する
そして彼女はまた1歩前進する
それの繰り返し
自分の背にあたったフェンスが、もう逃げ場がないのだと言っているようで更なる恐怖が襲う
自分は追いやられていたのだ
この女にぐちゃぐちゃにされていたのだ
逃げ場の無くなった俺は伸ばされた手を避ける最後の足掻きとしてその場に頭を抱えてしゃがみこんだ
無様だ
でも今の自分には関係ない
恐怖からくる体の震えを隠すことができないのも事実なのだ

「私は...貴方が怖いわ」

最初に好きだと言った声よりももっと小さい声で言われた事もやっぱり俺の耳にはちゃんと届いて

「峯さんを見てると自分を見てるみたいだから」

彼女が遠ざかる気配がある
どんどんどんどん遠くなっていく気配
遠くの方からまた聞こえてきた鼻歌
恐る恐る顔を上げてみるとここに来た時の光景が目に入った
ブランコに腰掛け鼻歌を歌う名前さん
違いはと言えば今彼女をまとう光
赤い夕陽の色ではなく白い月明かりだった




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